[2]虹村兄弟6
「億泰よ……。人は成長してこそ生きる価値ありと、何度も言ったよなあ……。」
正体のわからない攻撃に倒れ込む弟に対して、兄のものとは思えない辛辣な言葉が浴びせかけられる。
「おまえの「ザ・ハンド」は恐ろしいスタンドだが……」
「兄……き……」
「おまえは無能だ! 無能なやつはそばの者の足をひっぱるとガキのころからくり返し、くり返し言ったよなあ〜〜」
苦しげな弟の声が届いているだろうが、出てくる言葉は厳しいものばかり。
しかし、それに対して何か言える余裕は億泰を膝に抱えた祥子にも、相手の出方をうかがう仗助にもなかった。
「弟よ、おまえは……。そのままくたばって当然と思っているよ!」
「!?」
「きゃぁっ!」
言葉がそのままつぶてとなって放たれたかのように、鋭い言葉が終わると同時、再び仗助を目掛けた攻撃が再会された。その音には、放心していた祥子も流石に頭を抱えて悲鳴をあげる。
「ううっ! また無数の穴だッ!」
仗助の直ぐ脇にあった花瓶に無数の穴が開き、砕け散る。それを横に飛ぶことで回避した仗助だったが、未だにその攻撃方法を見破れずにいた。
「いったい!? どんな攻撃してんだ!? 闇の中から………攻撃してくるッ!」
唯一わかるのは、玄関に溜まる暗がりの中から、何かが攻撃してくるということ。危険なのは今立っているこの玄関というエリアなのだ。
不気味に響く低い何かの音に、仗助は嫌が応にも気が急いてしまう。
そして打開策の見あたらない今、仗助が選んだのはごくシンプルな策だった。
「クレイジー・ダイヤモンドッ!」
戦略的撤退。一時この場から逃げることにしたのだ。
クレイジー・ダイヤモンドがその拳で玄関の壁を殴り壊す。大きく開いた穴は、仗助が飛び込む端から修復が始まっていた。
「祥子さん! 逃げるっスよ!」
「え?! わっ、あぁっ!」
腰が抜けてしまっている祥子の襟首を、クレイジー・ダイヤモンドが掴んで仗助が飛び込む穴へと引っ張り込んだ。その拍子に、当然の事ながら、抱えていた億泰は膝から転がり落ち、玄関へと取り残されてしまう。祥子が慌てて手を伸ばしところで、掬いあげる事はできず、そのまま外へと放り出される。
しかし、敵がその行動を黙ってみている筈がない。暗闇の中で、何かが星のように瞬くのが見え、仗助の顔に嫌な汗が吹き出した。
「てっ、てめーの弟ごと攻撃するつもりかッ……!」
穴が塞ぎきるまで後少し。頭で考えるより先に、仗助は玄関に倒れ込んだままの億泰を掴んでいた。
「うぐうっ!!」
その制服を掴んだ左手に、何かがまた無数の穴を開けていく。
しかし、痛みに声を上げはしても、仗助は億泰を放すことなく共に倒れ込むように屋外への脱出を果たした。
その瞬間、完全に塞がりきった壁が蜂の巣となる。その光景に、雑草が生い茂った地面から起きあがりながら、祥子は冷や汗が垂れるのを感じていた。
「仗助くん! 大丈夫……、じゃないよね。あぁ、でも、とにかく、良かった……! ありがとう、仗助くん! それ、ケガ、なんとかしなくちゃ……!」
「わかったっスから、落ち着けって。おれはダイジョーブっスよ」
ひとまずは緊迫感から解放されたせいだろうか。いつの間にか擦り傷だらけの祥子は、仗助へと駆け寄るなり矢継ぎ早に喋り出す。彼女は、一体何枚持っていたのかと思いきや、どうやら買い物してきたばかりらしい新品のハンカチを取り出して、値札もついたまま押しつけてくる。そのまま手に巻き付けるものだから、酷く不格好だ。
仗助は宥めるようにそんな彼女の肩を叩いてから、荒くなった息を大きく吐き出した。
その膝をついた地面には、酷い傷に起きあがれずにいる億泰が救出されたそのままに倒れている。
まだ何か言いたそうな祥子を脇へと押しやると、仗助は億泰へと向き直った。
「さて……と……、億泰。おまえの兄貴のスタンドの正体を教えてもらおうか? いったいどうやってこの傷をつけんのかをよお〜〜〜〜!!」
「…………」
仗助が問いつめるが、億泰は頑なに口を開こうとはしない。いかに手酷く扱われようとも、彼にとって形兆は兄なのだ。それを裏切ることは、バカと言われるほどに単純な彼にとって、考えも及ばないのだろう。
「おい、スタンドの正体だよッ! しゃべれば傷を治してやるぜ」
「だれ……が……、言う……もんか……よ。ボケが……」
仗助が取引を持ちかけたところで、その態度は変わらない。言った仗助自身、億泰が乗ってくるとは思っていなかったのだろう。息も絶え絶えな悪態に、落胆した様子も見せない。
「……やっぱりな。言うとは思わなかったよ、最初からな。それじゃあ、やっぱり……」
億泰の顔を覗き込んだ仗助の背中に、彼のスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」が浮かび上がる。
「しょうがねえなあーーッ!」
「仗助くん!」
「!!」
仗助の声とともに、クレイジー・ダイヤモンドが振りかぶった手を億泰へと勢いよく落とした。まるで止めを刺さんとばかりのそれに、祥子は思わず制止に飛び出したのだが。
「!!ハ!」
「あれ?」
億泰の顔へと降ろされた掌は、まるで拭うようにその傷跡を消していたのだ。仗助の背中へと飛びついていた祥子もそれに気が付き、間抜けな声を漏らす。
祥子も仗助の能力はスタンドの扱いを習う中で見た事はあった。しかし、それは壊れた物を直すところばかりで、傷を治す事ができるというのは話しに聞いていただけだったのだ。あまりに綺麗に治すその能力に、呆気にとられてしまう。
「これから、もう一度屋敷ん中に入るが邪魔だけはすンなよ億泰……。おめーとやり合ってるヒマはないっスからなあ! 康一にはもう時間がないからだ」
「!? !? ?……」
仗助は背中に祥子を張り付けたまま立ち上がると、困惑した億泰へ邪魔をするなと一方的ではあるが念を押す。そして再び玄関へと向かいながら、背中にへばりついた祥子を剥がし、苦笑する。
「祥子さんは、おれが重傷人ぶちのめすよーな奴だと思ってんスかあ? 仗助くん悲しーぜ」
「え、あ、そういうわけじゃ、無かったんだけど、ごめん……。今日、そのー、仗助くんが喧嘩するとこ見て、怖かったから、つい」
冗談混じりではあるが少し寂しげな仗助の苦笑に、祥子はしどろもどろに謝るしかない。信用しきれていなかったと言われてしまえばそれまでなのは確かだったのだ。
そんな祥子の気まずさもわかってか、仗助はうつむく彼女の頭を、子供にするようにぽんと叩いて庭へと押しやる。
「ま、その辺はまた言い訳聞いてやるっスから、今はここで大人しくしてて下さいっス。おれは中に行く。けど、相手の出方がわかんねえ以上、あんたを連れてくわけにはいかねえんで」
「あ、ちょっと……」
不安を隠せない祥子が伸ばす手を、仗助は見ないふりをして背を向ける。どうしてか、その手を取って大丈夫だと言ってやりたい気もしたが、今優先すべきは康一の救出なのだ。
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