【2】虹村兄弟 4


 祥子は庇われた仗助の背中越しに、億泰が再び背にした門扉を見つめ、悔しさとたまらない不安に唇を噛んだ。折角のチャンスを逃し、康一は再び容易には手を出せなくなってしまったのだ。

「祥子さんは下がっててくださいっス」
「う、うん」
「……隙をみて康一んトコ行こうなんて無茶、考えないでくださいよ」
「えっ……」
「やっぱり。アンタのスタンド、喧嘩じゃ役に立たないんスから、無茶しねーでくださいよ」

 カマをかけるような言葉に、わかりやすく動揺する。その様子に仗助は大げさに溜息をついてみせた。言い方こそ悪いが、それは高校生の彼なりに気遣った言葉であり、祥子に無理をするという選択肢を与えない為のものだった。

「わ、わかった……。仗助くんも、無茶しないでね」
「そいつは保証できねぇっスけどね」

 それがわかるから、祥子も大人しく頷き、見守るしかできなくなってしまう。にやりと笑ってみせる仗助に、困ったように笑みを返した。

「おいコラ! ぐだぐだやってんじゃねぇぞ!」
「わぁってんスよぉ〜。てめーこそ、調子乗ってんじゃねーゼ」

 億泰の声にわかりやすく肩を竦ませた祥子を背に押し込み、仗助は億泰と改めて向き合う形になり、その違和感に眉根を寄せた。

「なんだ……あの門……?」

 呟き、仗助は不気味なザ・ハンドの右手から距離を取るように後退していた。背に庇われた祥子も同様に距離を取ることになる。彼はあることに気が付いたのだ。

「なにかおかしいぞ……。どこかが前とちがっているぞ……。「立」……「禁止」……? いっ……たい?」

 その仗助の動きに、億泰は苛立ちを込めた挑発を吐き捨てた。

「あとズサリして間合いをとってんじゃあねーよタコ! ダチコーからどんどん離れていくぜ〜〜っ。もっと近づいて来なよ!」

 しかし仗助は、そんな億泰の挑発に乗ることなく、十分な距離を保ち、改めて看板を確認して答えを導き出していた。

「「入」って字がねえ。ひょっとして……。きさまのスタンドのその右手……。けずりとったんだな。『空間をけずりとる能力!』」
「えっ、そんなことって……」

 にわかには信じ難い仗助の答えに、祥子は戸惑いを隠せなかった。
 しかし、確かに看板の文字は「はじめから無かったように」消えていた。印刷を剥がしたというのなら、インクのカスが残っただろう。板ごとというならなおのこと、看板は不自然なまでにきれいだった。

「信じられねーってより、理解し難いって感じっスけど。こりゃ、マジモンっスよ」

 祥子の唖然とした声に応える仗助は、億泰の能力に対してほぼ確信しているように明確であり、そしてその危険性に対しての緊張が滲んでいた。

「そのとおりだ……東方仗助! この『右手』がつかんだものはけずりとってしまう! そして切断面は元の状態だった時のように閉じる……」

 仗助の解答に、能力を見破られた形になる億泰はしかし、慌てる様子もなく「正解」を唱えてみせる。

「もっとも! けずりとった部分は……。このおれにもどこに行っちまうのかわからねぇがよぉ〜〜っ!」

 それは、己の能力への絶対の自信の現れだった。
 その自信に足る能力の恐ろしさがわかるからこそ、仗助も下手に近づけずにいたのだ。
 ザ・ハンドの右手は「全て」を削り取ってしまうようだった。看板自体は無事であるのに、何故か文字だけが消えている。空間も、文字も、思想も、その全てがあの右手に奪われてしまうのだ。

(怖い……)

 この世界において存在が希薄な祥子など、簡単に無かった事にされてしまうような気がして、小さく震えが走った。

「逃げるヤツにゃあ、こうゆうこともできるんだぜッ!」

 億泰が言うと同時に、ザ・ハンドが大きくその右手を上から下へ振り下ろした。また形容し難い音と共に、空間が削り取られたのだ。

「空間をけずりとる! ……するとぉ〜〜っ!」
「!」
「きゃっ!」

 一瞬の間の後、まるで磁石に吸い寄せられる釘のように、仗助と祥子は億泰の目の前まで移動していた。できたことはせいぜい、祥子が小さな悲鳴を上げるだけ。何の抵抗のしようもなかった。

「ほぉ〜〜ら、寄って来たァ〜。「瞬間移動」ってやつさあ〜〜っ」
「!!」

 仗助もまた、祥子と同じように驚いていた。しかし、同時に祥子は気付かなかった「何か」に気付いていたのだ。

「そして死ねい! 仗助ッ!」

 だから、目の前に迫ったザ・ハンドの右手にも慌てることはなかった。

「やっぱり……。おまえ……頭悪いだろ?」
「何で!?」

 余りに場違いな仗助の落ち着いた態度と言葉に、絶対の優位に立っていたと思われた億泰にも焦りの色が滲む。しかし、彼が仗助の余裕の原因に気が付いたのは、仗助がその長身を軽く屈めてからだった。

「あ〜〜〜〜っ!」

 その視界に飛び込んできたのは、ものすごい勢いで彼目掛けて飛んでくる植木鉢。仗助の直ぐ背中にあった塀の上に並んでいたものを、彼自身が空間を削り取って引き寄せてしまったものだ。

「ブゲ! ドピ!」

 一つ、二つとみっしりと土の詰まった重たい植木鉢が、億泰の顔面へと熱烈なキスをしていく度に、痛々しい悲鳴が上がる。
 そしてとうとう、億泰は気を失ってしまったらしい。地面に転がったまま起きあがってこなかった。

「うぅ、痛そう……。完全に、自業自得というか、自爆というか……」

 仗助の背中に守られ、怯えていた祥子もさすがにその様子に自分の顔を両手で押さえて顔をしかめていた。微妙に想像できる痛みというのは、気持ちが悪いものなのだ。

「なるほど……空間を瞬間に移動させるスタンドか……。まったく恐ろしいやつだ……。こいつが、バカでなければ負けていたぜ」

 対する仗助の言葉と言えば、実に冷たかった。億泰はまた、彼の知らないところで完全にバカ認定を受けてしまったのだった。




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