桑田くんの彼女と苗木くん

※桑田×名前→←苗木


始まりはその視線だった。普段みんなで集まっているときも、最愛の桑田くんと一緒にいるときも、どことなく感じていた熱視線。私は分かっていて、それを見て見ない振りをしていた。だけど…ある日たまたまジュースを取ろうと廊下に出ると、食堂に座る苗木くんの姿を見た


「名字さん、どうしたの?」

「ジュース取りに来たの。私からしてみれば苗木くんがどうしたの?だよ」

「…うん。ごめんね」


冗談混じりで返したつもりだったが、苗木くんはその後の言葉を塞ぎ、会話がそこで途切れてしまった。いつもなら苗木くんとの会話が楽しくて仕方ないはずなのに、今日はなんだが苗木くんの近くが居心地の悪いような感じがして、桑田くん用のジュースを取ってすぐにここから立ち去ろうと考えていた。だけど、また来た道を戻ろうとしたとき、苗木くんに呼び止められてそれは出来なかった


「あのさ…」

「何?」

「なんて言うかな、その…」

「だから何なの」


私はいつになくイライラしていた。たぶん、いつもとはかけ離れているぐらい不自然な態度の苗木くんに不信感を抱いていたからだと思う。“用がないなら行くから”と、それだけ告げてまた苗木くんとは逆方向を向くと今度は腕を掴まれた。その時、私は苗木くんの顔を見てどきっとした。その苗木くんの視線はいつも私が感じている視線と同じだったから


「名字さん…本当は気づいているんでしょ?」

「な、なにが…」

「この視線の意味…わかるでしょ?」


その時の苗木くんの目は私をがっちりと掴んで離さなかった。私は衣服を着ているはずなのにまるで裸で立っているような感覚に襲われて恥ずかしくなった


「ねぇ、名字さん…」

「知らない…知らないっ!」


私は苗木くんの手を振り払ってそのまま部屋にも戻らず走った。真っ直ぐに、自分でも何処へ行くかわからないくらい走って…そのあと、大好きな桑田くんの事を考えた

((桑田くん…助けて!))

もう自分ではどうしようもないくらい、あのときの苗木くんの視線が怖くて怖くてたまらなかった。信じたくなかった。知りたくなかった。分かりたくなかった。だからただひたすらこの体中を駆け巡る感情を抑えようと必死だったんだ。あの日以来、苗木くんと2人っきりになるのが怖くてたまらなくなった。いつも必ず桑田くんの隣にいて、桑田くんが忙しいときは他のみんなと、とにかく苗木くんには極力絡まないようにしていた。普段から他の人と一緒に騒いでいる私だから、誰も私が“苗木くんを避けてる”なんて気がつかなかった。そんなある日、また食堂で苗木くんと鉢合わせした。しかも他のみんなは起きてこなくて、文字通り逃げ場が無い状態だった


「名字さん」


しん、と静まり返った楽屋で苗木くんの声が響いた。私の名前を呼ぶ声を聞いて、思わず身構える


「こっち向いて」

「…」

「ねぇ、名字さん」

「こ、こっちに来ないで…」


声が震えた。私は相当苗木くんが怖いらしい。良い人だ、最高の友人だと思っていた人が急に豹変したからか、とにかく怖くて、怖くて仕方ない


「…やだ、ってば」

「…」

「苗木く、おねが…」


気がつくと私は苗木くんに壁に追いやられていた。腕は強い力で拘束されて、逃げようにも逃げられない。苗木くんこんなにも力強かったんだ。普段の草食系男子っぷりはどこに行ったのか疑問になるくらい


「苗木く、はなし…」

「好き」

「…っ!」

「君が好きだっ」


まただ…またその目で私を見る。全てを見透かされていそうな真っ直ぐなその目で。聞きたくなかった。分かってたけど分からないふりをしていた。だって、だって私には…


「苗木くん、無理だよ」


私は桑田くんが好きなんだ。優しくて、ちょっとエッチで、明るくて、私のことを一途に想ってくれる桑田くんが大好き。そんな桑田くんの想いを無駄にするなんて私には出来ない


「ごめんね。私は桑田くんが…」

「それでも良いよ」

「え…」

「桑田くんが好きでもいい…でも俺を見て欲しい」

「や、やだ…苗木くん!」


横尾の顔が近づいてきて、首元に小さな痛みが走り、瞬時に痕をつけられたことがわかった


「本当は口にしたいけど、桑田くんが泣くでしょ?」

「だからって…ここ」

「ちゃんと見えない位置に付けた。名字さん…この痕が消えるぐらいになったら答えを聞かせて」


悲しそうに、ふわっと笑いかける苗木くん。そんな顔しないでよ。いくら言われても私は…


「無理だよ…」

「待ってる」

「だから私には桑田くんが…」

「やっぱり無理、黙って。他の人の名前なんか言わないで」


一瞬…何が起こったかわからなかった。ただ気がついたら苗木くんが拘束していた腕を解かれ、食堂にみんなが入ってきた。違和感のある唇を恐る恐る触るとなんとなく感触が残っている


「君のせいだよ。名字さん」


それだけ言い残して苗木くんはみんなのところへ向かった


「名前ちゃん、そんなとこ突っ立ってどうしたー?」


笑い混じりに問いかける桑田くんを見て涙が出そうだった。だから隠すために思いっ切り桑田くんに抱きついた


「ちょ、ここ食堂っ」

「ごめんね、桑田くん…」


桑田くんの体は大きくて、温かくて、愛おしい…抱きつかれてびっくりした後すぐに笑って背中をぽんぽん叩く桑田くん…好き。そんな愛おしい桑田くんに秘密が出来てしまった


「なぁ、名前ちゃん。今日部屋来る?」

「桑田くんの部屋?」

「嫌なら別にー。なんか名前ちゃんこのところ元気ないし」

「ううん、大丈夫。気を使わせてごめんね…」

「良いから、じゃあ飯食って行くぞー!」


桑田くんに気を使わせるなんて申し訳ないことをした。だけどそれ以上に誘ってくれたことが嬉しくて、急いでご飯を食べて桑田くんの隣に並んで部屋を出ようとした。だけど…


「2人で仲良く帰るの?」

「羨ましいか、苗木!」


苗木くんが桑田くんに話しかけた。会話をしてるのは桑田くんなのにちらちら私を見る苗木くん。一気に体が堅くなった。桑田くんと並んで歩くいつもの廊下。いつもなら楽しくて仕方ないのに今日は気分が優れなくて、おかしい。さっきから苗木くんの顔が離れない。隣に桑田くんがいるのに。なんで?どうして?桑田くんじゃなくて帰り際に見た苗木くんの顔が浮かんでくるの?いや…いや!


「で、ね…って名前ちゃん!?」


となりで無邪気に話をする桑田くんの腕をつかんで急いで部屋に駆け込んだ


「どうしたのよ、名前ちゃん!?」

「ごめ、んね…桑田くん」

「は!?おい、ちょッ…んんッ!!」


部屋に入ってすぐ、床に桑田くんを押し倒して唇を重ねる。桑田くん、大好き。こんなにも好きなのに…


「…名前ちゃん?」

「くわ、た…くん、大好きな、の…」

「本当にどうしたんだよ…」


背中に回された腕。桑田くんの優しすぎる体温が俺の心を締め付けて、よけいに涙が出てきた。愛しているのはあなただけのはず。なのにどうして?あの目が、声が、あのキスが、忘れられないの…?

気がつくと私はベッドの上にいた


「起きた?」

「あ、桑田くん…」


そうだ、私、桑田くんを連れて部屋に入って…


「落ち着いた?」

「うん…桑田くん、私…」

「別に何もされてねーよ。しても大歓迎だけどなっ」

「あ、そう…」


笑顔で笑い飛ばす桑田くんに安心感を覚える。ふと、桑田くんを見た。桑田くんはただ上着を脱いだだけで、私が起きるのをずっと待っていたみたい


「今日、部屋泊まる?」


そう言われて、すぐに頷いた。今日は桑田くんと一緒にいたいと思った。きっと部屋に帰ったら苗木くんのことを考えてしまう。桑田くんの顔が思い出せなくなるほどに、私は苗木くんに蝕まれてる


「桑田くん」

「うんー…っどわ!!」

「一緒に寝よ?」

「…かっわいいなー!愛してる」


笑顔で頬にキスする桑田くん。桑田くんの笑顔は心地良い。明日…苗木くんに会おう。やっぱり無理だって伝えなきゃ。桑田くんを手放すなんて、私にはできない


「名前ちゃん朝だよー?」


目を開けるとお決まりの校内放送が流れた。眠い目をこすりながら桑田くんを見れば照れながらおはようのキスをしてくれる。それで気持ちがだいぶ落ち着いたから、部屋に戻ろうとしたときに、苗木くんが部屋の前にいて絶望した


「なんで…」

「居ちゃだめ、だったかな?」


悪いに決まってる。会いたくなかったんだから。苦しくなるから。辛くなるから


「あ、朝帰り?あれから桑田くんの部屋に泊まったの?」

「…」

「まぁ、何でも良いけど…」


“とりあえず上げてくれないかな?”と言われて、このままほうっておいても苗木くんがずっと部屋の前に居そうだったから、そしたら桑田くんに怪しまれる。避けたくて、部屋の中に招き入れた


「用件は何?」


苗木くんに冷たく言い放つ。少しでも優しくすると付け込まれる…


「はは、扱いひどいな…」

「別に」


それだけ言えば、何も話さない。気まずい。文字通り、苗木くんと2人きり

((何か話すべき?))

そう思って苗木くんをちらって見ると、目があってしまった。慌てて視線をそらせば“あのね”と苗木くんが口を開く


「僕、本気だから」


真っ直ぐに私を見て言う苗木くん


「もういいよ、その話は」

「よくない」

「いいの」

「僕がよくないんだってば!」


苗木くんの声が強くなった。本当は聞きたくないのに。だけど苗木くんの真剣さは受け止めなきゃいけないから


「お願いだから真面目に考えてよ…」

「真面目に、考えてるよ…考えてるから困ってる」


どんなに頑張っても苗木くんの思いを受け止められるほどの器は俺にはない。もう桑田くんを受け止めるのでいっぱいいっぱいだから。両方なんて入れたら溢れてしまう。苗木くんも桑田くんも無くなる。だから…


「だから無理…」

「僕は名前さんを裏切らないよ」


“好きなんだ”苗木くんの声が部屋に反響した


「僕、帰るね…」


あれから何時間たっただろうか。その後互いにも言葉を発せず、ただただ時間だけが過ぎていった。苗木くんが部屋から出る姿が目に写る。その姿が涙でかすむ

((なんで泣いてんの…?))

訳わかんないくらい涙が溢れてくる。うそ。本当は分かってる。私は苗木くんを好きになっている。だから悲しい。涙が止まらなかった。この胸を締め付ける想いは苗木くんを好きなってしまったことの悲しさからか、それとも最愛の桑田くんを裏切る悲しさからか…どちらにせよ今の私にはただ涙を流すことしか出来なかった。そしてあれから一週間はたった。苗木くんにつけられた痕もきれいさっぱり消えていた。いつもより早く起きすぎたせいか、食堂には誰もいなかった。暇だから廊下をうろうろすることにした。そしてのどが渇いてキッチンに向かったとき、見覚えのある人影が


「苗木くん、おはよう」

「うん…」


素っ気ない返事を気にすることもなく、冷蔵庫からサイダーを取り出した“ねえ、名前さん”隣で見ていた苗木くんが口を開いた


「そのサイダーは桑田くんの?」

「そうだね、桑田くんの…」


それだけ答えるとまた静かになった“名前さん”しんとしている中口を開いたのはやっぱり横尾で、ゆっくり俺に近づいて、首筋を触る


「もうないよ」

「みたい、だね」

「…」

「あのさ、教えてくれない?」


“僕にチャンスはあるの?”と、苗木くんが私に聞く。苗木くんのまっすぐで鋭い視線が私を捕らえて離さない


「苗木くんのことは…嫌いじゃない。だけどそれは仲間として」

「…そう」

「でも、苗木くんにキスされたあの日以来好きの意味は変わった」

「え…」

「苗木くんの事も好きなのかも知れない」


こと“も”なのはまだやっぱり桑田くんを愛しているから。だけど横尾も愛している。私は結局両方を選んでしまった。いけないって分かっていたのに。選んでしまったんだ


「名前さんありがとう」

「桑田くんは忘れられないから」

「それでもいい。好きになってくれた事が嬉しいから」


“愛してる”そう囁かれて苗木くんの唇が私に触れる。さようなら純粋に、ただ桑田くんだけを愛していたあの日の私。ごめんね、桑田くん…唇を重ねた時何かが音を立てて割れた





prev next



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -