【1】夢と現 5


 頭を抱えてしまった祥子の肩を、仗助がぽんと叩く。顔をあげると笑いを堪えたような、残念なものを見るような顔があった。

「ドンマイっス」

 正直言って気味の悪いアレが自分自身の精神力の姿だと言われて嬉しいわけがない。そして慰めてくれる仗助には悪いが、慰めるという事は彼もまたアレは酷いと言っているようなものだ。しかも笑っている。

「仗助くん、交換しよう? 私、クレイジー・ダイヤモンドの方が良い。ハートっぽくて可愛いし」
「えぇ?!」
「諦めろ。精神の姿であるスタンドを取り替えるなんざできるわけがない」
「それはわかりますけど……。嫌だなぁ……」

 混乱していた所為で鮮明ではないが、とにかく気持ちが悪いという印象は強かった。羊だとはわかったが、普通は羊といえば可愛いイメージだというのに、アレはまったく可愛くない。

「文句を言ったところでこればっかりはどうしようもない。とにかく出してみろ」
「え?」

 文句たらたらの祥子に、承太郎がビシッと音がしそうなほど指をさす。スタンドを出してみろという事だろうが、言われてすぐ出せるほど祥子はスタンドというものをわかっていなかった。

「出せって言われても……。じょ、仗助くん、どうしたら良いの?」
「えぇ〜、どうしたらって言われても……。おれも気が付いたら使えるようになってたクチだしよぉ〜」
「空条さん……」
「んなもん、気合だ、気合」
「そんなぁ」

 頼りにならないコーチ陣に天井を仰ぐが、確かにあんな訳がわからないものが自分の中に居るというのなら、早々に制御しておきたいのは確かだ。その為には、せめて出し入れくらいは自由に出来なければならないだろう。

「それじゃぁ……。羊〜、出ろっ!」

 気合と言われたので、気合とこの状態を何とかしたい気持ちを込めて拳を天井に突き上げる。

「う、わ……」
「……」
「仗助くん、「うわ」とか言わないで。空条さん、黙らないで」

 祥子が拳を突き上げると同時に、背後からズルリと現れた羊頭の人影。それに対する二人の反応は、あまり芳しくはなかった。
 あっさりと出てきたは良いものの、残念ながらこれでこの不気味な羊は祥子のスタンドであると確定したことになる。

「うぅぅ、可愛くないよぅ」
『ヒヒヒッ』
「うわ、笑った」
「だから、うわって言わないでよ……」

 しょぼくれる祥子が面白いのか、やはり羊は引き攣った笑いをあげる。しかし、最初に現れたときのような、明瞭な言葉を口にするような、明確な意思というものは感じられなかった。その様子は、スター・プラチナやクレイジー・ダイヤモンドとあまり変わりがない。
 そしてその分、得体の知れないスタンドとしての不気味さは薄れていた。

「いや〜、いくら見ても、可愛くないっスねぇ」
「自分のスタンドが格好良いからってヒドイ」
「いやぁ、おれのクレイジー・ダイヤモンドはグレートに格好良いっスからねぇ〜。あ〜、良かった」
「仗助くんの意地悪。空条さん、仗助くんがいじめます〜」
「やれやれだぜ。じゃれ合ってる場合じゃあないだろう」

 犬のじゃれ合いのように喧嘩する二人に、承太郎の口癖と溜息が零れ出た。

「それで、そいつには何が出来る?」
「何って……」

 痩せ細った腕を伸ばし、抱きついてこようとしているらしい羊から逃げながら、祥子は困ったように眉を寄せる。

「そもそも、こんなのが出せるなんて知らなかったですから、何が出来るって言われても……」
「例えば、腕っ節が強いとか、何かあるだろう」

 適当に言っては見たものの、祥子のスタンドの痩せ細った身体に力に関しては承太郎も期待はしていなかった。近接パワー型であるスター・プラチナやクレイジー・ダイヤモンドとかけ離れたその奇妙な姿に、特殊能力重視のスタンドと予想していたのだ。

「おそらく、何か特殊な能力があるタイプなんだろう。厄介なのは、その能力が把握できなければ何が起こるかわからないってことだ」
「何が起こるか……」
「下手したら、人一人消すくらいしちまうかもな」
「んなっ……?!」

 承太郎の言葉に、祥子は思わず息を飲む。
 これまで、特に人を傷付けようと思うこともなく、殴り合いの喧嘩すら縁遠い生活をしてきた祥子にとって、「それが出来る可能性がある」力を持つ事は、それだけで身が竦むようだった。
 見るからに強張った祥子を宥めるように、仗助は承太郎とは対照的に笑顔を見せた。

「大丈夫っスよ、祥子さん。そうならない為にも、バッチリ使いこなしてやりゃぁ良いんス。もし、祥子さんがコッチに来た原因がコイツなら、もしかしたら帰れるかもしれないじゃないっスか」
「……そっか! うん、そうだね。ありがとう仗助くん」

 仗助の励ましに無理やりにでも気を持ち直す。仗助の言うとおり、もしかしたらの希望が持てるかもしれない。それ以前に、まずは最悪の事態を避けるべく祥子は己のスタンドと向き直った。

「ねぇ、あんたは何ができるの?」
『ヒヒヒッ、ヒヒッ』
「何かあるんでしょ?」

 最初に現れた時、このスタンドは確かに言葉を話した。ならば、しっかりと問いかければ、何かしら答えを返してくれるのではないかと思ったのだ。
 しかし、返ってくるのは引き攣った笑い声だけだった。
 どうしたら答えてくれるのか。スタンドというものが自分の精神の表れだというのなら、本体の意を汲んでくれても良いだろう。
 そんな恨みがましい視線に気付いたのか、やはり根本は繋がっているからわかったのか、不意に羊が黙り込んだ。

「な、何よ……?」
『夢ヲ現ニ、現ヲ夢ニ。世界ヲ渡ルノハワタシ、囚エタノハソノ男』
「えっ……?!」

 にんまりと笑うと言葉を吐き出し始めた羊が指し示したのは、承太郎だった。

「……おれが、何かしたというのか?」

 険しい表情で羊を睨む承太郎に対し、睨まれた当の羊は笑うばかりだった。
 
「……世界を渡ったのは、この世界にきたのは私のスタンドであるあんたの力で。でも、私にできるのはそれだけで、本当は帰らなきゃいけないはずだった。でも、承太郎さんの存在が、私をこの世界に囚えたって言うの? どうして?」
『ワタシハ世界ニ見ツカッタ。世界ノ目ハ、アチコチニ。囚エタ目ハ、ソノ男』
「目……」
「……おれが、彼女に気がついたから。そういうことか」
『ヒヒヒッ』

 苦い表情の承太郎の言葉に対する、殊更愉快そうな羊の笑い声は、いかにも肯定を示しているようだった。
 つまり、祥子が世界で独りぼっちになった原因の一端は、承太郎にもあるということらしい。祥子もそれについて何も思わない訳ではなかった。しかし今、祥子は彼を責める気にはなれない。既に充分すぎる程、身の保証はしてもらっていることもある。彼にその気があったはずもない。はっきり言って、取扱説明書もないこの羊の所為、これが祥子自身の精神だというのなら祥子の所為だ。
 だからこそ、祥子は睨みつけるようにスタンドへと詰問した。

「……それで……、あんたは何ができるの?」
『夢ヲ現ニ、現ヲ夢ニ』
「だから、それって……」
『夢トハ、記憶ノ整理。整エ、片付ケ、心ヲ守ルモノ。ワタシハ守ル。記憶ヲ悪夢ニ変エテ。夢ハ夢。目覚メテシマエバ、恐レルコトハナイ』

 はっきりしない応答へ苛立つ祥子の言葉を遮るように、羊の嗄れた声が答えを返す。まるで出来の悪い詩のようなそれは、しかし能力を示しているらしい。

「夢……? つまり何か夢を見せるだけ?」
『ヒヒヒッ』

 もっと親切に教えて欲しかったが、言うことは言ったとばかり、あとはいくら問いかけても帰ってくのは笑い声ばかりだった。

『ワタシハ傍二、傍二……ヒ、ヒヒッ』

 そしてそのまま消えてしまったスタンドに、最初に詰めていた息を吐き出したのは仗助だった。

「気まぐれっつーか、なんっつーか……。扱いづらいやつっスね」
「返す言葉もないわ……」

 へらっと笑って素直な感想を述べる仗助に、つられて祥子も力なく笑って返す。
 世界を越えてしまった。独りになってしまった。原因の一端がそこに居る。
 しかし運良く助けを得られた。それも、たいした見返りを求められないような。結果として、ある種の賠償のようになってしまったが、それでも彼らの親切はなにごとにも代え難いものだ。
 納得しきれない部分もある。胸に溜まったわだかまりもある。しかし、今はこれで良いのだ。気持ちの問題は、きっと時間が解決してくれるだろう。そう祥子自身が思っているのだから。

「これから、お世話になります」

 改めて頭を下げた祥子に、優しい声がかけられた。




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