それは淡い思い出



忘れられない女性がいる。あの時はまだ幼くて【女性】と言って良いものか甚だ疑問だが、俺には未だに忘れられない女性がいるのだ。月日は流れ、俺も大人になった。極めるべきバスケットボールは今もしている。が、それだけで生活出来るほど世の中は甘くない事も知っている。俺は、仕事をしながら社会人バスケに参加し、腕を磨くことに決めた。中学、高校としてきたバスケ…それに比べたらお遊びの様なもので、周りも腑抜けばかりだ。一時期バスケから離れようと決意したが、結局は離れられずに戻ってきたのだ。一番の腑抜けは自分かもしれないな。そんな皮肉めいたことを考えながらマンションに帰宅した所で携帯が鳴る…相手は


『やっほー!真ちゃん?』

「お前は毎日毎日電話を寄越すな。暇なのか」


相手は高校時代のチームメイトの高尾だった。こいつは毎日決まって俺が家に帰ると必ず連絡を寄越し、くだらない話をするのだ


『でねー、宮地先輩がそこで…』

「そんな世間話をするなら切るぞ」

『あー!まってまって!今日はちゃんと用事があって連絡したんだって!マジでマジで!』

「お前も社会人ならば言葉遣いを気をつけたらどうなのだよ」

『真ちゃんに言われたくないのだよ』

「真似をするな!」

『まー、とにかく用件つーのは、俺らの母校のバスケ部から指導頼まれてさー。俺1人でもいいんだけど、真ちゃんも一緒にどう?』


バスケの指導か…まだまだ未熟者な自分がしていいものなのか。だが…


「いつだ」

『え?』

「その指導日が何時だと聞いているのだよ」

『真ちゃん受けてくれんの!?』


“また真ちゃんとバスケできてうれしーわ”なんて高尾の声が聞こえた。全く、これしきのことで大袈裟なのだよ。だが、母校に帰るのは少しだけ心が暖かくなる気がした。そして迎えた指導日、目の前には何故か少女の集団があった


「…高尾」

「何ー真ちゃん」

「説明しろ。男子、ではないのか」

「あっれー?言ってなかったっけ?頼まれたのは女子バスケの指導だよ」


にっこり笑った高尾をとりあえず殴りたい。女性は苦手だ。今すぐ辞めたいが、引き受けた手前、そんなこと出来なかった。仕方なく高尾の隣に並び、バスケ部の顧問から説明がある。そして自己紹介をするように促された


「高尾和成でっす。みんな気軽に“高尾先生ー!”とか呼んでくれて構わねーからよろしくな!」

「やだー、おもしろーい」

「あはは、高尾先生ーっ」


全く…高尾と言い生徒と言い落ち着きがないな。本当にバスケを極めたいのか疑いたくなるものだ


「…次、ほら、真ちゃん」

「…緑間真太郎なのだよ」

「真ちゃんそれだけ?変わんないなぁもう。じゃあ俺が代わりに紹介してあげんね!こいつは緑間真太郎で、俺の元チームメイトだぜ。気軽に真ちゃんって呼んでやってな」

「高尾っ!」

「真ちゃんっ?かわいい!」

「真ちゃーん!」

「くっ」


ケラケラ笑いながら生徒に名前を呼ばれる。そんな中見えた1人だけ俺を真剣に見る瞳。目が合うと反らされた。しばらくして練習が始まり、指導に移ろうとした時に“和成お兄ちゃん”と言う声がした。その声、聞き覚えがあった


“しんちゃん!”


「あー亜季ひっさしぶり!」

「久しぶりだね」

「お前バスケ部入ったのか!」

「そうだよ」


目の前にいる少女、その瞳はさっき俺を見ていたものと同じ。それにこの顔つき、見覚えがあった


「真ちゃん、こいついとこの亜季。高校の時こいつ来たの覚えてる?」

「ああ」

「…え?」

「亜季覚えてないかー3歳だったもんなーあれから13年経ったからな」

「…緑間さん」


名前を呼ばれて亜季を見た。しばらく見ないうちに大人になり、高尾のいとことは思えないほど大人しくて礼儀正しい子に育っていた


「今日はご指導よろしくお願いします」

「…ああ」

「あれ、亜季…俺には?」

「和成お兄ちゃんもよろしくね」

「亜季ー!何してんのー?」

「はーい、今行く!…それじゃあ失礼します」


走り去る亜季の背中を見て何故か寂しさを感じた。俺を見た高尾は“亜季大人になったでしょ”なんて自慢気にしている


「時が経つのは早いな」

「…真ちゃん、なんか言った?」

「いや、いくぞ」


全ては淡い記憶…そう思って俺も集団の中に入っていった






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