【2】虹村兄弟 3


 崩した体勢を戻しながら、億泰は顔への一撃を気にした風もなく笑っていた。対する仗助の顔は緊張に強ばっている。
 睨み合う両者に割って入ったのは、億泰の兄の叱咤の声だった。

「おい、億泰……。「スタンド」というのは車やバイクを運転するのと同じなのだ……。能力と根性のないウスラボケはどんなモンスターマシンに乗っても、ビビってしまってみみっちい運転するよなぁ!」
「……兄貴、あんまりむかつくこと言わんといてくださいよ……」

 兄弟二人の会話、というよりは兄から弟への説教と激励といったところか。ともかく、今、二人の注意は確実に仗助達から逸れていた。
 それをぼんやりと見過ごしていられるほど、仗助も祥子もお人好しではない。
 二人同時に動いては目立つと考えたのは同時。視線を合わせ、ちらりと康一へと目をやった仗助に祥子が頷いて、静かに作戦は決まった。
 仗助だけが、また静かに、何でもないように足を前に出す。
 この時、もし仗助が気付かれれば、そちらに気を取られているうちに祥子が出るつもりだった。しかし、もちろんのこと、仗助は祥子が出るようなヘマはするつもりはなかった。黙って歩を進めていく。

「アンジェロを倒したその東方仗助は必ずブッ殺せッ! いいな」
「わかっ……ハッ!?」

 そして兄弟の話しが付いた時、仗助は既に億泰の直ぐ横を通り過ぎていたのだった。

「あっ!! おれが話してる間にこんなところに……き……きたねーぞ」

 そんな文句を言う億泰に、流石に緊張していた祥子も気付かない方がどうかしてると思わずに居られなかった。
 祥子の気持ちを、もう少し毒を盛って代弁してくれたのは仗助だった。

「おまえ……頭、悪いだろ……?」
「なに? 何でっ?!」

 何でってことはないだろう。祥子がそう思ったときには、億泰はクレイジー・Dに殴られ、その場から吹っ飛ばされていた。

「どけっつってんスよ……」

 言うのが遅いんじゃないだろうかと思ったが、祥子はとりあえず口を押さえて言葉を飲み込んだ。

「康一!」

 仗助が康一を抱き起こし、首筋に手を当て生死を確認すると一応の安堵の息を吐く。康一は重傷ではあるが生きている。

「よかったぜ。まだ生きてる……。これならまだ助けられ……」
「仗助くん! 後ろ!」

 思わず上がった祥子の声に仗助の声が詰まる。
 仗助に向けて、億泰が怒りも露わに駆け寄っていた。その背には彼のスタンド「ザ・ハンド」が右手を構えて現れている。

「え……?」

 その突き出された右手を見ていた祥子は、その違和感に目を擦る。何故かその手元が、まるで陽炎でも立ったかのように揺らいで見えたからだ。
 祥子が驚いている間にも、仗助と億泰の衝突は迫っていた。

「ゆるさねえぜ。もうゆるさねえ!」
「どいてろって言ってんスよ! 近づくとマジに怒るぜッ!」

 億泰は怒りを吐き捨てるように。仗助は康一の治療を遮られた苛立ちを露わに。互いにスタンドを発現させて向き合う。

「おれのスタンド、クレイジー・ダイヤモンドに破壊されたものは顔を殴りゃあ、顔がッ! 腕を殴りゃあ、腕が変形するぜっ!」
「やってみろ! コラァーッ! できるもんならなーッ!」

 仗助の忠告を聞くわけもない億泰が、ザ・ハンドの腕を突き出した。

「ドラァーッ」

 それを迎え打つように、仗助のクレイジー・Dも拳を突き出す。
 しかし、両者の間にある違和感に祥子は一人呟いた。

「どうして、ザ・ハンドはパーなの……?」

 殴り合う筈が、ザ・ハンドの右手は開いたまま。まるで何かを掴み取ろうというように仗助へとその手を伸ばしているのだ。

「ハッ!」
「!?」

 その違和感に仗助も気が付く。その手のひらを拳で受け止める直前、クレイジー・Dはザ・ハンドの腕を掴んで動きを止めた。

(こいつ……この「右手」に異常な「自信」をもってるぞ……。なにかやばい……。この「右手」……直感だがなにかやばい!)

 正体の分からない危機感に、冷や汗が仗助の頬を伝う。
 しかし、今、二人の動きは止まっていた。そしてその意識は互いにしか向いていない。一つ、息を飲み込むと、祥子は地を蹴っていた。

「うぐぅ」

 警戒も露わに腕を放さないクレイジー・Dに苛立つように、ザ・ハンドの膝がその脇腹へと打ち込まれる。
 クレイジー・Dへのダメージは、ほぼそのまま仗助へと跳ね返ってくる。仗助の口から漏れた声に、祥子の足が止まりそうになるが、振り切るように頭を降り、今はただ浩一を目指す。
 その間も二人の攻防というには一方的な、右手を解放させようとする億泰の蹴りが仗助を襲っていた。

「右手をはなさんかい! ダボがぁ!」
「や……はり「右手」……だ……」

 仗助が確信を持った時。祥子が康一にたどり着こうかと言うときだった。

「億泰ゥーーッ! 門だァッ!」

 響いた億泰の兄の声に、二人の視線が康一を目指していた祥子へと集まった。

「うそっ」

 視界が狭まっていたのは二人だけではなかった。祥子も、億泰の兄がこの様子を上から眺めていることを忘れていたのだ。

「ぐげっ」

 意識が逸れたクレイジー・Dの頬をザ・ハンドの左が打ち抜き、右腕の拘束が解かれるや否や、その照準は祥子へと定まる。

「このっ、クソアマがァーッ!」
「ひっ!」

 慣れていないあからさまな敵意に、怒りも露わなその怒鳴り声に、祥子は完全に足が竦んでしまう。振り下ろされる、奇妙な模様が浮かぶ右手を凝視しているしかできなかった。

「祥子さん!!」
「あっ!!」

 動けない祥子を助けたのは先に殴り倒された仗助だった。 自分諸共倒れ込むように地面へと伏せる。
 祥子が地面にぶつかると同時、その頭上では形容しがたい音が響く。まるですべてを飲み込んでしまうような、巨大な生き物が口を閉じたような、そして何より背筋が凍るような音。そして、風と言うには不自然な空気の流れが髪を撫で去った。
 祥子が呆然としている間に、仗助は身体を滑らせるようにして。そして祥子はクレイジー・Dに引きずられるようにして、億泰から距離を取る。擦り傷だらけになったことに不平を感じる暇もなかった。

「逃げてんじゃねーぞッ! 仗助ェーッ! てめえもだクソアマァーッ! 友達見捨ててんじゃあねーぜ。おれの腕、変形させるんじゃあなかったのかよぉ〜〜っ」
(こ……康一、もうちょっと待っててくれ……)

 再び扉を背に負う形になった億泰の挑発に、二人の顔に苦みが走る。
 悔しさに唇を噛む祥子を再度その背に押し込み、仗助が億泰と構え直す。

「てめーのその「右手」……。なにかあるな! なんか「やばい」って直感が走ったんでな〜っ」
「ンなこたあ、くたばってから考えやがれッ! 行くぞコラーッ」

 仗助の背にかばわれながら、祥子は耳を打つ怒声、罵声の連続。人命救助を遮られるという非常識。その全てに目眩を起こしそうだった。




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