ざあざあと雨が降る。窓ガラスに水がはじいて流れ落ちた。当たった雫が窓ガラス全体に染み渡るように広がる。触れると靄が出来た。ひんやり冷たいガラスの感触が指先からじんわり広がる
「ら、び…」
呼びかけられて、冷たい手を取られた。人肌によって手は温まっていく。つかまれた手を離し、体重をかけると首に腕が回された。にっこりと笑いかけて首筋に顔を埋めると吐息が漏れた。床が少しだけ冷たいさ。でもその冷たさに反比例するように彼女の体温は上がった。陳腐な遊び、堕落した関係。ただ、ただあの感情を忘れたかった
『らび、だいすき』
あの時のあの子の顔が今でも離れなくて、また繰り返す女遊び。でも満足出来ない。いくら気持ちよくても、楽でも、レインと遊ぶときとは比べものにならないくらいつまんないさ。上昇する体温も、もの欲しそうに脚を広げる女の子の姿も、以前はただ、満足出来たのに惨めに感じるのはなんでさね?
「らび、らびぃ…」
『らびっ!』
「…っ」
あぁ、なんでこんな時にまでレインの顔を思い出すんさ
((俺はレインが好きなんさ?))
何回も何回も考えて、自問自答を繰り返す。認めたくない訳じゃない。でも認められない、割り切れない何かがあった。アレンがいるから?こうやって女の子遊びが出来なくなるから?もうみんなでバカみたいに騒ぐことが出来なくなるから?…答えは何さ
「あ、ラビだ」
ざあざあと音がする少し肌寒い廊下で、その声は聞こえた。雨にも負けないくらい凛とした、澄んだ声。呼びかけた声の主にやんわりと笑いかけて近づいた
「レイン、今帰りさ?」
「今日委員会だった、ラビは?」
「俺は図書室でお昼寝さー」
そうやっていつも通り笑って言えば。暇人だな、と返ってきた
「リナリーとかユウとかアレンはどうしたさ?」
「リナリーはコムイんとこでーゆーは多分部活?さっき部費申請に来し、アレンはー知らない!」
「幼なじみの動向くらい把握しておくさ…」
「だって委員会忙しかったしー知らないもんは知らない」
ちょっとふてくされたように言うレインは子供っぽい。笑顔だと思ったら怒ったり、拗ねたり、甘えたり…同じ動きなんて一切無いくらいくるくるくるくる表情を変えて、百面相なレインは疲れないんか?とか思うさ。でも見ていて飽きない。観察しがいのあるお姫様さ
「…もう帰りさ?」
「この書類リーバーせんせーに出したら終わり」
「じゃあさ、一緒に帰ろ」
そう言った時に、レインが少しだけびっくりしてこっちを見た。いつもより大きくなった瞳とふわりと揺れる髪。一瞬だけ、雨の音が聞こえなくなった
「なんで?」
「リナリーはコムイんとこだし、ユウは部活だし、アレンがいないならレイン1人で帰るっしょ。もう時間遅いから危ないさーだから送ってく。あと、雨降って帰れないから傘かして」
「傘かりたいだけかよ。てゆーかーあたしに傘貸せとか何様?」
「ちゃんと奢らせていただきます。てかレインこそなにキャラさ?」
「たまにはこんなんもいいだろ!てか傘無いけど」
「え!どうやって帰るさ!?」
「借りパク借りパクー!」
「まじでー」
それじゃあ奢る意味ないさ、とか思うけど、暴君に何を言っても無駄な事は分かっているさ。そんなレインは何か食べれると分かったら嬉しそうに俺の手を引いて廊下を走り出した。年頃の女の子が男の子と相合い傘して帰るなんてなんか緊張したりとか照れたりとかするはずなのにそんな気配すら感じない。花より団子とはまさにこのことさ
((ムードぶち壊しさね))
やれやれと思っていると、レインが急に足を止める。どうしたかと思って顔を見ると嬉しそうな顔をして、“ラビ、やっぱりだいすき”と言った
((あぁ、そうか…))
俺はこの屈託のないレインの笑顔が好きなんさ。だからこの笑顔を無くしたくないんさ。ただいつまでもその底抜けで明るい笑顔を振りまいて欲しいと思ったら、気持ちがあったかくなった
((彼女についての内観))
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