人が変わったみたいだ


肌に微かな冷気を感じて少しだけ目を開けた。まだ焦点が合わない目を擦りながら体を起こせば、隣のベッドが空だった
((え…はち?))
まさか寝過ごしたんじゃないだろうか、と辺りを見回すとカレンダーの日付は赤い色が付いているし、時間だってまだだいぶ早い
((どこ行ったんだろ…))
とりあえずベッドから出て、頭をかきながら事情を探るために隣の部屋をノックしてみた

「はーい」

扉越しに聞こえたのは雷蔵の声。あれ…雷蔵はいるんじゃん
((雷蔵結構早起きだし、はちどこに行ったか知ってるかな…?))
そう思って部屋の扉を開けたら雷蔵と一緒に勘ちゃんの姿も見つけた

「おはよ、雷蔵…勘ちゃん」
「おはよう、裕飛…ずいぶんとセクシーな格好だね」
「あー…」

そう言えば起きたまま来たから上半身裸だった…そんな俺の姿を見て雷蔵は“風邪引くよ”って毛布を掛けてくれた。てかちょっと隣にはちがいるか確認しに来ただけだから別に大丈夫なんだけどね

「ねー2人共はち知らない?」
「あーはちなら多分学園長先生のところだよ」
「さっき委員長と委員長代理限定で放送がかかったから」

俺の質問に雷蔵と勘ちゃんが順番に答える。そうか、学園長先生の思いつきに振り回されてるのか…じゃあしょうがないなー

「まぁ、俺に危害がなければ何でも良いけどねー…はち大変だなぁ」
「こら裕飛、兵助もはちも委員長代理として頑張っているんだから」
「…雷蔵、ナチュラルに三郎抜けたよ」
「え?」

“え?”じゃないよ。普通に笑顔が怖いんだけど…そう言えば昨日の夜なんか2人で揉めてたな、触らぬ神に祟りなしってことで俺もはちも様子を見に行かなかったけど…
((三郎なんかしでかしたな…))
なんて思っていたら勘ちゃんがいつの間にか俺の隣に移動してきて、雷蔵に見つからないように耳打ちしてきた

「雷蔵、今日朝からこんな調子なんだけど…昨日何かあったの?」
「昨日寝る前雷蔵と三郎の部屋がすごく騒がしかったかな」
「見に行かなかったの?」
「雷蔵と三郎の揉め事に関わるほど危ないことは無いですよ、勘右衛門くん」
「そうだよね…」
「2人共何をこそこそしてるの?」
「「い、いえなんでもないです!」」

笑っている雷蔵が般若に見えてしまい、勘ちゃんと2人揃って返事を返した。雷蔵本当に怖いんだけど!三郎は何したんだよ!昨日一応死ぬ気で様子を見に行くべきだったのかな…?

「あー…冷えてきたから上着着てくるわ」

はちがいない事情も分かったし、本当に冷えてきたから部屋を出ようとすると勘ちゃんが“2人っきりにしないで”と訴えるような目で見てきた

「いくの…?」
「勘ちゃん、すぐ戻るから」
「早くね、早く戻ってねッ!」

ものすごく必死な顔で言うから、半分呆れながら了承したけど…勘ちゃんさっきまで雷蔵と2人でいたんじゃないの?

「んじゃ、ちょっと戻るから」
「いってらっしゃい」

雷蔵にひらひらと手を振られて、笑顔を返した後部屋の扉を開ければ何かにぶつかった

「…っと、裕飛?」
「あ、はち」

少し見上げれば制服姿のはちが目に入り、何か温かいなと思ったら俺ははちの腕の中で、どうやらぶつかった拍子に抱き締められたらしい

「はちおはよー」
「ん、おはよう裕飛。なんで裸なんだよ」
「起きた時にはちが居なかったからそのまま雷蔵の部屋に聞きに言ったから」
「せめて上着は着ろよな」

そう言って笑いながらはちは手に持っていたパーカーを俺に着せてくれた。はちのパーカーは俺には少し大きくて、だけどあったかい

「はち、ありがと!」
「いいよ、裕飛に風邪ひかれた方が困るから」
「俺はこれくらいで風邪ひくほどやわじゃありませーん」
「お前らいつまで人の部屋でいちゃいちゃしているんだい?」

はちと笑い合っていたら部屋の外から三郎の声が聞こえて、眉間にしわを寄せた兵助の顔が見えた

「俺、寒いから部屋に入りたいんだけど…」
「わりぃ、兵助」
「ごめんな、ちょっと盛り上がっちゃって!」
「ちょっと!私が最初に声を発したのに!」
「あ、三郎」
「おはよう。裕飛、今日は大胆だな…はちの腕じゃなくて私の腕の中でないてみない…ごふッ!」

三郎が俺に手をかけようとした瞬間、三郎の顔は真っ白に染まって何かと思って隣を見たら息が荒い兵助が豆腐を投げつけたらしい

「豆腐でも食ってろ変態」
「兵助ありがとー」
「裕飛、危ないからこっちこい」
「おっと、はち…ちゃんと部屋には入るから引っ張るなって」

そう言えばいまだに腑に落ちない表情をするはち。なんかかわいいなと思って俺より少し背が高いはちの頭を背伸びしながら撫でたら、困ったような照れたような表情をして笑った

「まぁまぁはちも兵助も部屋に入んなよ。どうぞどうぞー」
「裕飛ここ僕の部屋だから。でも兵助とはちなら入って構わないよ?」

部屋の奥から雷蔵の優しい声がするけど、またナチュラルに三郎が抜けている。その事に気がついた三郎が何か言いかけたけど、その前に雷蔵が背後に黒いオーラを纏いながら三郎に笑いかけた

「ら、らいぞう…何だい?」
「三郎…ここは僕の部屋だ」
「私の部屋でもあ…「僕の、部屋だ」

有無も言わせぬオーラで三郎に近づく雷蔵は今までで一番怖い…そんな2人の様子を伺いつつ俺と兵助とはちと勘ちゃんは部屋の隅に4人で身を寄せた

「なぁ、雷蔵はなんであんなに怒っているんだ?」
「知らない。朝から怒ってるんだよ」
「ねー…はち」
「うん?」
「昨日さ、隣の部屋うるさかったじゃん。それに関わってるんじゃねーの?」
「昨日隣うるさかったもんな…」
「なんで見に行かなかったんだ?」
「「被害に合いたくなかった」」

兵助の質問にはちと声を揃えて答える。俺はさっき勘ちゃんにも同じ質問をされてるから隣で勘ちゃんは苦笑いをしていた。それにしてもこんなに雷蔵が怒っているのは珍しい。確かにここ最近雷蔵様光臨回数が多くなってて、スイッチ切り替わるのも早くなってきてはいたけど、黒かったけど…ここまで長いのは無かったから、本当に事情を聞き出さなきゃいけないかもしれない

「死にたくないな…」
「そんなに大事か?」
「じゃあ兵助が事情聞きだしなよ」
「…無理」
「ほら見ろー」

それにしてもなんでだろ…なんて考えていたら、雷蔵がぶつぶつと呟きだした

「三郎の変態!なんであんなことしたんだよ!…ぅ、僕は…僕は…」
「雷蔵…」
「「「(雷蔵が泣いた!?)」」」」
「鬼の目にも涙、か…」
「いや、兵助意味が違うよ。だけど言いたいことはわかった…」

あの、雷蔵様光臨状態だったのが涙を流してるなんて天然記念物並みの珍しさだからね。本当に

「てか、さ…何があったわけ?」
「…裕飛ッ!」
「いでぇ!」

意を決して攻防を続ける2人に話しかけると半泣きの雷蔵が俺に抱きついてきたから勢い余って俺は雷蔵に押し倒されてしまった。そして思いっきり俺にタックルをかました雷蔵はまた泣き出した。なんかかわいいけど…怖い!

「裕飛ッ、うわーん!」
「ちょっと泣かないで雷蔵!そして顔を俺の胸に伏せないで!パーカーの下は肌だから…くすぐったい」
「裕飛ッ、ぅ…」
「ぅおーい!雷蔵さんさらに抱きつくってなんなんですか!」
「…雷蔵嘘泣きなわけないよな?」
「はちひどい!」
「だって裕飛辛そうだし…」
「あ、ごめんね。裕飛…」
「ちょっとびっくりしたけど…大丈夫だよ」

体を起こして雷蔵の頭をなでれば、少しだけ笑顔になった。ちなみにこの時目の端で鼻息の荒い三郎に兵助が全力で高野豆腐を投げつけていたから豆腐に天然の赤い着色料がついたのはちょっと無視しておこう。うん

「で、何があったの?」
「三郎に寝込みに襲われたか?」

俺と雷蔵の両隣にいた勘ちゃんとはちが雷蔵をのぞき込むように質問すれば、雷蔵は首を横に振った後、顔を上げて睨み付けながら兵助に攻撃されている三郎を指差した

「さ、三郎が僕が大事に取って置いた【ナウ●カ】のビデオの上にAVをダビングしたんだ!」

何ですと?この寮のテレビってそんなAVが映るようなチャンネルに接続できたかなぁ?

「雷蔵!ダビングしたのはAVじゃない。【お●だり☆マ●カ●ト】だ!」
「一緒じゃないか!」
「一緒じゃない!あれはバラエティーだ!」
「深夜枠のな…そーいえば昨日なんか忘れてると思ったらそれ見るの忘れたね。はち」
「そうだな」
「はちと裕飛はいつもそんなの見ているの?」
「あとは【ノ●ナガ】と【笑●ワ●フ●ーズ】の中の【ち●っと大人の言●れた●一言】とか見るね」
「へ、へー…」

勘ちゃんが苦笑いするとなりで呆れ顔の兵助が見えた。確かに三郎と雷蔵のケンカの内容は想像以上にくだらないけど、昨日の【お●だり☆●ス●ット】は見てないから三郎の撮ったビデオが見てみたいな

「まぁ、勝手に雷蔵のビデオでダビングしたのは良くなかったよな」
「だよね!裕飛も何か言ってよ!」
「わかった。三郎」
「なんだい?」
「俺もR●oちゃん見たいからビデオ貸してくれ」
「「裕飛!」」

兵助と勘ちゃんが叫んだけど俺はR●oちゃんが見たいからな
((だってちょーかわいいから))
なんて思っていたら雷蔵がまた俺に抱きついてきた。今日は何時になく弱気だな…

「裕飛は僕の味方じゃないの?」
「うーん…どうだろうね」

思わず苦笑い。てか正直どっちの味方でもないし、こんなくだらない上に危険な争いに巻き込まれたくないと思ってるし…

「てか雷蔵が消されたのってこの前テレビでやった映画っしょ?」
「うん」
「それなら俺の部屋にDVDがあるから、それあげるし…もうケンカ止めなよ(疲れたし)」
「…わかった」

俺がめんどくさくなってきたのを察したのか、どこか不服そうな顔をしたあと三郎を見て“しょうがないから許してあげる”と苦笑いしながら言った。その後雷蔵に渡すDVDを取りに一旦部屋に戻り、お目当てのものを差し出せば雷蔵は嬉しそうに笑って“ありがとう”と言った

「はー…一件落着か」
「すまないね、裕飛」
「全くだ。せめて雷蔵のものだと確認しなきゃだめだぞ」
「雷蔵なら許してくれると思ったんだがな…」

いつも思うけど三郎は雷蔵の優しさに甘えすぎだよな。まぁ…俺も人のこと言えないけど

「ありがとう、裕飛」
「いーえ…今度なんか奢れよ。じゃあな」

三郎に軽く笑って部屋を出ようとしたら突然腕を引っ張られ、気がつけば三郎の腕の中

「何してんだてめーは」
「裕飛があまりにも可愛くてね、思わず手をひいてしまったよ」
「気持ち悪いんだよ、お前はいちいち」
「そうやって悪態をついていられるのはいつまでだろうね?」

怪しく笑う三郎に背筋が凍った。勘ちゃんや兵助は委員会に行っちゃったし、はちも部屋帰ったし、雷蔵は奥でさっき渡した映画をイヤホン付けて見てるし!
((絶対絶命!))

「おま、誰のおかげで雷蔵とより戻せたと思ってんだ!」
「だからこうして裕飛にお礼をしているんじゃないか」
「いらねー!」
「恥ずかしがる裕飛も可愛いね」
「あ゙ー…死ねこのやろう!」

思いっきり三郎を殴ろうとした時、後ろの方には飛ばずそのまま俺の方に倒れてきた。びっくりしていたら青筋をたてつつにっこりと笑う雷蔵の姿が見えた

「裕飛も三郎もうるさくて声が聞こえないじゃん」
「ごめんな、さ…い」
「わかったなら静かにね」

ふわりと笑ってまた部屋の奥に戻り映画を見る雷蔵。目の前で叩きのめされた三郎を見てなんか元通りになってしまった事が良いことなのか残念なのか複雑な気持ちになってしまった

((なんだかなぁ…))





prev next


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -