ギャンブラーは恋をする

2011/06/07 17:47

お兄ちゃんの様子を見にイッシュに遊びに来たのはいいけれど、この選択は間違いだと思った。
ゲームコーナーがないのだ。
だから顔を見たら直ぐに帰ろうと思って、お兄ちゃんが来るまで待ち合わせの場所…ライモンシティの遊園地で、ベンチに座りながら回っていく観覧車を眺めていた。


「こんにちは、お嬢さん」

「こんにちは」


いつの間に座っていたのか、左隣にいた髪の長い男性から挨拶をされた。思わず挨拶を返すが、きっと彼はお仕事なのだろう。仮面をして、奇抜な服を着ているから、この界隈で働くクラウンだと思う。


「ここいらは初めてですか?この僕が、あなたに素敵な旅の思い出を…」


ひとりで観覧車を眺めていたから、同情をされてしまったのだろうか。弁解をしようと言葉を探すが、彼が言い終わる前に懐かしい声が重なった。


「おっと、そいつはアタクシの妹ですよ。たぶらかされちゃ困る」


メイクはしていたが間違いない。お兄ちゃんだった。
お兄ちゃんは口角を下げて言っていたけれど、紅のお陰で笑っているように見える。
さっきの男性は、私が妹だと聞いてへえ!と嬉しそうに声をあげた。


「可愛い子じゃないですか。お嬢さんお名前は?」


可愛い、と言われて、なんだか恥ずかしくなって、口ごもってしまう。答えないと失礼だとは思うけれど、声がうまく出ない。
お兄ちゃんはまた仮面の人を制止する。


「だからモーションをかけるなと!」


仮面の人はのらりくらりとそれをかわす。


「…数少ない知り合いの妹ですよ。仲良くしたいのは当然です。ナンパではないですから、安心してお話しましょうねー」

「は、はあ」


そこで、ようやく目が合った。仮面はどうやら片側だけらしく、顔立ちがわかる左半分には涙のメイクが描かれていた。お兄ちゃんの知り合いだというその人は、どうしようもなくきれいな男の人で、名前をコウロゼンと言った。お兄ちゃんとはお友達ですかときいたら、僕はそれでもいいんですがね、と含みのある言い方をして笑っていた。
と、そこへお兄ちゃんが割って入る。


「さあ、もう済んだでしょう。シンオウでスロットがお待ちかねだぜ」


半ば強引に、遊園地から帰されてしまった。
ゲームコーナーもないような町にいつまでも居るもんかと、今の今まで宿はとらないでいたけれど、とにかくその人のためにワタシは暫くの滞在を決めた。あてはまだある。


*


それから、夜。
観光をしていたら、あっという間に時間は過ぎた。考えていたよりずっと面白い場所だったもので、少し予定とずれてしまった。
仄暗い町並みを、空を見て、ちょっとだけ反省をする。
けれど、この時間なら間違いなく居るはずだ。


「お兄ちゃん、暫く部屋一つ貸してほしいんだけど」


住所だけを頼りにお兄ちゃんの住む部屋に押し掛けるが早いかワタシはそう告げた。すると、案の定不思議なものを見るような目で凝視された。


「こっちには探してもスロットなんかありゃしないぜ。やめときなよ」


暫くの間を置いたかと思うと、お兄ちゃんはため息をひとつついた。白塗りメイクも全部落とした、すっぴんのお兄ちゃんは、久々に会ってはみたけど全然変わっていない。
妹のワタシには、敬語を使わないのだ。
違うわよ。お兄ちゃんのお友達に、もう一度会うのが目的なの、と答えれば、うえっとえづくような仕草をした。


「アッシの友達?よしてくれ、そんな仲じゃあねえ」


肩をすくめる。お兄ちゃんの台詞を聞くと成る程、コウロゼンさんの言っていた意味がわかった気がした。


「コウロゼンさんは、お友達だって思ってくれてるみたいだけど?」


あんな素敵な人なのに、勿体ない!と抗議すると、お兄ちゃんはワタシに尋ねた。


「セピア、腐れ縁って言葉は知っているかい」


いくら何でも失礼だと思った。知っているわよ、それくらい。


「腐れ縁、いい言葉じゃない。ねえそれよりもどうしましょう、ワタシあの人にすっかりお熱みたい!」

「…隣のインターホン押してみな」


真剣に言うワタシに、お兄ちゃんは呆れたような顔をして、お隣さんのドアを指差した。そう言えばさっきからずうっと玄関で喋っていたっけ。部屋に通して茶のひとつでも出せばいいのにな。
ともあれ、若干の温度差を感じながら、本題を聞き返す。


「お隣さんが、どうしたの?」

「アナタの趣味にゃほとほと呆れたよ、どーぞご勝手に。ってね」


答えにならない答えだったし、カメラの付いたタイプだったから万が一の事態が起きてしまえば言い逃れは難しい。気が引けたけれど、何かあるかもしれない。そうだ、ワタシはギャンブラーだ。ギャンブラーは勝負に出なくては。別にこれで知らない人が出てもお兄ちゃんに責任を押し付けてしまえばいい。そうした葛藤の末、思いきってインターホンを押した。

ぴんぽおん、と、呼び出し音が鳴ると、数秒の間を置き、はーい、とその部屋の主の声がした。男の人の声だった。


「あ、昼間の妹さん!どうしたんですか、良くここがわかりましたね!もしかしてお兄さんの部屋と間違えちゃいましたか?ふふふ、今出ますねー」


一人で勝手に喋っていたが、内容からして間違いない。コウロゼンさんだ。
なかなか気の利いた事をしてくれるじゃない!なんて呟きながらお兄ちゃんの方を見ると、相変わらずの呆れ顔で、それはもう今まで見たことがないくらいの残念そうな顔だった。

と、ドアががちゃりと開く。中から出てきた彼もまた、仮面も外して涙のメイクも落としたすっぴんそのもので、昼間は束ねていた髪の毛もすっかり下ろしていた。


「ご、ごめんなさいこんな夜遅くに。これから寝るところでしたか?」


ワタシが尋ねると、お兄ちゃんが後ろで、急にしおらしくなって、女ってやつはわからないですね、とか毒づいたのが聞こえたけれど、もう気にしてなんかいられない。
コウロゼンさんはワタシににっこりと微笑んで、大丈夫ですよ、と言った。


「そう言えばまだあなたのお名前、聞いてませんでしたね」


良ければ教えてください、大事な友達の妹さんですから。心地よく優しい声がワタシの鼓動を加速させる。ギャンブルをしている時とは違う、けれど確かな高揚感がワタシの体を駆け巡る。名前、呼んでもらえるんだ。


「セピア、っていいます」


大事な大事な一言だ。
これから何度口にしてもらえるか、期待をこめて、ワタシは答えた。


「セピア…成る程、いい名前ですね」


コウロゼンさんがワタシの名前を繰り返す、その瞬間に心臓がまた跳ねる。名前を呼ばれる、それだけで嬉しい。恋なんて、しなくても生きていけると思っていたけれど、今はっきりとわかる。ああ、恋とはなんて素晴らしいのだろう。もっと呼んでほしい。もっとそばにいたい。もっと、彼の好意を得たい。
けれど、時間は待ってくれない。夜はどんどん更けて行く。いつの間にか辺りは真っ暗だ。


「では、今日は遅いので。また来てくださいね」


出てきてすぐに、帰ってしまった。
それを見届けるとワタシは、お兄ちゃんの方へと振り返った。


「と、言うわけだから。お兄ちゃん、これから暫く宜しくね」


どんなに厄介なタイミングだって、まさか夜道を一人で帰らせるほど妹に冷たくはない。お兄ちゃんは昔からそういう人だと、ワタシは知っていた。
思った通り、今度はすんなりと折れてくれた。


「明日帰ること、それが条件だぜ」


明日も夜中に押し掛けてやろう、ワタシはそんな悪巧みをした。



あにいもうととえとせとら
(どうせ無駄だと思うけどねえ)(何かいった?)(いいや、何でも)


*
でもコウロゼンったら本当に「友人の妹」とか「ファンの一人」くらいにしか思ってないんですよね。
だから超不毛な片思いです。


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