うずめる、大切な

2013/09/11 16:22

静かな部屋。広い部屋。
一人きりではもて余すであろう、さぞ孤独を増すであろう、その空間に二人きり。

あんなに隙のなかった背中に、いとも容易く歩み寄れる。
ソファに座るその姿、後ろから優しく首元に腕を回しながら、ダリスはゴラーブに囁く。


「無用心ね。このままあなたの首を絞めることだってできるのに」


麗しいスパイは、蠱惑的な笑みを浮かべる。
しかしゴラーブの唇も弧を描いていた。
ダリスの手に自らの手を添え、低いその声は告げる。


「お前にはもう、俺は殺せない」

「あら。どうかしら…、色仕掛けであなたを騙しているだけかもしれないわよ」

「ふん、そんな商売の仕方はしない女だろう」

「お見通しね」


くすくす、上がる笑い声のあたたかさ。
一見物騒なやり取りも、愛し合う恋人同士の交わす冗談でしかないのだった。
ゴラーブは穏やかな気持ちに包まれる。


「…優しい手だな」

「これでも、何人も殺めてきたわ」


わかってるくせに、変なことを言うのね。
不思議そうに言いながら、ダリスは腕をほどき、ゴラーブの隣へと移動し、座る。


「人には二面性ってのがあるもんだ。この世界にいると、嫌でも思い知らされる」

「…それがどうかした?」

「俺はつくづく、強運に恵まれてる」


情に溢れた良い女。
こんな素晴らしい相手に巡り会えたのだから、こうして悪人の首領なんぞを続けていくのも決して不幸なことではなかった。
ゴラーブはそれを口にこそ出さなかったが、ダリスといる間はとても満たされていたのだ。

誰にだって二面性はある。
それがわかっていたから、部下をさえ信じきれずに生きてきた。
僅かな癒しと言えば、偽物の金を数えるだけ。

けれど、ダリスが現れてからは、ゴラーブの心は氷解を始めたのだ。

彼の組織の偽札に関する諜報の任務を投げ、依頼主を殺してまで、ゴラーブを選んだダリス。
彼女にかけて良いと、誰かを信じていいと、久しく感じた甘い安堵は、ゴラーブにとってかけがえのない感情だった。

こんな世界にいては、互いにいつ死んでしまうかもわからない。
二人とも腕は確かなものだが、それでも危険なのに変わりはない。
しかし、だからこそ、ゴラーブはダリスを手放したくないと強く思っていた。

俺に安らぎを与えてくれた唯一のひとを、生涯幸せにしなくては、楽園―アル・ジャンナ―の主の名が廃る。
そう考えるとゴラーブは、ダリスを抱き寄せた。


「…今日は甘えん坊なのね」


ダリスも、ゴラーブに身を預ける。
静寂に満たされた空間には、互いの呼吸だけが聞こえる。


「たまには構わんだろう」

「ええ、勿論」


これもまた、二面性。
優秀な裏世界の住人の、至極幸福で、あたたかな側面なのだろう。



あなたがいれば、足りないピースが埋まる
(守りたいなんて青臭い台詞を、今更吐きそうになるとは)


*
柘端さん宅ダリスさんをお借りしました!
大人っぽい雰囲気の二人なので、それらしさが出ていれば良いのですが…f(^^;
冗談を交わしたり、何気無い事でも笑いあえたり、些細なひとこまも大切なものだろうな、と何となく思います。
恋人申請、本当にありがとうございました!


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