9.ハイド・アンド・シーク


 唐突に響き渡った笑い声なのか、獣の鳴き声なのか、引き攣れたその奇声に各々の身体に緊張が走る。
 しかし驚きに身を硬くしているのは、祥子と仗助、そして先程合流した空条承太郎の三人だけ。駅前を行き来する人々は誰も三人に、そしてこの奇声に注意を向けることなく通り過ぎていく。それが意味することは。

「スタンドかっ?!」

 スター・プラチナを背に、承太郎が素早く辺りを見回す。その鋭い声に、仗助もクレイジー・ダイヤモンドを構え、やがて二人共にある一点に視線が集中した。二人が睨みすえるのは、この異常に気がついた残りの一人。祥子だ。
 三人以外の誰もこの奇声に気付いていないと言うのなら、反応を見せた祥子以外、この場で見知らぬスタンド使いは居ない。スタンドの存在に気が付くことこそ、スタンド使いの何よりの証明だ。
 そう、祥子にはスタンドが見えている。二人の背後に現れたスタンドを凝視しているのだから。
 しかし承太郎の記憶では、彼女はまったくスタンドが見えていなかったはずだ。彼の仲間のスタンドの剣で、不注意にもその目を貫きそうになったのは演技だったのか? それともいつの間にかスタンド使いになったのか? いや、そもそも10年が経過したにもかかわらず、エジプトで遭遇した時と変わっていないように見えることも気にかかる。それこそ、あのDIOのように人ならざる者であったのか。
 こうして承太郎の中で、彼女に対する疑惑は膨れるのだが。

「お、お、おば、おば、おばけ……! 二人ともおばけ憑いてる!!」

 しかし、承太郎が思っていた反応とはあまりにかけ離れた慌てように、膨らむ疑心も膨らみきれず、承太郎の中で萎んでしまう。
 なにやら必死に承太郎たちを手招き、彼らの背負うスタンドたちとは目が合わないよう、しかし動きは見逃さないようにちらちらと視線を投げている。

「ふ、二人とも! 逃げよう! じょ、仗助くんっ!この辺、神社とかお寺とか教会とかない?!」
「……悪いが、名前を忘れちまったんだが。あんた、少し落ち着きな」
「おち、落ち着いてます!」
「全然落ち着いてねぇっスよ」
「やれやれだぜ」

 二人が呆れ半分、宥めるように言うも祥子が落ち着く様子はない。それが愉快だと言うように、引き攣れた笑い声は止まっては笑い出しを繰り返していた。
 そのとき不意に、ゆらりと陽炎でも起きたかのように祥子の姿が揺れた。

「なにっ……?!」
「スタンド!」
「え?! 何これ?!」

 ぶれた祥子の像が彼女本体と別れてそのまま影となり、彼女とは違う形を作り出す。それは承太郎や仗助がスタンドを発現させる時と同じだった。

「なんだ、こいつは」

 思わず呻いた承太郎の目に、それは酷くに不気味に映った。
 被り物のように大きな頭は、しかし生きていると主張するように、その黄色い目玉をギョロリとさせて承太郎たちを凝視する。壊れた玩具のように時折あげる奇声は、相変わらず鳴き声なのか笑い声なのか判別できない。引き攣った音は実に気味が悪い。
 なおいっそう不気味なのは、その奇妙に細った身体だった。大きな頭には不釣合いに痩せている身体は、同じスタンドであるスター・プラチナやクレイジー・ダイヤモンドと比べるまでもない。夜の闇を、それも月が無い新月の飛び切り暗い夜空を凝縮したような真っ黒の身体は、絡みつくように祥子の身体を抱きしめている。

(あぁ、これはまるで、悪夢を見せる悪魔のようだ)

 そう思ったのは誰か。その悪魔は、じっとりと承太郎たちの顔を見回し、にんまりと目を細め、口角を吊り上げて笑った。羊の癖に、笑った。

『ワタシハ世界ニ見ツカッタ。カクレンボハ、モウオ終イ。 Stand by me. ワタシハズット傍ニ。夢ヲ現ニ、現ヲ夢ニ』

 酷くしゃがれた、少なからず不快な音が紡ぐ言葉は、祥子にとって希望なのか絶望なのか。はっきりと「言葉」を口にするスタンドは少ない。現状を把握するに重要な内容だろうと誰しも察しはついていたが、口を挟む事もできなかった。
 そうして気が付いた時には、謎のスタンドは消えていた。

「な、なに? 今の……」

 祥子は体に残る気味の悪い腕の感触を拭うように、自分の腕でその身を抱きしめる。酷く混乱し、恐怖した身体は言う事を聞かず、腰を抜かしてへたり込んでしまっていた。
 そんな彼女の様子を見下ろして、承太郎は口を開く。

「あんたには少し、付き合ってもらう」

 そう言った承太郎の声は固く鋭い。逆らう事を許しはしないと言わんばかりの威圧感に、頭の働かない祥子は頷くしかできなかった。
 承太郎も、決して祥子を責めるつもりはなかった。しかし、さしもの承太郎も、見覚えはあるが得体の知れない女に、その女のものだろう謎のスタンドに、警戒をせずにはいられなかったのだ。そして理解の難しい現状に、混乱もしていた。結果として、普段から決して柔和とは言えない表情が、声が厳しくなってしまうのだ。
 その二人の様子に、仗助は複雑そうにその端正な顔を歪めた。
 彼自身、悪意あるスタンド使いに身内を奪われたばかりだ。もちろん見知らぬスタンド使いに警戒をしないわけがない。他にも悪のスタンド使いたる者がいる事も聞いている。だからこそ、祥子もまた何かしらの害意を持って仗助に近付いてきた可能性もあることはわかってはいるのだ。得体の知れない彼女のスタンドは不気味だったし、何より、承太郎と過去に何かしらの接触が有り、彼があれだけ警戒しているのだ。何もないという方がおかしいだろう。
 それでも、仗助は思うのだ。

(あの人は、祥子さんは悪人ってことはねぇんじゃねーかな……)

 見てくれからして不良の自分が困っていたら声をかけてくれた。因縁をつけられて酷い目にあった自分を元気付けようとアイスを奢ってくれた。スタンドという、彼女にとっては悪霊にしか見えなかっただろう、得体の知れないものから自分たちを助けようとしてくれた。
 そう考えると、仗助は彼女を疑う気にはなれなかった。

「承太郎さん、おれもついてくっス。構わねーっスよね?」

 せめて会話を交わした自分が傍に居たら、混乱している彼女も少しは落ち着けるのではないかと思っての申し出だった。
 そんな性根が優しい年下の叔父の配慮をわかっているのか、承太郎は頷くことで彼の同行を了承する。その横であからさまにほっとした顔をする祥子に、仗助は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
 こうして三人は、駅前に停めていた承太郎の車(おそらく杜王町のレンタカー)へと乗り込み、承太郎の宿泊する杜王グランドホテルへと向かった。




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