脆すぎて話にならない

「うぜー…」

今日は休日の筈なのに、何故かじりじりと耳元で鳴り響く目覚まし時計。あまりにもうるさいので叩けば止まった

「裕飛…起きるんじゃなかったのか?」
「ん…はちぃ?」

もぞもぞと布団から這い出れば、枕元にある目覚まし時計の残骸。どうやら勢い余って壊してしまったらしい。この前も似たようなことして壊して買い替えたのに…学習しないな、自分

「ほら、起きろよ。今日委員会があるんだろ?」
「そーだったー…」

昨日七松暴君小平太先輩に体育館ぼっこぼこにされたから、直らなくて今日もすることになったんだよねー…休日返上で

「てかすげー体痛いんだけど」
「筋肉痛だな。だってあの七松先輩とやり合ったんだろ?」
「けんかしたみたいな言い方止めてもらえるかな?」

バレーに付き合わされただけだし、と言ったら“あの七松先輩とバレーが出来るだけすごいよ”と爽やかに返された

「普通無理だよ」
「どうせ俺は普通じゃないよーだ」
「あ、ごめん…裕飛。そんなつもりじゃ…」
「怒ってないよ、だからそんな顔しないでよ…はち」

よしよしと笑顔で頭を撫でればはちは笑った。なんかはちの笑顔は眩しくて太陽みたいだ…
そんなことを思いながらせっせと準備をする。まぁ、準備と言っても動きやすいように作業着になるだけなんだけど…

「裕飛さぁ、にっか着てると本当に大工みたいだな…」
「用具委員会だからね。やってることは大工みたいだけど」
「いつ帰るの?夜?」
「わかんない。あの様子じゃ丸1日どころか一週間かかりそーな感じだからな…」
「…がんばれ」

苦笑いのはちの手を引いていつものように頬に口付け。てかさっきの会話もそうだけどなんか俺とはち、新婚夫婦みたいだ

「なんか俺ら夫婦みたい」
「俺も思ってた!じゃあはちは俺(旦那)の帰りを待つ新妻?」
「えー、俺が奥さん?」
「まぁ、いいじゃん。はちかわいいし」
「裕飛の方がかわいいよ」

そんな直球で言われると照れちゃうな、八左ヱ門くん

「まぁ、行ってきます!」
「おう!」

はちに見送られて寮をでた

「おはようございます」

体育館に行く途中で吉野先生から木材をもらってから向かえば、すでにみんな集まっていた

「遅いぞ、裕飛!」
「すみませーん!あ、留先輩。吉野先生から木材貰ってました」
「あぁ、助かる。そこに置いてくれ」
「はーい」

言われた通り右手に数枚持っていた1m四方のベニヤ板を留先輩の隣へ移動させると、中等部の1年生が俺の周りに集まってきた

「裕飛先輩!おはようございます!」
「おはようございます…」
「おっはよ!しんべヱと平太」

まず1番に挨拶してくれたしんべヱとにっかの裾を引っ張る平太の頭を撫でて笑顔を向けた

「喜三太もおはよー」
「はにゃ!先輩大工さんみたいでかっこいー!」
「「かっこいー!」」

喜三太の言葉に反応してしんべヱも平太も抱きついてきた。嬉しいけど、左の肩にはまだ木材が乗っているのだ。あぶない

「ありがとよー。でも留先輩だって作業着…」
「俺はジャージだ」
「さいですか」

見れば留先輩のジャージは深緑の生地に白い線が入っているし、背中と胸には我らが用具委員会のイメージキャラクターの家鴨が描かれている
((あれいつ作ったんだろ…))
よく見れば下級生も同じのを着用している(こちらは水色)

「まぁまぁ、みなさんお揃いの衣装で…」
「食満先輩が作ってくれたんです!」
「へー先輩裁縫も出来るんすね」
「裕飛のもあるぞ」
「はい…裕飛先輩の…」
「あ、うん…ありがとう」

平太に渡された深い青のジャージ。正直な話“これ要らねぇ”と思ったけど、1年生が期待の眼差しで俺を見つめてくるから…もう、笑うしかなかった

「裕飛、お前は外な」

渡されたジャージを汚れないように端に置いて木材やら道具やらを運んでいたら、いきなり留先輩に渡されたのはスコップ

「外って…あぁ、綾部くんの穴を埋めろってことですね」
「あそこが埋まらない限り小平太はまたここでバレーするからな」
「まぁ、確かに」

せっかく苦労して直してるのに意味がなくなりますもんね

「でも俺1人ですか?」
「作兵衛がもうしている」
「あの穴だらけのグラウンドを2人でするんですか?」
「お前の怪力は5人分くらいあるだろう。何のための馬鹿力なんだ」
「馬鹿とは失礼ですね。わかりました行きます」
「あ、裕飛」
「まだ何か?」
「ついでに重い木材とか鉄板は全部運んでおいてくれないか?」

“平太達に運ばせるわけにはいかないだろ?”ってにっこり笑われてもな…すごい雑用。でもまぁ、こんな事ぐらいでしか俺は用具委員会で役に立てないんだけどね…。留先輩の言われた通り重い鉄板や危なそうな木材は全部運んで、渡されたスコップ片手に外に出た。じりじりと照らす太陽が眩しい炎天下のグラウンドの中心でせっせと穴を埋める小さな姿

「作兵衛」
「あ、裕飛先輩おはようございます」
「おはよー遅れてごめんね」
「いや、大丈夫です」

そう言って作兵衛はまた穴埋め作業に戻り、俺も作業に取りかかる。ざくざくと互いに穴を埋めては踏んで動いてまた埋めて。決して元通りなんてのは不可能だけど、一生懸命に埋める
((それにしても暑い…))
暑くてイライラしてきた…もう早く終わんないかな、なんて思いながらスコップを動かせばべきんっと言う鈍い音が響く

「あっちゃー…」
「どうしたんですか?」
「折れた」

見事に真っ二つのスコップを見せれば作兵衛は苦笑い。でもいつもより持った方だと思う

「丁度いいや。換えのスコップもらってくるから作も休憩してなさいな」
「いや、それなら尚更…」
「いーからいーから。つか熱中症になられたほうが困るし」

そう言って腰につけたタオルを差し出すと作兵衛は“水飲んだらすぐに戻ります”と言って体育館の方にかけて行った。それを見送りながら折れたスコップを拾い上げ体育館に向かえば、蛞蝓の壷とスコップを数本を抱えた喜三太がこっちに来た

「喜三太、委員会でお仕事の時はなめさん端っこに置いておかないと…壷割ったら大変だぞ」
「ごめんなさーい」
「あ、そんな顔するなよ…休憩になったらまたなめさんと遊べば良いじゃないか」
「はーい!あ、そうだ先輩。これ、食満先輩が裕飛先輩にって」

そう言われて渡されたスコップ

「“そろそろ折れる頃だ”って言われたんでもってきましたー!」
「あ、そう…ありがとう」

留先輩…さすがに5年の付き合いは長いんですね。エスパーみたい

「折れたんですかぁ?」
「うん。ぽっきりと」

笑いながら折れたスコップを見せると喜三太はびっくりした顔をした。そのあと新しいスコップと折れたスコップを交換して、俺はまた穴埋め作業に戻った

「裕飛」
「あ、留先輩」

ある程度穴を埋め終わって、一息ついてると留先輩が体育館の出入り口から顔を出した

「終わったんですか?」
「ばか言え。終わるわけないだろう」
「ですよねー」
「裕飛、そっちは?」
「見ての通りです」

俺の周りにはぼきぼきに折れたスコップの残骸と、すっかり疲れてしまって俺の脚に頭を置いて横たわる作兵衛の姿。それを見て留先輩は笑って“休憩しよう”と言ったので、作兵衛を抱いて体育館に入る

「作兵衛、頑張ったんだな」
「そうなんですよ。休んで良いって言ったのに聞いてくれなくて…」
「作兵衛の事だ。お前に迷惑がかかるのが嫌だったんじゃないのか?」
「…そんなことわかってます」

分かってはいる。先輩と一緒に仕事だなんて、後輩の自分が先輩より動かなきゃって思う気持ちも分かる。分かるけど、無理してするぐらいならしないほうが全然いい
((顔、こんな泥だらけにして…))
作兵衛を降ろしてもらった家鴨ジャージをかける。汗で額にへばりついた髪をかき分けてあげると擽ったそうにして笑う。となりにはこちらも疲れたのか1年生達が川の字になりながら留先輩のジャージにくるまって寝ている。“こいつらも一生懸命頑張ったんだ”と言いながら差し出された麦茶を受け取って、留先輩の隣に腰を下ろした

「裕飛、焼けたな…」
「えー本当ですか?日焼け止めは塗ったんですけどね…」
「日焼け止めって…お前仙蔵みたいだな。あいつ日焼けしても赤くなるだけで嫌だって年中日焼け止めしてるんだぞ」
「らしいですね。前に団蔵から聞きました。立花先輩色白ですもんね」
「お前も白い方じゃないのか?」
「どーでしょう?家柄よく外周りするからなぁ、必然的に焼けますしー」

なんて他愛もない話をしていたら涼しい風が入ってきた。窓からグラウンドを見れば、至る所がボコボコになっている

「きちんとしたつもりなのに…」
「最初よりはだいぶ良い」
「だけどスコップ15本も駄目にしたのに、なんか元取れてない気がする…」
「お前そんなに壊したのか…」
「スコップが脆いんです。最初の1、2本は良かったんですけど、後半に使ったのはなんか脆すぎて話になりませんでした」
「お前、ただでさえ予算ないって言うのに…!」
「あ、留先輩!大きい声出したらみんな起きるじゃないですか!」

しーっと言うポーズをして、またグラウンドを見た。本当に炎天下の中スコップばっきばきに折れても必死になってやった割には微妙だし、不運委員会辺りならまだ落ちるような穴もいっぱいある
((もう昼過ぎなのになんだか凹むな…))
なんて思っていたら急に留先輩が俺の頭を撫でた

「な、なんですか…」
「お前も頑張ったな」
「…俺、高2なんですけど。しんべヱ達と勘違いしてませんか?」
「高2だろうと俺の後輩には変わりないんだ。撫でさせてくれ」

そう言った留先輩の手は1歳しか違わないはずなのにとても大きくて、あたたかかった

「ねー先輩」
「なんだ」
「やっぱりロードローラー買いましょうよ。グラウンド整備出来ませんし…」
「予算がない。トンボ作ってやるから我慢しろ」
「しかも作るんですか」
「あぁ、余った木材が沢山あるからな。作ろう」
「これ作る前にまた穴あけられたら嫌ですよねー」

と、目の前に出来たつぎはぎの壁を見て、2人で笑った

「いっそ学園長に話して、業者頼んだ方が絶対良いですよ。これ」
「そうしたいのは山々なんだが、まだ建て替えたばっかりだからなぁ…」
「てか体育館が脆すぎるのも問題なんですよね」
「小平太相手に脆すぎるのもなにもないんだがな…」
「ですよねー」

((きっと暴君を前にすればなんだって脆すぎて話にならないんだろう…))


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