【2】虹村兄弟 2


 降ってきた声に、康一へと駆け寄ろうとした祥子の足が止まる。投げ出すように手放した自転車の倒れる音が、辺りにやけに大きく響いた。

「おい! いきなりなにしてんだてめーっ! イカレてんのか? 放しなよ」

 一拍遅れて、仗助の鋭い声が飛んだ。学生服の少年(と言うには彼も仗助同様体格が良い)が扉に足を掛けたまま、睨みつける仗助へと視線を移した。彼が扉を、まるでギロチンのようにして、康一の首を挟んだのだ。彼の足元からは、康一の苦しそうな声が上がる。しかし、それを助けたいと思いながらも、遭遇した事のない暴力の現場に、祥子の足は竦んでしまっていた。

「おい! この家はおれのおやじが買った家だ……。妙なせんさくはするんじゃあねーぜ。2度とな」
「ンナ事はきいてねっスよ。てめーに放せといってるだけだ。早く放さねーと怒るぜ」

 祥子が何もできないでいる間にも、見た目どおりと言うべきか、喧嘩慣れしているのだろう二人の間で、言葉での応酬が続いている。

「おいおい……。「てめー」はねーだろう? ひとん家の前で、それも初対面の人間に対して「てめー」とはよう! 口のきき方知ってんのか?」
「てめーの口をきけなくする方法なら知ってんスけどねー」

 そんなことはどうでも良いから、早く康一を放して欲しい。そうは思うものの、雰囲気に飲まれてしまった祥子は、ただ二人を交互に伺っているしかできずにいた。とはいえ、そんな事をしている場合ではない。第一、年長者の祥子がこれではあまりに情けないだろう。
 一つ息を吸い込み、祥子は一歩前へと踏み出した。

「仗助くん、ちょっと待って! あの、すみません! 悪気があったんじゃないんです。謝りますから、彼を放してください。このままじゃあ、怪我しちゃいます」

 睨み合う二人の間に割って入るのは恐ろしかったが、それでも祥子は、集まる二人の視線に尻込みしながらも、喧嘩腰の仗助と住人らしい少年へ制止の声をかける。
 しかし、続いたのは祥子が期待したものとはほど遠い展開だった。

「!! ハッ!?」
「ん!」

 最初に気がついたのは屋敷に体を向けていた仗助。そして康一のすぐ傍に居た少年。祥子は最後まで気づけなかった。

「ぐえ」

 重い音をたて、「矢」が康一の胸へと突き刺さったのだ。「矢」の突き刺さる音に対して、康一の声はあまりに小さかった。

「きゃぁぁぁーーーっ?!!」

 扉の隙間から見えたその瞬間。その拍子に少年の足が退いた為に開いた扉から解放され、地面に転がった康一の姿。脳が理解し、情報を言葉にする前に、祥子は悲鳴を上げていた。

「なにーーィ! 康一!」
「……!」
「康一くん! やだっ! どうしよっ……?! やだぁっ!」

 声を上げる仗助、祥子を余所に、矢の軌跡を追って少年が背後の屋敷を振り仰ぐ。そこには、窓から外を伺う男の影があった。

「『兄貴』……!?」

 少年の声に、仗助と祥子もまたその視線を追って人影を見つける。物問いたげな少年の表情に、男――少年が『兄貴』と呼んだという事は、彼の兄なのだろう――は淡々と答えを落とす。

「なぜ矢で射ぬいたか聞きたいのか? そっちのヤツが東方仗助だからだ。アンジェロを倒したやつだということは、おれたちにとってもかなりじゃまなスタンド使いだ……」
「ほへ〜っ、こいつが東方仗助〜〜っ……!?」

 男の答えに、少年は緊迫した場にそぐわない軽い声を上げる。しかし、二人、特に仗助にはそれを気にする余裕等なかった。

「『スタンド使い』だと〜〜っ。てめーら『スタンド』使いなのか?」

 彼の祖父を殺したのもまた『スタンド使い』だった。それには『弓と矢』が深く関わっている。そして今また、仗助の目の前で友人がその『矢』に襲われていた。

「『億泰』よ! 東方仗助を消せ!」

 そして目の前に突き付けられる敵意。どくりと大きく胸の奥が鳴る音を聞いた。それは気付いておらずとも、祥子中でも同様に響く。身を守ろうとする本能が蠢いていた。

「ガフッ うごご……」
「うっ 康一……!」
「康一くんっ……!」

 しかしそれが祥子の内から溢れるより先に、上がる康一の苦痛の声に霧消する。
 康一は門扉から解放はされたが、胸に深々と突き刺さった矢の傷は深く、口からは夥しい血を吐き出していた。その声もまた弱まり、なお一層に二人の焦燥を煽る。

「血をはいたか。こりゃあ だめだな……。死ぬな……。ひょっとしたらこいつも、スタンド使いになって利用できると思ったが……」
「酷い! 康一くん……!」
「祥子さん! アンタは動くな!」

 あまりに勝手な男の言い分に、祥子がヒステリックな声を上げて駆け出そうとする。しかし明らかにパニックを起こし、無謀な行動に出ようとする祥子の肩を仗助が掴んで止める。そのまま自分の後ろに守るように押し留め、仗助は窓辺の男を、次いで男が億泰と呼んだ少年とを睨みすえた。億泰の兄の酷く傲慢な言葉に、仗助の表情もまた憤りに歪む。
 そして康一を助けようと、仗助がまず億泰へと足を踏み出した。

「どけッ! まだ……今なら(「おれのクレイジー・ダイヤモンド」で)傷を治せる」

 仗助のスタンド『クレイジー・ダイヤモンド』の能力は『なおす』こと。康一の怪我も、彼が生きている今なら問題なく治せる。
 しかし、消えてしまった命を戻す事は出来ない事を、彼はもっとも辛い形で経験していた。もう二度と同じ事を繰り返さないためにも、仗助は地を蹴り、友人へと駆け寄ろうとする。

「だめだ! 東方仗助。おまえはこの虹村億泰の「ザ・ハンド」が消す!」

 しかし、此処までの事をしでかした彼らが、黙って仗助を見過ごすはずもなかった。そして、仗助の前に立ち塞がる億泰の背後には、まるでブリキロボットのようなスタンドが浮かび上がる。億泰の様子からは、喧嘩慣れしていない祥子にもわかるほど、そのスタンド能力への強い自信が滲んでいた。

「いくぜ〜〜っ」
「仗助くん! 気をつけて!」

 スタンド自体にも慣れていない祥子には、億泰のスタンド能力がどんなものか見極める事は出来ない。そして、スタンド能力がわからないのは仗助も同じはずだった。それにも関わらず、臆することなく進む仗助に、祥子の不安の声が飛ぶ。

「!」
「きゃっ」

 しかし、仗助とそのスタンド「クレイジー・ダイヤモンド」のスピードは、億泰の予想を上回っていた。軽い一発が億泰の顔面に入る。喧嘩の始まりの先制攻撃に、思わず祥子は小さく声を上げてしまい、慌てて口を塞いでいた。

「どかねえと、マジに顔をゆがめてやるぜ……」
「ほう〜っ、なかなか素早いじゃん……」

 体勢を崩して笑う億泰を見下ろす仗助の表情は、押さえ込んだ苛立ちで冷え切っていた。




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