結婚しよっか


楽しかった夏休みも終わりに近づいてきた残暑厳しいある日、俺は最高に困っていた。

「…消えたい」
「裕飛…耐えろ」
「無理です、帰っていいですか」
「耐えろ」

俺の隣には留先輩。俺をなだめる留先輩も汗をかいていた。冷や汗の様にも見える。俺と留先輩は何故か教会にいる。そして何故か俺はウェディングドレスを着せられて、女装させられ、はたから見たら俺らは幸せ全開新郎新婦だ。“いんや〜キレイだなぁ”と後ろから訛り全開の声がした。振り向けば、今回の騒動の張本人がいる。

「与四郎さん」

留先輩が声をかけたその人は錫高野与四郎さん。喜三太の知り合いの兄ちゃんで、見た目、マジ留先輩。初めてあった時はビビった。あれ、留先輩も雷蔵や三郎と同じなの?!ってな。他人の空似とはよく言ったもので、与四郎さんのお願いを喜三太と同じ委員会と言うよしみで引き受けてしまったことを今、俺は盛大に後悔している。

「…なんで俺はウェデイングドレス着てるんですかね」
「いんやぁ〜馬子にも衣装!留三郎の彼女さんは美人だなぁ」
「俺、男」
「あの、与四郎さん。うちの後輩が困っているんで早く用件を…」
「んあ、そうだな」

にっこり笑う与四郎さんはどこかの暴君を彷彿させるから、憎めない。今回俺らか呼ばれたのは、ズバリおとり捜査。最近式場荒しが多いらしく、おとり捜査をすることになって、与四郎さんが選ばれたんだけど、与四郎さんの相手に役をどうする?ってなり、与四郎さん自身も犯人を捕まえたい、なんて言い出し…与四郎さんにそっくりな留先輩が選ばれ、そばにいた俺が巻き込まれたと言う話だ。その日たまたま留先輩と委員会をしていただけの俺は完全に被害者である。

「それにしても与四郎さん、刑事さんとか凄いですね」
「彼女さん、与四郎でええよ?」
「いや、あの、彼女じゃないし、そもそも俺男だし」
「彼女さんは健気やな~!」

もう、勝手にしてくれ…半ば諦め、ため息を付いていると、ふと、殺気にも似た視線を感じた。与四郎さんも気づいたのか、表情が代わり、臨戦態勢に入っていた。おとり捜査、いよいよ始まったのか、なんて思っていたら、急に体が宙に浮いた。

「え…?」

与四郎さんも反応出来なかったのか、慌てて俺の方を見る。そして気づく、留先輩と与四郎さんとの距離が空いたこと、俺は今、誰かに抱きしめられてると言う事、そして…

「裕飛、俺に黙って結婚かい?」

クソイラつく声が頭上から降ってきたことで俺は全てを理解する。もう、最悪に最悪が重なってる。

「テメーかよ!」
「ハッハッハ、裕飛似合ってるよ」
「離せよ。虫唾が走る」
「彼女さん!大丈夫か!」

こっちにやって来た与四郎さんは拳銃を取り出してあいつに向けてる。遅れてきた留先輩は“利吉さん!”と律儀に挨拶していた。それを聞いた与四郎さんはビックリしつつ、銃口をこっちに向けたまま、“知り合いか?”と聞いている。いや、コイツのこと撃っていいですよ、与四郎さん。

「初めまして、風魔警察の皆さん。裕飛のフィアンセです」
「死ね」
「え、フィアンセ、だべか?留三郎は遊びなのか?彼女さん」
「あの、何度も言いましたが、俺、男だし、そもそもこのクソ野郎の戯言に付き合ってる暇があったらコイツの脳天撃ってくれません?コイツ公害なんで」
「裕飛、ウェディングドレス似合っているよ」
「は?」
「メイクもしたのか。その唇に誓いを立てたいね」
「本当に何なの、気持ち悪いから」

そんな気サラサラ無いくせに何言ってんだよ、と再びため息を付くと、ぐっと腕を引っ張られて、今度は留先輩の腕の中。

「利吉さん、裕飛はあげませんよ」

留先輩の顔は良く見えない。でもクソFBIの顔は良く見えて、留先輩の言葉に“ヒュー”と口笛を吹いた。

「ま、この子を拐ったのは依頼ついでに寄った協会でカワイイカワイイ裕飛が見えたからさ。改めて、風魔警察の皆さん。俺はFBI捜査官山田利吉。今回の件は大事になりそうだから俺も協力させて頂くよ」
「おぉ~!そうか!それはありがたい!俺は錫高野与四郎だ」
「ああ、こちらこそ…って事で、お子様達は危ないから帰りなさい」
「言われなくても帰るわボケ!」

留先輩の腕の中で吠えても、アイツはひらひらと手を振るだけだった。本当、骨折り損のくたびれもうけとは言ったことで、最悪に最悪を重ねた1日だった。

「ほら、留先輩、帰りましょう?」

留先輩の腕を引いて更衣室に向かえば、ハッとした留先輩がこっちを向いて返事をした。そして、少し考えた後、“裕飛、少しこっちに来てくれ”と言われ、今度は俺が留先輩に手を引かれる。ウェディングドレス+ハイヒールは歩きにくいんだけど、なんて思いながらついた先は、協会のそばにある鐘。

「裕飛、今日はありがとな。それから、ウェディングドレス、その、似合ってる」
「ごめん、留先輩。全く嬉しくないです」
「そ、そうだよな!裕飛は男、だしな」
「そうですよ。俺、男なんで。一応」
「その、なんて言うか、おとり捜査とは言え裕飛と新郎新婦して、俺は幸せな時間過ごせたって言うか、でも利吉さんに裕飛を取られた時、居ても立っても居られなくなったって言うか…あ〜!柄じゃねぇな!裕飛!」

なんかブツブツ言ってるな、と思ったら、留先輩は頭をかいて、そして、俺の了承肩を掴んだ。そして真剣な表情をしたから、俺も息を呑む。暫し見つめあった後、“…結婚、しよっか?”と言う言葉が聞こえた。思わず、“…はあ?”と言ってしまう俺。そしたら留先輩は慌てて“いや、ごめんな!忘れてくれ!裕飛のウェディングドレス姿に当てられたんだ!”と誤魔化してくる。あぁ、本当に最悪って重なるなぁ…。

「あの、留せんぱ…」
「いや、なんでもない!ごめんな!」
「話を…」
「そうだ!着替えようぜ!」
「ッ!聞けよ!」

ぐっと留先輩の腕を掴むと、留先輩は前方に傾いた。それをいい事に俺も背伸びをして、唇目掛けて飛び込んだ。

「裕飛?」

目をぱちくりさせている留先輩。いつもそう、なんで、なんで俺ばっかり振りまわされて…。

「…バカヤロウ」

留先輩を突き飛ばして、その場から逃げた。遠くで鐘の音が響いた。

((明日からどんな顔して会えば…))














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