みんなが寝静まったような真夜中、ふと目が覚めて起き上がった。隣には口を開けたまま寝ているはちがいて、なんか平和だなって思って笑ってしまった
((二度寝出来そうにないな…))
そう思って腰を上げて部屋を出る。ついた先は校庭にある大きな桜の木。もう3年はこの場所に来なかったのに何故か足が動いていた
((終わりであって始まりだった場所…))
あの時は雪のように桜が舞っていたけれど、今は緑の葉が茂っている。木に触れるとあの時の記憶が鮮明に蘇ってきた
「どうしたの?」
この桜の木の下であの野郎と出会った。まだ入学して間もない俺は人並みはずれた力を持て余していてそれが大嫌いだった。だからいつも人と距離を取って、この桜の木の下で時間をつぶしていた。そんな中やってきたのは優男、基…山田先生の息子さんの山田利吉
「何で1人でいるんだい?」
「…休憩かな」
「じゃあ俺も一緒に休憩していいかい?」
優しくて博識家で頼もしくて、俺にたくさんのことを教えてくれた
「なぁ、裕飛…人が嫌いかい?」
「ううん。大好き…でも俺は人を怪我させちゃう。だからこの力は大嫌い」
「じゃあ裕飛、その力で人を守れるようになれたらいいね」
その言葉で俺自身がどれだけ救われたかわからない。とにかく悔しいけれどあいつのおかげで今の俺があると言っても過言じゃない。俺のあいつに対する気持ちはいつしか尊敬から愛情に変わっていった。その事実に気づいた時は嬉しくもあり、悲しくもあって、どうしたらいいか分からなくなった。それでも気持ちは膨れ上がる一方で、想いの胸を伝えようとあいつとあの桜の木の下で待ち合わせをしたんだ
「話があるんだ。利吉さん」
「どんな?」
「とても大事な話。この桜が咲く頃にここに来てよ」
あいつは笑って確かに“わかった”と言ったんだ。だから楽しみにして待っていたのに
((あいつは現れなかった))
春も、夏も、秋も、冬も…365日そこで待っていたのに来なかった。来なくて来なくてついに3年がたったある日、その日は雨が降っていた。珍しくも何ともないけれど少し寒いな、なんて思っていたら人影が見えた。やってきたのははちだった
「裕飛、帰ろう」
「もう少ししたら帰るよ」
「風邪引くよ」
「俺は強いよ」
「裕飛、もう…いいんだよ?」
そう言ってはちに抱きしめれられた瞬間、溜まっていた涙が一気に溢れて大雨の中大泣きしてしまった。本当は分かってた。来ないことも、振られたことも。それでも一目会いたかった。ただ会いたかった。
「俺、利吉さんが好きだったんだ…」
「うん」
「大好きで想いを伝えたかったんだ…ただそれだけで」
「うん」
「そうやって今のはちみたいに笑ってくれて“分かった”って言ってくれたんだよ?なのに…なのにっ!」
ザーザー降る雨に俺の恋は消されちゃうようで、寂しくて切なくてはちに抱きしめられながら思った
((もう恋なんかしない))
((この力だって大嫌い))
((みんなみんな大嫌い))
そう思って髪を金にして、ピアスを山ほどつけて毎日毎日暴れまわった。時にはクラスのみんなに怪我をさせたり、学校サボってケンカに参加したりとやりたい放題でとにかく何もかもが消えてなくなってほしかった。いっそ死にたいと思いもした
「裕飛…」
ケンカから帰るとはちが部屋で待っていた。そんなはちにただ今のキスをする。泥だらけで血だらけの体ではちの額にキスをした。そしたらはちは一瞬寂しそうな顔をしてから俺の体を抱きしめた
「ちょ!汗かいてるって」
「裕飛…」
そのままベッドに押し倒されて、さらにぎゅうぎゅうと抱きしめられた。俺も腕を背中に回して抱きしめ返した。本当は強い力のせいではちが怪我するんじゃないかと思って不安だった。でもはちは痛がらなかった
「ほら、裕飛も優しい行動が出来るんだから強いんだよ」
“だからケンカは終わりにしような”
そう笑って言ってくれて気持ちが楽になった。またみんなと一緒にいていいんだと言う気持ちが芽生えてきて、ただはちにごめんなさいとありがとうを伝えたかったんだ。そしたらはちは笑ってまた抱きしめてくれた
((そうして俺の今が出来たわけだ…))
「裕飛!夜中に起きたと思ったらこんな所に」
「悪い悪い!ここんところいろいろあったからさぁ」
「…まだ気にしてんのか?」
「してないって言ったらうそになるけど今は…はちがいるから。みんなもいるしな」
そう言うとはちは嬉しそうに笑って俺に手を差し出した。その手を掴んで俺ははちの胸に飛び込む。幸せで泣きそうだった。そんなに心配してくれる友達がいるってことは幸せなことで、きっとこのことをあいつは伝えたかったのかもしれない。かなり分かりづらい無理矢理感のある解釈だけどそれでいい
((はち、だいすき))
その想いだけで俺は幸せなんだ
((もうここには来ないだろう))
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