少女の心


練習が始まれば、皆、真剣に話を聞いてくれる。だから俺もその気持ちに応えなければと、つい、熱が入る。こんなに熱くなったのは何年ぶりだろうか…。そんな中、目で追ってしまうのが亜季の動向。小さな身体で人一倍練習する姿は微笑ましくも感じた。休憩中、シューティング練習する亜季に近づいた


「休むことも必要なのだよ」

「緑間さん」


“しんちゃん”と愛くるしい笑顔で見つめてきた瞳も今や、大人の真剣な瞳。“緑間さん”と呼ばれることが少しだけ切ないと感じたのは気のせいだろうか


「お前はまだ未完成なのだよ。そんな未完成のお前が身体を酷使してもいい結果は得られないのだよ」

「…でも、私、上手くなりたくて」

「だが、その意気は買ってやる」

「緑間さん…」

「少しでもいいから休め」


そう言ってドリンクを渡すと小さな手が少し触れた。あんなに幼かった手は細く、整った女性の指先に変わっていた


「なぜ、そんなに焦っている」


亜季がドリンクを少し飲んだ後、またボールを手にした。“上手くなりたい”そう言った亜季はどこか焦りを感じたからだ


「私、だけ…1年生なのにスタメンに入っちゃって。だから先輩達に後れをとらないように人一倍練習しないと」

「高尾も俺も、1年でスタメンだった。努力が認められた証拠じゃないのか」

「…さっき嘘をつきました。緑間真太郎さん、中学、高校とキセキの世代として活躍した方、ですよね。本当は覚えてます。ぼんやりとだけれど、緑間さんとバスケしたこと。あれから練習して緑間さんに近付きたくて頑張りました。約束だって…」


『お前が大きくなったらまた遊びに来ればいいのだよ。俺も強くなってテレビに映るようになる、だから今は我慢して帰るのだ』

『…うんっ!』

『お前が会いに来るの、楽しみに待っているぞ』


「高校に入るのだって親に無理言ってこっちにさせてもらったのも全部緑間さんに会うため。けれども私は凡人だから。バスケもうまくないから、まだ、緑間さんに会えないと思ってた、いや、会っちゃいけなかったのかもしれません」


亜季はあの時の約束を今でも覚えていて、懸命に練習に励んでいた。それに比べて俺はどうだ。社会人バスケがダメだとは言わないが“バスケで有名になる”と言っておいて、現実や世間の荒波に飲まれて社会人をしている。約束を破っているのは俺の方だ


「だ、だから私はもっともっと上手くなって、本当に強くなったら緑間さんに会いに行きます。それまで待っててください」


そう言うと亜季はどこかに行ってしまった。純粋な瞳が苦しかった。しばらくして少女の集団に囲まれていた高尾がやって来て“亜季と何をはなしてたの?”と聞かれた


「…高尾」

「なーにー」

「大人になるとは寂しいことなのだな」

「…そうだね」


何も言わない高尾がありがたかった






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