次の予算委員会について顧問の安藤先生に話を聞きに行き会計室に戻ってくると、見知った顔とその周りに転がる委員会の後輩が目に入った
「おかえりなさい、潮江先輩」
まるで当たり前のように姿勢良く算盤を弾く加藤はいつもの見慣れた壊し屋の姿とはまるで別人のようで、違和感を感じた
「加藤、お前なぜ此処にいるんだ」
「留先輩に潮江先輩に今度の予算の打ち合わせをして来るように頼まれたんです。留先輩忙しいらしいので」
「そんなの留三郎が直接俺に言いに来れば済む話だろう」
「別に平気です。団蔵の顔も見たかったし、ついでなんです」
自分の膝の上に寝かせた団蔵の頭を撫でつつも、計算の手を休めない加藤はどこか幸せそうだ。しかし、別の委員会の…しかも留三郎の後輩に委員会の仕事を手伝ってもらうのはさすがにまずい。まだ寝てもいいと言ってもいないのに勝手に寝ている後輩たちを叩き起こそうと近づけば、机の向こう側から殺気を放つ加藤の姿が見えた
「三木くんとかやっと説得して寝かせたんですから、起こさないでください」
“仕事なら俺が責任持ってやりますから”とため息をついた加藤の手元を見れば、もうすでに半分は終わっているように見えた。俺はそんなに長い間席を外していたのか…と思いながら自分の席に戻り、算盤を取り出した。ぱちぱちと算盤を弾く音が交互に聞こえるのと下級生の寝息が聞こえるだけで静かな夜。ふと顔を上げれば真剣な面持ちで計算をし続ける加藤の横顔が目に入る。常日頃から出会い頭に憎まれ口を叩くので此奴の顔をまじまじと見たことがなかったが、団蔵の実兄であるのに顔は似ておらず、手足は折れそうなほど細く白い。そして何より…
「先輩…?どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない」
見とれていた事を隠すよう平静を装って返事をすれば、“そうですか”と、あっさりとした返事が返ってきた。そして俺の顔を真っ直ぐ見てふわりと笑った。そんな表情を見たことがない
「お前、俺が嫌いじゃなかったのか?」
口が滑り、思わず聞いてしまった一言。途端に恥ずかしくなり顔を逸らしながら“忘れてくれ”と呟くが、あははと言う笑い声が耳に入り再び加藤の方を向いた
「嫌いじゃありませんよ。ただ潮江先輩が団蔵を虐めるからどうしても喧嘩腰になるんです」
「虐めているのではない。鍛錬だ」
「程々にと言ってるんです。団蔵はまだ体も出来上がってない年頃なんですよ?」
成長期の過激な運動は寿命を縮める恐れだってあるんですからと、足元で大きな口を開けて寝ている団蔵を撫でながら笑う加藤はさながら聖母のように思えた。それに“嫌いじゃありませんよ”と言われた時、俺は心の底からほっとしていた。自分にはわからない感情が心の奥底に眠っていたらしい
「加藤、すまんな」
「いえ…気にしないでください」
優しい笑みで返されたその言葉を聞いて、俺の此奴に対する態度が明日から変わりそうな気がした
end
もんじー!残念ながらきもんじ化(涙
.
prev next