誰が言ったか、囲いの中の篭の鳥…それが俺たち男娼である。今日も明日も明後日も、誰かに抱かれて、声をこぼして…大空なんか知らないまま朽ち果てるんだろうか
((篭の鳥が辛い訳じゃない))
外の世界なんて俺には必要ないと思っていた
「裕」
不意に呼ばれた声に振り向くと簪がしゃらんと鳴った。見れば紅色に着飾った雷蔵で、紅を引いた雷蔵はただの愛らしい女の子だった
「雷蔵、どうしたの?」
「そろそろ行くでしょ?一緒に行こうと思って」
「そうか」
「私も準備できたよ」
「三郎?」
りん、雷蔵の簪の鈴が揺れた。雷蔵が首を傾げたからだ。現れた三郎も雷蔵とお揃いの格好。双男娼で売っている2人は瓜二つで見間違えてしまう。でも雰囲気が柔らかいのが雷蔵で独占欲が強いのが三郎だ。なんでこんなにそっくりなのかは知らない。いとこなのだろうか…まぁ俺にはどうでも良いことだ。見せしめ小屋に入れば男が我先にと集まってくる。息の荒い人、見ているだけの人、興味の無さそうな人…色んな人が居て声をかけられる。雷蔵を見れば恥ずかしそうにしていて、三郎を見れば澄まし顔をしていた。そんな烏合の衆を眺めていれば、しゃらんと鈴の音、花魁の登場だ
「裕、今日も綺麗だね」
「…そんなこという物好き伊作さんだけですよ」
花魁の伊作さんは桜の花をあしらった簪に深緑の煌びやかな着物を纏って登場した。入ってくるなり俺を見て一言“綺麗”全く俺のどこがいいのか教えてほしい。指名してくれる人もそうだけれど…
「期待しているよ。椿姫」
「その呼び方やめてください」
「椿、嫌いかい?」
「はい。縁起悪いです」
「桜も散るだからなー」
「儚くて美しいですね」
「そう?」
「嫌みです」
「知ってるよ」
くすくす笑う伊作さんになんだか腹の底がぐるぐる。この人腹の底が見えない上に黒いんだから…なんて思いながら煙管を手にとって眺めていれば、奥から名前を呼ばれた。どうやら選ばれたらしい
「さて行きますかー」
「裕元気だな」
「いってらっしゃい」
三郎と雷蔵に見送られて行くのは椿の間。真っ赤な椿、白い椿が飾られた部屋は他の部屋と違って無臭だ。椿は匂いが無い陳腐な花だからだ
「じゃあね、喜三太。いいこにしててね」
「はーい」
金魚の鉢がある部屋に喜三太を連れてお別れだ。椿を眺めながら部屋で待っていれば、黒髪の青年が通された
「いらっしゃいまし」
「裕」
無表情の青年は部屋に入るなり俺を抱きしめて“会いたかった”と言葉を漏らした。だから“俺も”と続けた
「久々知様、お会いしとうございました」
「違うのだ、裕…兵助と呼んでくれないと」
「…兵助様」
「様はいらない」
抱き締める力が強まった。はぁっと息をもらした俺。もちろん演技だ。包容をし、満足をした兵助は“今日は何をしようか”と提案する。女郎と言っても寝るだけでは能がない、いろんなことをするのだ。お酌したりお酌したりお酌したり…また兵助は一国の領主の息子だった気がする。興には興味があまりなく、学業が好きで、豆腐が好きだ。だから俺と寝ることはほとんどない。年も近いことあってか、あまり気を使わなくていいから楽っちゃ楽だ
「何しましょう」
「豆腐食べ比べ…は、だめなのだ?」
「遊郭来てまで豆腐食うの兵助くらいですよ?」
「そ、そっか…」
慌てる兵助がかわいくて思わず笑ってしまいたくなった。はぁっと目があった。伸びる腕、再び抱きしめられる体…柵越しの窓から月が見えた
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