Mr.コッペパン
億泰ってコッペパンっぽいって言ったら、すっごい嫌そうな顔をされた。
「どぉーいう意味だよぉ〜? 場合によっちゃぁ、おめぇ、ガオンすっぜぇ?」
アァン? なんて、絵に描いたようなガンを飛ばされたけれど、付き合いの長い私にとってはいつもの事。別に怖くないんだから。ガオンは最近言い出した億泰の脅し文句。よくわからないけど、見せてくる腕の動きからして殴る事だと思う。脅してきたって、一回だって私の事、殴った事ないじゃない。(子供の時の喧嘩はノーカウントとして)
「別に、悪口じゃないよ。ただ、何となく思っただけ」
「はぁ〜? おめぇ〜よぉ〜、オレより頭良いくせによぉ、頭悪ぃんじゃねぇ?」
「結局どっちよ」
頭の悪さで億泰に勝てる気はしないけど、とは口には出さないでおく。だって、既に「ぐむぅ」なんて情けない声を出して黙り込んじゃったんだもの。大事な幼馴染をいじめる趣味は私にはない。
「んでよぉ、さっきのコッペパンってどーいうことだよ?」
「まだ引っ張るの」
「んだよぉ、気になるじゃねぇか」
意外と気にしいなのだ、この可愛い幼馴染は。覚えている一番最初の姿より、ずっとずっと大きくなった彼を見上げて笑う。私だって大きくなってるはずなのになぁ。
「なんか、雰囲気? 茶色くて、丸くて、するんとしてるとことか。あと、億泰って案外素朴じゃない? そんなとこ、ぽいなって」
「はぁ〜? どこがだよ」
「だから、なんとなくだってば」
笑うばっかりの私に、ひたすらに怪訝な顔をしてくるのも、そんな顔を素直に見せてくれるのも、可愛くて仕方が無いって言ったら怒るかな? でもいつだって、結局は「葉子はしょうがねぇなぁ」って笑ってくれるよね。
「ったくよぉ〜、しょ〜がね〜よなぁ〜、葉子はよぉ〜」
ほら、やっぱり。だから好きなの。
わかりやすくて、馬鹿で、単純で。不良の癖に、素直で感情豊かで、もらい泣きだってしちゃうくらい優しくて。個性的に見せて、周りに馴染んで寄り添ってくれる。なんとなく、優しくてふかふかなコッペパンみたいって思ったの。そう言ったら、今度は何を言われるのかな。
そんな優しい億泰だから、切欠さえ掴んでしまえばあっという間に回りに馴染んでしまう。
今もそう。いつの間にか、私の知らない人たちと仲良くなって、つるんでて。私にはわからない話しだってしてる。
ううん、私にはわからないだけじゃない。私が聞いちゃいけない話しみたい。だって、億泰がその話しをしだすと皆、困ったような顔をしてる時があるから。そういう時、私は「ちょっとごめんね」なんて曖昧に断って席を外すの。私は億泰と違って空気くらい読めるんだから。
だから、今この時も、億泰に誘われて嬉しい反面、すごく苦しい。
「ねぇ、いつもの集まりなんでしょ? やっぱり私、行かない方が良いんじゃない?」
「なに言ってんだよぉ? 今更だろ〜が」
「だから、今更だけど、私は居ない方が……」
「オレが良いってんだから、良いンだよ!」
なかなか私の気遣いに気付いてくれない馬鹿な億泰。それでも、私をおいていこうとしない事が嬉しかった。
「だって、私が聞いちゃいけない事、話してるんでしょう?」
「う〜ん、別に良いんじゃねぇのかぁ〜?」
「嘘。だって、東方くんも、空条さんも、他の人も声を潜めるじゃない。それに……」
「それに、なんだよ?」
「それに、私、わからないもの……。スタンドって何?私ばっかりのけものじゃない」
「あ〜、だからよぉ、そーゆーのはお前、気にしなくって良いんだって」
あぁ、それってなんて酷いお気遣いなんだろう。
足の止まった私を不思議そうに振り返る顔が憎たらしいのに、やっぱり好きで、結局私は寂しいんだ。
「仲間外れは、やだよ億泰」
置いていかないでよ。形兆さんみたいに、私を置いていっちゃうんじゃないの?
なんでか、そんな風に怖くなって短い学ランの裾を掴んで俯く。気が付いたらずっと大きくなってしまった彼のローファーを履いた足しか見えない。
「だからよぉ〜」
いつもと変わらない声と一緒に、私よりずっと大きな手が髪をぐしゃぐしゃにする。
「ちょっ、何……?!」
「仲間外れじゃねぇよ。オレは、おめーを守ってんの!」
「……え?」
言い聞かせるような億泰の言葉に、手の下で俯いていた顔を無理矢理あげる。そこには照れたような、でも何だか寂しそうで決意に満ちた顔をした億泰が居て。
「もう、オレのモンを奪わせやしねぇし、傷だってつけさせねぇって決めたの、オレは!」
「でも、私……」
「だから、仲間外れじゃなくってよぉ〜。ほら、正義の味方ってのは正体とか敵とか、秘密にするもんだろぉ?」
それだけ言うと、億泰は私の手を取って歩き出す。強く握られた手が熱くて、大きくて、引っ張られて歩き出す。
「おめーは大人しくオレの傍に居れば良いんだよ! ヒーローにはお姫様が居るもんだろ?」
あぁ、本当になんて愛しいお馬鹿さん!
「じゃぁ、アンパンマンじゃなくて、コッペパンマンだね」
「まだ引っ張るのかよ!」
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