02



“【篠】へようこそ。俺の大切な愛娘くん”そう言ってふんわり笑いながら留三郎さんは俺に真っ赤な椿の花を差し出した

真っ黒い景色に光が射して、ほんのり目を開ければ見知った顔が視界に映った


「裕さん!」

「…おはよう、作兵衛」


作兵衛は俺の新造で柔らかい栗毛と共に揺れる鈴蘭をあしらった簪と緑の若々しい葉の様な着物は元気で素直な作兵衛によく似合っている。俺が体を起こすと作兵衛は俺の上からどいて、奥から黄色の着物を持ってきた


「裕さんがが寝坊とかめずらしいですね。昨日遅かったんですか?」

「いつも通り。ただ、月が綺麗だったから見ちゃって」

「…あんまり夜更かしすると留三郎さんに怒られますよ?」


作兵衛の言葉に苦笑いすると作兵衛はほんの少しだけむっとして、すたすたと奥の襖に向かって行った。そっちの部屋は喜三太のお部屋…


「てか喜三太は一体どこに…っていつまで寝てるんだ!」

「はにゃ!…作兵衛先輩…って先輩!」

「おはよう、喜三太」


作兵衛の後ろで寝起きの喜三太に笑いかければ涙目になってしまった


「すいません!僕、先輩より寝ちゃって…」

「いいよ。喜三太、気にしないで」

「禿が姉さん女郎より寝てるの裕先輩のとこだけだと思うぞ。禿としての自覚が足りないんじゃないか?」

「すいま、せ…ん」

「作兵衛、言い過ぎ。喜三太泣かないで。俺は平気だから…ほら、涙を拭いて。泣いてたらせっかくのかわいい顔が台無し」

「せ、んぱい…」

「…裕先輩は本当喜三太に甘いんですから!」

「…自分も甘えたいって?」

「ち、ちがいまさぁ!」

「はいはい」


着ていた寝間着の袖で喜三太の涙を拭いていたら、ぶちぶちと文句をこぼす作兵衛から手ぬぐいを渡された。“禿を甘やかし過ぎ”その台詞はもう色んな人から言われた。留三郎さんや伊作さんだけじゃなくて、雷蔵にまで言われたんだから俺はよっぽど甘いんだと思う。だけど喜三太は最近ここにきたばかりだし、一番小さくて、俺と違って両親に愛されていたんだろう、よく夜中思い出して泣いたりしている。昨日だって夜中に急に泣き出して大変だった。喜三太の名誉のために作兵衛には“月を見ていた”なんて嘘をついたけど…


「そろそろ顔を洗いに行かないといけないんじゃないですか?」

「そうねー。ご飯も食べなきゃいけないし…では喜三太行こうか」

「はーい!」


元気に返事をしてくれた喜三太の手を引いて部屋を出た。繋いだ手は小さい。家のためとは言え、売られるのは辛くて悲しい。それならここにいる間は俺が喜三太の母親代わりになれたらなって思う。俺は男だけれども、初めて喜三太が俺のところに来たときそうしてあげなきゃいけない気がした


「…はよ、裕」

「三郎、おはよう」


綺麗に磨かれた廊下を歩いていると、色鮮やかな花が描かれる襖が開き、中から真っ赤な着物を着た三郎が姿を現した


「今起きたのかい?裕にしては珍しく遅かったな」

「昨日は月がきれいだったから夜更かししてた」

「…お前ただでさえあんま寝れないんだから休めるとき休まなきゃだめだろう?」

「すいません、でも大丈夫」


にっこり笑って言うと三郎は呆れたように俺の顔を見た。三郎は俺と同じ女郎で俺の後に入ってきた。年も同じだから俺らは仲がいいし、ずっといるからお互いに相手のことは何でもわかってるつもりだ。ただ違うのは三郎は本当に家族に愛されていて、三郎も家族を愛していたから自らの足でこの【篠】にやって来たと言うことである


「裕、お前最近痩せたね…食べているのか?」

「食べてます。ちゃんと」

「裕さんこの前自分のご飯俺んとこ寄越しましたよね?」

「作兵衛、しーっ!」

「…裕?」

「…うぅ、今日はちゃんと食べる」

「はぁ、全く…私がお前の体調管理までしてやらなきゃいけないんだい?」

「頼んでません」


ため息をつきながら三郎は頭を掻く。三郎が動く度に着ている着物も動いて三郎の白い肌についた痕が見え隠れする


「三郎こそ、昨日は寝れてないんじゃないの?」

「…昨日はトクベツだったからね」

「あぁ、そうなんだ」


伏せ目がちになりながら着物を着直す三郎。なんとも言えない気分になったが、それを察した三郎は話題を変えて、笑顔で作兵衛を連れて行く。それを見ながら俺も喜三太の手を引き後に続く

((男娼である以上仕方のないこと…))

そう思っても汚れていく三郎を見るのがつらく思ってしまう俺はまだ未熟者なんだと思った




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