【1】夢と現 2


 祥子が退室した室内で、承太郎は大きく息を吐き出した。

「承太郎さん、あの〜……」
「……まだ、結論を出すには早いって所だ。お前はそろそろ帰ったほうが良いんじゃあねぇか?」
「あ、いや、もうちょい居させてもらうっス!」

 承太郎の溜息をどう取ったのか、伺うように聞いてきた仗助の反応に肩を竦め、彼は再び目の前のテーブルに並べたものの観察を再開する。
 並んでいるのは、祥子の所持品だった。彼女自身は今、承太郎の宿泊する部屋の寝室で休んでいる。ショックが重なったためか、ぼんやりとしている彼女を見かねた承太郎が休む事を促したのだ。そして寝室へ向かう前に、所持品の確認を申し出た所、特に抵抗するでもなく手にしていた鞄ごと承太郎へと預けていた。

「しっかし、女の子の鞄の中を調べるってのは、なぁ〜んか……」
「ふん、そんな事を言ってるようじゃあ、まだまだガキだぜ、仗助」

 仗助の言いたいのだろうことを鼻で笑い、承太郎は並んだ荷物の中から財布を取り上げた。承太郎が手にするにはあまりに可愛らしすぎる財布を開き、中を改めていた承太郎が不意にその手を止める。

「何かあったんスか?」
「……あぁ、まぁな」

 いぶかしげな仗助に歯切れ悪く返しながら、承太郎は財布の中からニ枚の紙幣を取り出し、そのうちの一枚を仗助の目の前へと掲げて見せる。それは色合いからして千円札だった。

「えっ、なんスか承太郎さん?」
「仗助、変だと思わねぇか?」
「変って、ただの千円札っスよねぇ……。ん? あれ?!」

 差し出されたそれを手に取り、しばし眺めて仗助は驚きに目を丸くした。そのまま、その紙幣を明かりに掲げたり、裏返したり凝視したあと、呆然としたように承太郎を見て口を開く。

「おっさんが違うっス……」
「……まぁ、そうだな。せめて「夏目漱石」じゃないと言ってもらいたかったが」
「うぐ。と、とにかく、これ、柄が違うっスよ。裏も、鶴じゃねぇし……。偽札ってことっスか?」

 もう一枚、こちらは仗助にも馴染み深い夏目漱石の千円札を手に、盛大な溜息をついた承太郎に、仗助はばつが悪そうに推論を述べる。(ついでに見せてもらった、アイスの際に祥子が使っていた一万円札に関しては、あまり縁がない仗助には違いはわからなかった。使えたということは違いはないのだろうし、仗助曰くの「おっさん」は同じようだった)
 しかし、承太郎は偽札との推理に首を横に振って否定した。その彼の背には、いつの間にかスター・プラチナが立ち、紙幣を一枚凝視していた。

「こいつを偽札と言うには、手が込みすぎている。スター・プラチナで確認したが、どこにも不自然な所はない。柄以外はな。それどころか、質が良いくらいだ」
「確かに、柄以外はおかしな所はないっスねぇ」
「そもそも偽札を作るってんなら、なんでこうまでデザインが違うものを作っちまったんだ? これじゃぁ、素人目にもおかしいとわかって使えねぇ。これだけの技術があるなら、そこんとこが余計わからねぇ。とすると、あくまでこれはなんら後ろめたいことのない、正規の紙幣なんだろう」

 仗助自身は偽札など拝んだ事はないが、精密さでも群を抜いて優秀なスター・プラチナを使ってまで確認した承太郎の言葉を疑う余地も無かった。しごく真っ当な事を言っているのもわかる。しかし、そうなってくるといよいよ信じがたい事実が浮かんでくる。

「ってことは、やっぱり祥子さんは、此処と似てるけど此処じゃないどっか別のところから来てるって事っスか?」
「そうなるだろうな」

 彼女が、世界を越えて此処に居るという事。
 とても簡単に認められることではなかった。

「そんな、漫画やゲームじゃないんスから……」
「おれもそう思う。だが、そうだとして、こいつらをどう説明する?」

 眉間にしわを寄せて呻く仗助に、承太郎が指し示すのは祥子の所持品の数々。化粧品類、文具類等はどうとでも説明がつくだろう。しかし、電子機器の類は彼らの理解を超えていた。
 おそらくデジタルカメラだろう機械は、二人が知っているどのデジタルカメラよりディスプレイは大きく、写る画像はフィルムカメラよりも鮮明に見えた。
 それ以外にも、何かもわからないものがいくつかある。小さく四角い、ディスプレイがついたものには承太郎の祖父がお気に入りのウォークマンのロゴがついている。それからして音楽関係のものとは推測できるが、使い方はまったくわからなかった。もう一つ、小さなテレビのようなもの(1999年にあるはずがないスマートフォン)にいたっては、SFに出てくる道具にしか思えなかった。
 そして見たことのない正規の紙幣。
 証拠は十分に思えた。

「こいつは……」
「承太郎さん?」

 不意に、もう一度財布を確認していた承太郎が差し出したのは、彼女の免許証だった。

「へぇ、免許なんて持ってんスね。おれも早く取りてぇな〜」
「暢気な事言ってんじゃねぇ。交付の日付を見てみろ」
「え? え〜と……、平成、にじゅうっ……?!」

 そこに書かれていたのは、「平成22年」の文字。そして今年は1999年、即ち平成11年だ。

「承太郎さん、これって……!」
「あぁ、こいつはやっかいだぜ」

 この免許証もまた偽造である可能性がないではない。しかし先の紙幣と同様、わざわざ使えないものを作る意味がわからなかった。交付日が未来では、いくら出来の良い偽造免許証とはいえ使いようがないだろう。
 これらは彼女が意図して用意したものではなく、正規の方法で手にしていると考える方が簡単だった。しかし、それを認めてしまうということは、さらに理解しがたい現象を考えなければならなくなる。

「祥子さんは、つまり……、未来から来たってことっスか?」
「そうだろうな。ただし、おれたちの向かうその先の未来かどうかは、まだわからん。なにしろあいつにはまだ謎がある。夢だなんだもそうだが、あのスタンドの正体もわかっていないんだからな」

 承太郎は帽子を目深に被りなおし、つばの下から祥子の休む寝室を見つめて溜息をこぼした。

「やれやれだぜ」




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