結局あたしはそのまま二度と由孝さんと会うことなく、引っ越しをした。もし、由孝さんに気が有れば連絡をとっていたかもしれない。あたしだってあの時、連絡先を聞くことだって出来たかもしれない。でもそんな勇気なんか振り絞るかけらもなくて…田舎の高校に進学したあたしはそれとなく生活していた。刺激のない毎日、空気は美味しい、友達はいる、優しい。けれどもあの時の楽しさが忘れられなくて、毎日毎日もらったクマのぬいぐるみを眺めていた
「つまんないな…」
告白だってされたことあるし、デートもした。楽しい、楽しいけれど、あの由孝さんの笑顔がいつも脳裏に浮かんできてだめになる。だからあたしはそんな想いを断ち切るために、意を決して家を飛び出した。向かった先は由孝さんと出会ったあの街。会えるはずないと分かっている。だから行くのだ。もう忘れるために…
大都会に久しぶりに来れば目が回った。数年いなかっただけなのに。こんなに街は目まぐるしかったかな?なんて思いながら街を歩けば声をかけられる。知らない男の人。由孝さんを思い出して泣きそうになった
「ねぇ、君」
また声をかけられた。由孝さん、会いたいな。どこにいるのと思って、声を無視して歩こうとした瞬間、抱き締められた
「詩織ちゃん!」
「え…」
振り返ればそれは由孝さんで、びっくりして体が動かなくなった
「詩織ちゃん、久しぶり」
「よし、たか…さん」
「何、その顔は?」
笑っている由孝さん。涙で顔が滲んできた。すると由孝さんは涙を拭ってくれてまたあたしを抱き締めた
“会いたかった”
どちらともなくそう呟いた。由孝さんの抱き締める力が強くなる。あたしも背中に手を回した
「背、高くなりましたね」
「俺、大学生だからね。詩織ちゃんも大きくなったよ」
頭をなでられてそう言われて、あの頃を思い出す。でもそこで思った。会ってはいけなかったんじゃないかって。想いを断ち切るために来たのに会ってたら意味がない。ますます辛いだけだ。どうしようかと悩んでいれば由孝さんが“どうして来たの?”と聞いてきた。答えられないでいれば、由孝さんは困ったように笑って“参ったな”と言った
「まだ、もう少し先だと思ってた」
「…え?」
「詩織ちゃんに会うの。まだ先の予定だったんだ」
“ついて来て”そう言われて連れてこられたのは高そうな宝石店。何だろうと思っていれば由孝さんはお店の人と話をしている。気まずいなぁ。外で待っていれば、由孝さんは何かを持って出てきた
「お待たせ。手、出して」
「あの…?」
「まだわかんないの?」
左手を取られて、付けられたのは指輪。一体何だろうと思っていれば、由孝さんはあたしに向き直って咳払いをした
「田中詩織さん」
「はい…」
「俺と結婚してください」
何を言ってるか分からなかった。真っ赤になる由孝さん。再度指輪を見て、言われたことを頭で考え直して、その時顔に熱が帯びるのを感じた
「えぇっ!?あたしまだ高校生っ…」
「だから早いなって思ったって言ったじゃん。でも今渡さないともう詩織ちゃんと会えない気がしたんだ」
“運命だと思った”
そう言う由孝さんに涙が溢れてくる。嬉しくて、どうにかなりそうで、でもなんとか由孝さんに抱きついたら抱き締め返してくれた
あたしがあの時あの場所にいて、由孝さんに声をかけられたのはきっと運命なんだ。あたしと由孝さんは運命的出逢いを果たしたんだと改めて感じた
end
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