『待ってください!』
『…ごめんな、花ちゃん』
あの時の事を今でも鮮明に覚えている。過ぎざる背中を私は引き止めることが出来なくて、悔しそうな夕の表情が焼き付いて離れなかった
「んローリングサンダァァァ!!!」
大きな声がした。振り向けば夕が回転レシーブをしていて、そしてみんなでそれを茶化している。いつもの風景に夕が入って活気が出たと思う
((あと少しなのに…))
そう思ってしまうのは贅沢なのだろうか。そんな事を考えているときに、武田先生が入ってきて集合する。GW合宿最終日、音駒高校との試合があるらしい。武田先生も頑張っているなぁなんて考えてる時に田中くんが“シティボーイめええ、けちょんけちょんにしてやるんだぜええ…!”とか言うから、蛍と2人で笑ってしまった
「シティボーイって」
「やだ、田中くんったら…」
「うるせえ月島姉弟てめえオラァ!」
そんな騒いでる中、夕が澤村先輩に何かを伝えていた。夕は練習試合には出ないらしい。それを聞いて胸が痛い。確かに東峰先輩が居なくて勝ったってしまったら東峰先輩がますます部活に来にくくなってしまうよね、でもね、夕…
「ノヤさん!!もっかい!ローリングサンダーもっかい!!」
慕ってくれる後輩が居るのは素晴らしいことなんだよ?
((私も、ちょっと頑張ってこようかな))
そう思って夕のため、部の皆のために東峰先輩に会いに行くとすでに先客がいた。日向くんと影山くんだった。影からこっそりと見れば、一生懸命に話す日向くん…東峰先輩の表情が、変わったように見えた。そして日向くんの“エース”と言う言葉が出たときにチャイムがなった。戻らなくては…
((何も出来なかったなぁ…))
授業中、寝ている田中くんの横で、どうしたら東峰先輩に帰ってきてもらえるか考えたけれど何も浮かばなかった。そして授業も終わり、放課後…
「田中くん、起きて、部活だよ?」
「んぁ、花…潔子さ…ん」
「寝ぼけてるし」
頬をぺちぺち叩いても、抓っても起きない田中くんを置いて、体育館へ向かえば、東峰先輩と澤村先輩が話をしていた。だから慌てて隠れてしまう
((私今日隠れてばっかりだ))
へなちょこ扱いされる東峰先輩は何を考えてるんだろうか、澤村先輩に肩パンチされて、何かを決意した顔をしている
「私、マネージャーなのにな…」
あの時と同じで役に立ってない。そんなときに“花…ちゃん?”と声をかけられてハッとする
「東峰先輩…」
「そんな所でどうしたの?」
「いえ、あの、その…」
「…見ちゃった?」
東峰先輩の儚くて優しい笑顔に思わず頷いてしまう。何を言えばいいか分からなかった、でも…
「あの、今度練習試合あるんです。音駒高校と、見にくること出来ますか?みんな頑張りますから!」
「…わかった。見に行くよ」
そう言って東峰先輩は笑ってくれた。“帰ってきてください”そんな言葉は飲み込んだ。言えなかった。だから、だからせめて、まだバレーボールを好きでいて欲しかったから、試合観戦を勧めたんだ。少しずつでいいから、また、バレーボール一緒に出来るようになるまで…
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