[2]虹村兄弟7


 身を翻すと素早く玄関脇へと身を潜めた仗助に、祥子も大人しく口を閉ざして見守るしかない。堂々正面から乗り込むには、得体の知れないうえに攻撃力の高い虹村形兆のスタンドは危険すぎるのだ。

(この闇のどっかから、やつのスタンドは襲ってくる……。こん中に入るのは、かなりやばいぜ……。しかし、行くしかねーか……。五感を敏感にして行くしかな……)
「ちょっと待って、億泰くん!」
「お、おい! 待て!」
「!!」

 仗助が次の行動を思案していると、不意に背後が騒がしくなり思わず振り返る。いつの間にか寄ってきたのか、狼狽える祥子を通りすぎ、億泰が玄関前の段差に足を掛けていた。

「なんでだ? 仗助!?」
「あ?」
「なんでだ? なぜおれの傷を治した?」
「うるせえな、あとだ、あと」

 突然の問いかけに仗助も何事かと応答するも、億泰の疑問は特に急を要するようには思えなかった。面倒くささも露わにあしらうが、億泰に諦める様子はない。

「てめーを攻撃するかもしんねーぜ。おれは、てめーの敵だぜッ!」

 脅しを掛ける億泰の台詞に、流そうとしていた仗助も留まる。視線を億泰へと改めれば、その向こうで相変わらず一人右往左往している祥子が見え、少しだけその肩の力が抜けた。

「やるのかい?」
「てめーの答えをきいてからだ! なんで傷を治した? おれは兄貴のスタンドの正体をしゃべっちゃあいねーぞ。おれは頭あんまりよくねーんだからよッ! バシッ! と答えてもらうぜッ!」

 仗助の問いかけへの返答はひとまずは「NO」。しかし、彼を納得させなければしつこく着いてきそうであった。

「それに……!」

 わずかに言い澱んだ億泰が指し示すのは、先ほど証拠に無理矢理ハンカチを巻かれた左手だった。

「てめーのその手のキズだ! おれを外にひっぱり出す時にやられたんだな? そんなにまでしてよ、なぜオレを助けたのかききてえ!!」

 どこか必死にすら見える億泰に、仗助は少しだけ考える。どうして億泰を、線引きをしてしまえば敵になる彼を助けたのか?
 しかし仗助にとって、それは何も難しいことではないのだ。

「深い理由なんかねえよ。「なにも死ぬこたあねー」さっきはそー思っただけだよ」

 それだけを告げると、きびすを返し、玄関へと滑り込んでしまう。
 後に残された億泰は、仗助の言葉を処理しきれないのか、固まっていた。

「……」
「……」

 考え込んでいる億泰にそろりと近寄り、祥子はその顔を見上げる。賢明に何か考えているのだろう。億泰は、玄関を潜っていった仗助を視線で追ったまま固まっていた。

「納得した? そうしたら、もう、此処で待っててね。私も一緒に……」
「……まだだ」
「え?」

 動きを止めた億泰に、少しほっとしていた祥子を遮るように呟きが吐き出される。それと同時に、再び億泰が仗助の後を追って足を踏み出していた。

「あ、あ、ちょっと!」

 その背中を慌てて追いかけ、とっさに短ランの裾を掴んで引き留めようとする。その妨害に億泰が一瞬、苛ただしげに振り返るも、少し何かを考え、舌打ちのみを漏らして放置した。振り向いた強面に、祥子も一瞬怯んだものの、結局は服を掴んだまま引きずられてしまった。


 玄関の内へと入り込んだ仗助は、薄暗いあたりを見回し、床を伸びる血痕を見つけていた。

「康一の血だ……。2階の、あの部屋につづいてる」

 まるで誘うように階段へ、扉の開いた暗い部屋へと延びるその赤黒い跡に、仗助の緊張は否応なしに高まっていたのだ。

「まだきくこと、あんだよ仗助〜〜〜〜っ」

 その中、背後からかけられた声に、飛び上がりこそしなかったものの、仗助の心臓はその胸の中で大きく跳ね上がった。振り返れば、そこに居たのは億泰で、その後ろには懸命に止めようとしていたのだろう、その制服の裾を掴んで困った顔をしている祥子が居た。

「な……、なんだよてめーー。たのむから、康一を助けさせてくれ」
「なんでなんだよォ〜〜っ。なんでおまえ、その手の傷を自分のスタンドで治さねえ? おれを治したみてえに、さっさと治しゃあいいじゃねーかよ」
「……」

 呆れる程にしつこい億泰は、とにかく彼の為に仗助が傷ついたことが気になって仕方がないらしい。そして、彼の言う事は至極もっともなものだ。しかし、もちろん仗助とてできるものならとうにやっていただろう。

「おれの「クレイジー・ダイヤモンド」は自分の傷は治せないんだよ。世の中……都合のいい事だらけじゃあねえってことだな」
「…………」

 それは祥子も聞いていた。どんな物でも形を直す事はできるが、仗助自身にはその効果を発揮しないのだ。それからもう一つ。絶句する億泰に、仗助は噛んで含めるように指を立てて言う。

「そしてなにより、死んだ人間はどうしようもない。ひとつだけ言っとくぞ、億泰! もし康一が死んだら、おれはてめーの兄貴になにすっか、わかんねーからな……。逆恨みすんなよ! こいつは、おめーの兄貴が原因のトラブルだ……。わかったな? わかったら……」

 仗助の視線が一瞬、億泰からその後ろでまだ短ランの裾を掴んだままの祥子へと移る。

「その人連れて、外に出てろよ」
「……!!……」

 そう言うと仗助は階段を登り、康一の血痕が続く部屋へと向かってしまう。あとに残された祥子は、同じく残されたまま黙って俯いている億泰に声をかけられずにいた。とは言え、このまま此処に居るわけにもいかず、彼に外へ出る事を促そうとしたのだが。

「!! 康一!」

 聞こえてきた仗助の切羽詰まった声に、祥子の足は動けなくなってしまう。
 その時、黙っていた億泰がまた唐突に動き出した。向かうのは、部屋を覗き込んでいる仗助の背中だ。

「待って、億泰くん!」

 祥子の静止の声など、もとより相手にされていないのだ。もちろん、それで億泰が止まる訳がない。もちろん、部屋の中央で倒れたまま動けずにいる康一に気を取られている仗助が、それに気が付く訳もなかった。祥子が仗助を呼ぶ間もなく、その距離は詰められる。

(くっそ〜〜、完全にワナだぜ……、こいつは……。康一に近寄ったら、どっかから攻撃してくる気だ……。しかし!)
「ワナだと知ってても、行くしかねーかな、こいつは……。康一には、もう一秒たりとも時間が! ……ないッ!」

 仗助が部屋の中へ踏み込もうとした瞬間だった。億泰のスタンド、ザ・ハンドがその首を掴んでその場に押し留める。

「!」
「じょっ、仗助くん!! 億泰くん、やめてっ……」
「なにッ!億泰! きさまッ!」
「仗助〜〜ッ」

 その右手が、削り取ろう今にも振り下ろされそうに仗助の頭上へと振り上げられている。それぞれの悲鳴が、怒号が響いた直後だった。
 響いたアノ音。獣の咆哮のようにも聞こえるザ・ハンドが削り取る音。
 しかし、彼が削り取ったのは仗助ではなかった。

「あ!」
「!」

 仗助たちの目の前に、確かに部屋の中央に居たはずの康一が現れたのだ。
 億泰がザ・ハンドで削り取ったもの。それは、仗助と康一とを隔てる空間だった。

「こ……康一が瞬間移動ッ!」
「あ、億泰くん……! すごい!」

 感嘆の声を上げる二人に、背を向けていた億泰は己のしでかした事を思ってか、決して晴れ晴れとしたとは言い難い表情で振り返る。それでも、これが彼なりのけじめのつけ方だったのだろう。自分が出した結論を正当化しようとするように、強い口調で告げた。

「おれはバカだからよお〜〜〜〜。心の中に思ったことだけをする。一回だけだ。一回だけ借りを返すッ! あとは何にもしねえ! 兄貴も手伝わねえ! おめーにも何もしねえ。これで、おわりだ」
「…………。グレートだぜ……、億泰!」




≪prevbacknext≫

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -