「なぁ、はち…キスしようよ」
同室になって5年、その5年間の中でたった1回だけそうやって言われた事がある。雪降り積もる2年目の真冬の夜。凍えそうなくらい部屋の温度は下がっていて、運悪くその日は生物委員会で飼っている動物の為に昼間から暖房を焚いていたせいで夜には燃料切れ、それでも動物達が凍えないようにと自分の毛布を掛けてあげて応急処置を行った
「これでよし」
「…はちはどうすんの?」
「俺は強いから平気だよ」
布団も毛布も全て掛けてあげて、俺のベッドには何もなくなったけど、人はいっぱい着込めばそれなりに防寒する事ができる。大丈夫と笑って服を出そうとしたら急に腕を引っ張られてベッドに引き込まれた
「はちが嫌じゃないなら一緒に寝よーぜ。いくらなんでも今日寒すぎるし、風邪ひくよ?」
「う、うん」
毛布を掛けられふわっと笑ってそう言われて、断る理由も無いからそのまま布団の中に潜り込んだ。1人用のベッドに2人はきついかなと思ったけれどお互いまだ14才だし、俺は大きい方だけどあっちは小さい方(こんな事言ったら怒られる)だったから割と丁度良くて、それにすぐ近くに人がいるからあったかかった
「はちちゃんと布団掛かってる?」
「大丈夫。そっちは?」
「平気。てかこんな近くではちの顔みんの初めてかもー」
「俺もだって」
横になっているから少し乱れてるふわふわした髪は、いつもの藍色じゃなくて、暗闇で一層濃くなり黒に近い。そして大きな瞳は鈍く光ながらその中に俺を映していた。外から聞こえる吹雪の音を聞きながらじっと顔を見つめれば、いつも見慣れた表情なのにどこか寂しそうに見える。違和感
「どうかした?」
そう聞いた瞬間、ほんの少し触れていた手が微かに震えているのを感じた。ぎゅっと細い手を掴むと振動が伝わる。顔を覗けば困ったように笑った
「ごめん、はち…俺今日なんか変なんだよね…」
「変?」
「わかんないけど、なんか怖い」
「どうして?」
「知らない…」
話してる本人は気づいてないのだろうけれど、声は小さくなり、その大きな瞳からは涙が溢れそうになっていた
「なぁ、はち…キスしようよ」
何かを決めたように俺にそう言う割にはどこか煮え切らない思いを隠すような表情を見せた
「ごめん、なんでもな…」
すぐに我に返ったように笑って弁解する唇に小さな体に覆い被さるようにして触れた。ほんの一瞬の出来事。正直自分でもなんでそんなことしたかよくわからない。ただ今思えばあの元気でいつも楽しそうに笑う君が弱音を吐いて俺に助けを求めたのは後にも先にもその1回きり。その時の記憶はあまり覚えてないけれど次の朝、目を覚ますとすでに起きていた君が隣にいて
「はち、ありがとね」
いつもの楽しそうな笑顔でそう言われた。吹雪はもう止んでいた
end
はちだけが知ってる1度だけ見せた弱さ
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