夢寐のあなたよこんにちは

2011/06/07 00:23

目の前で小さな蝶と戯れる少年の姿を見つつ、男はふと、考え事をしていた。
年の離れた友人同士であるという、知り合いのことを。
端から見れば、同様に自分たちも犯罪一歩手前にしか見えないのだろうか。それとも、兄弟にしか見えないのだろうか。
まして恋人ともなれば、余計に危険な関係なのではないか?と、不安を覚えた。
しかし、だとしても、その横顔は愛しいものであることに変わりはない。他人の評価はどうであれ心から望んだ関係なのだ。そうして男は、オトルマンは気持ちを切り替えることにした。


「あの、どうかしたんですか」


心配そうな眼差しが覗きこむ。いつの間にか少年の…アッハライの視線は、宙を舞う美しい虫から外れ、笠でろくろく素顔も見えないオトルマンの瞳に向けられていた。


「いや、何。心配には及ばぬ事よ」


返ってきた答えに、思わずそうですか、と納得しかけはしたが、どうにも胸騒ぎのがした。幸せの最中に、ふ、と憂いが影を落とす。それはいつだったか、クラスの女生徒が言っていた“死亡フラグ”という展開ではないのだろうか、そう考えてアッハライは、うまく声に乗せられない台詞を胸に、質問を続けようと思った。


「あの、でも、なんだか変だなって思って」

「…変?いつも通りなんだがな」


また顔がにやけていたのか、そうオトルマンが問うも、アッハライは首を横に振る。


「何だかうまく言えないんですけど、ちょっとかなしそうに見えて」


オトルマンははっとした。見透かされていたのだろうか。
少しだけ、少年の表情が曇る。


「楽しく、ないんですか」


ずきりと胸が痛む。驚かせて喜ばせるならともかく、自分のちっぽけな悩みごとが原因で、浮かない顔などはさせたくない。
オトルマンは慌てて答えた。


「楽しいに決まっているだろう。某はお前さまが何より愛しい」


口をついて出る台詞の甘ったるさと饒舌さ、まさか自分がこんな言葉を言える日が来るとは思ってもいなかった。


「じ、じゃあっ、その」


こういう時にはどんな言葉をかければいいのだろうか。どうすればいいのか。言葉を伝えるすべは、紙の上での知識はあれど、実践なんてものは知らないのだった、とアッハライはまごつく。
いつか言えばなんとかなると教えられた気がするその台詞を、うろ覚えの脳内台本をなぞりあげた。


「“僕のことだけ、考えてくれますか”」


すると魔法のようにその言葉は効いた。
たちまちオトルマンはそわそわとし始めて、やがて覚悟を決めたように突然、ぎゅっとアッハライを抱き締めたのだ。
笠が当たるかとも思ったが、案外大丈夫なものだった。

互いの体温が混ざるような感覚がする。体の接点が、甘くあたたかく溶けていく。


「何で、かなしそうだったんですか」


細く優しい腕に、力がこもる。
少しだけ潤んだ瞳をしていた。


「なあに、世間の目について考えただけだ」


そうだ、何を不安がる必要があったのか。幼く見えるとはいえ相手はもう齢十六、自分が思うより案外大人なのかもしれない。オトルマンは薄い桃色の唇で、アッハライの柔らかい頬をなぜた。
それは、平和な午後だった。


*

「…という夢をみた」


真顔の忍者を相手に、しれっとした顔で隻眼の人形は吐き捨てる。


「夢の話でさえノロケか、キノコめ」



そうだ、覚めない夢にしよう!
(いざ往かん、年の差でいとに!)


*
いばらもりさん宅よりアッハライくんをお借りしてきました!
オトルマンがのろけるたびオトマトが苦虫を噛み潰したような顔をします。人の不幸は蜜の味だけど人の幸福はつまらなくて仕方ない。
でもゆるみきったオトルマンの顔はおもしろい顔です。


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