「こんなところで寝てたら風邪ひくぞ」 鬼男の声で目を覚ました。困ったような、嬉しそうな、不思議な表情をしていた。 さっきまで窓の外には天国の夕暮れが広がっていたのに、窓の外に目を向けたら、もう星空に移り変わっている。 「ごめん、寝ちゃってた」 「それはいいけど。せめて毛布とか用意しないと、女は体冷やしちゃいけないって言うだろ」 「ごめん」 なんか謝ってばっかりだな、と鬼男が眉を下げる。ごめん、とまた言いかけて、ありがとう、と言いなおす。そうすると鬼男が嬉しそうに笑う。 「ごはん食べる?用意するけど」 「うん、頼む。なんか手伝おうか?」 「大丈夫。お風呂も沸いてるよ」 「ありがとな」 わたしの頭を大きな手で撫でてから、鬼男は風呂場に消える。シャワーの音が聞こえてくるのを嬉しく思いながら、わたしは料理に取り掛かる。 最近の鬼男は、忙しそうだ。だからこうやって一緒に過ごせる時間は、出来るだけ笑顔でいたいと思っている。わたしのような、脆弱な魂には、冥界の仕事のことはよく分からない。けれどわたしが死んでここにきたときも、鬼男は忙しそうに仕事をしていた。こうやって一緒にいる時間が多くなっても、それは変わらない。 「考え事?」 「わっ」 「なんか焦げ臭いけど」 「わあ!」 ぼんやりしていたら、鍋が焦げてしまっていた。慌てて火を消すけれど、もうこれでは食べられない。なのに鬼男は笑う。 「腹減ってるんだ。それでいい、ていうか、それがいい」 「鬼男…」 「いいから」 どこか嬉しそうに笑う鬼男に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。こんなことなら死ぬ前に、一生懸命、花嫁修業をするべきだった。花嫁じゃないけど。わたしの出した食事を、おいしそうに、しかもおかわりまでしてくれるんだから、申し訳ない気持ちは体中からこぼれ出そうだ。それでも、幸せそうに笑う鬼男がいるから、わたしも笑う。それにしても彼は、なんだかとても嬉しそうだ。 「ねえ鬼男、今日は何か良い事があったの?帰ってきた時から、なんだか嬉しそうだったけど」 ぽろり、鬼男が持っていた鶏のからあげが、箸から落ちた。え、と少し慌てたような顔をするから、珍しいなあとその表情をずっと見ている。 「べ、別に、いつも通りだけど」 「そう?良い事があったなら聞きたいと思っただけだから。鬼男、落ち着いて。しょうゆを味噌汁に入れようとしないで」 「わっ」 明らかに動揺している鬼男がどこか不思議だ。こんな姿、閻魔様が見たら大喜びしそう。 「良い事っていうか」 小さく彼が呟く。耳を傾ける、と、彼は少しだけ頬を赤くした。 「帰ってきたらさ、お前が寝てて」 「うん」 「寝顔見てたら、僕の名前を囁いたりするから…」 幸せだ、と思ったんだ、と、彼は続けて、照れているのを隠すみたいに、からあげを口に放り込んだ。わたしはそんな彼を見て、幸せだ、と思った。 囁き ----- 企画サイトbrolo【庭園】さまに提出しました。素敵な企画に参加させて下さり、有難う御座いました。 |