【2】虹村兄弟 5


 住宅地の一角に、乗用車のエンジン音が走り抜けた。
 車からの死角、ボロ屋敷の塀に遮られた門の前では、倒れた少年を前に冷や汗を拭う二人の姿があった。

「フ〜〜……危なかった。虹村億泰か……。かなりグレートで恐ろしい「スタンド」だぜ、こいつのは〜〜」

 間近でその脅威を味わった仗助は安堵の息を漏らす。結局のところ、スタンド同士の力で競り勝った訳ではない。仗助の機転により勝敗は決していた。億泰のスタンドは、正面から挑むとしたらやはり恐ろしい能力を持っているのだ。
 だからこそ、仗助としては気絶している億泰に再戦を挑まれる事は避けたかった。その考えから、億泰のそばに屈み込む。

「気が付いて反撃されるとやっかいだ。とうぶん気絶したまんまでいるように、一発きつーく首をしめとくかな。こいつの心に敗北感てやつが植えつくしな……」
「えぇぇ、仗助くん、そんなことするの? 不良って怖い」

 その解決方法は実に荒っぽかった。理解し難い思考に、全く喧嘩になれておらず、不良の作法などわからない祥子の顔がひきつっていた。
 しかし、非難めいた声を上げる割には、祥子は仗助を止める訳でもない。億泰ら兄弟のしたことを思えば、といったところか。祥子とてそこまでお人好しではないのだ。
 億泰の首に手をかける仗助をおいて、祥子は先に康一を助けようと門扉へと視線を向けた直後、驚きに声を上げた。

「あぁっ!」

 閉じかけた扉の内側で重傷で動けずにいる康一が、何者かに玄関内へと引きずり込まれていたのだ。

「こっ、康一が!」

 祥子の声に、仗助も異変に気づき、億泰を放り出して駆け寄ってくる。再三の妨害に、彼の中の苛立ちがまた膨れ上がっているようだった。
 仗助と二人、慌てて駆け寄った時、既に康一の身体は玄関をくぐり奥へと運ばれた後だった。

「いいかげんにしろよ……てめえらッ!」

 仗助はその長い脚で祥子を一息で追い抜き、先に玄関をのぞき込む。その平均よりずっと大きな体躯で玄関はほぼ塞がれてしまい、祥子には中の様子は見えなかった。

「この矢は大切なもので一本しかない……。おれの大切な目的だ。回収しないとな」
「矢を抜くんじゃあねーぞッ! 出血がはげしくなる!」

 聞き取りづらかったが、聞こえてきた声は億泰が兄と呼んでいた男のものだった。どんなやりとりが行われているのか、一拍おいた仗助の言葉に、状況が芳しくない事だけは祥子にもわかる。
 何かしたい。しかし、下手に仗助を押し退け、玄関へと割り込むわけにもいかない。祥子は仗助の、年下であるのに随分と広い背中を見つめ、気をもむしかできずにいた。
 
「……っく!」
「うん?……あっ?!」

 小さなうめき声に振り向いた祥子は、驚きに身を堅くした。
 先ほど気絶していた億泰が、早くも目を覚まし、身を起こしていたのだ。そして、そのことに仗助は気が付いていない。
 億泰は負けた悔しさを、怒を力に変え、おぼつかない足取りながらも真っ直ぐに玄関を、そこに立つ仗助を目指して歩いてくる。
 流石に、祥子にもこれは良くない状況だということはわかる。しばしの思案ののち、躊躇いがちに、それでも彼女なりに気合いを入れて、億泰の進路の邪魔になるように向き合い前へと歩みでた。

「お、億泰くん、ちょっと待って。今は、もう止めてくれないかな。喧嘩、仗助くんが一回勝ったんだから、今は見逃して……」
「うるっせぇ!」
「痛っ!」

 喧嘩そのものどころか、仲裁の経験もない祥子なりに、なるべく相手を刺激しないようにしたつもりだった。しかし、そもそも頭に血の上った相手にとって、どう下手に出ようと邪魔をするものは苛立ちを募らせるものでしかない。
 億泰はその苛立ちに任せ、進路をふさぐ祥子を腕の一振りで弾き飛ばす。運の悪いことに、身長差から、億泰が雑に振った腕は祥子の顔の高さだった。丁度、頬を張られた形になった祥子は、その衝撃と痛みによろめき、尻餅をつき、億泰へと道を開けわたしてしまう。

「ま、待って!」

 熱を持って痛む頬を押さえながら、祥子が縋るように手を伸ばしたところで、先に玄関へと踏み込んだ仗助を追いかけた億泰へと届くはずも無かった。
 しかし、億泰にもまだ先の仗助との一戦によるダメージは残っている。覚束ない足取りで、玄関枠へと寄りかかってしまう。

「兄貴! おれはまだ負けてはいねーっ!」
「億泰くん!」

 億泰が家の中に居るのだろう兄へと声を張る。まだ仗助との勝負を諦めていないその声に、祥子は前進を止めようと尻餅から立ち上がり、その背中を目指す。

「そいつへの攻撃は待ってくれっ!!  おれと仗助との勝負はまだ!」

 仗助が、億泰が、それぞれが玄関内へと歩みを進めた事で、遅れていた祥子にも中の様子が少し見えるようになっていた。
 野外に比べてずっと暗い、照明の点らない玄関内で、億泰の兄へと駆け寄っていく仗助の背中が、何かに気づいたように止まる。

「ついちゃあねえんだぜ!」
「天井の闇の中から、何かくるッ!」

 その瞬間は、彼らの背後に居た祥子には見えなかった。
 仗助が横へと飛びのいた瞬間、響いたのは乾いた発砲音。それと同時に無数の穴が億泰の顔面に開けられ、血が噴き出した。

「ハッ!!」
「億泰ゥ〜〜ッ」

 その衝撃かに彼の身体はぐらりと揺らぎ、受身を取ることなくエントランスへと倒れこんでいく。

「億泰くん?!」

 それを咄嗟に抱きとめたのは祥子だった。正しくは追い駆けてきたそのまま背後に滑り込み、倒れてきた身体を受け止めきれず、一緒に地面に倒れこんでしまったのだが。

「あぁっ、億泰くん! しっかり……!」

 膝に頭を抱えるようにして声をかけるも、今、祥子にはそれ以上できることはない。そして、視線を上げれば出血の酷くなった康一の姿が目に入る。

「あ、ああ……、ヤダ、どうしよう……! ヤダ……」

 無力感を感じる間もなく競りあがってくる焦りに、祥子の呼吸は浅くなり、それがまたパニックを呼ぶ。意味のない事を呟きながら、康一を凝視し、意味も無く億泰の顔から流れ出る血を抑えようとハンカチを傷に押し当てる。
 はっきり言って、これまでの億泰の態度からして、祥子が心を割く義理はない。しかし目の前で繰り広げられるこの異常な体験は、祥子の敵味方、あるいは善悪の線引きを麻痺させていた。ましてや、酷い怪我人(素人の祥子には怪我の程度はわからないが、明らかに出血しているだけで十分だった)を見て冷静で居られるほど、祥子は聡明でもなければ覚悟もありはしない。

「どこまでもバカな弟だ……。おまえがしゃしゃり出て来なけば、おれの「バッド・カンパニー」は完璧に仗助に襲いかかった。しかも攻撃の軌道上にてめーが入ってくるとはな……。ガキのころから思っていたが、おまえのようなマヌケは早いとこそーなるのがふさわしかったな」

 実の兄だと言うのに、薄暗がりに座り込んだ男の言葉は苦々しく、酷く冷たい。

「いったいなんだ? この傷は!? どういう攻撃をすればこんな傷がつくんだ……!?」

 仗助は、億泰の顔面に作られた傷痕に、玄関の闇に目を凝らす。

「ハァ……ハァハァ」

 康一の息は弱く、その状態が思わしくない事を如実に示していた。

「とにかく何かがいるらしいな……」

 男の弟への辛辣な言葉も、仗助の緊張に張りつめた声も祥子の耳に入らず、つい先程まで敵意を見せ合っていた少年を抱え、消え入りそうな康一の呼吸にただ身を震わせていた。



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