「ペッシ、ちょっと頼まれてくれないか?」


リゾットに呼ばれ、ペッシは張り切ってソファーから立ち上がった。


「ちょっとこれを渡して来てくれ。何ヵ所か回ることになるだろうが…頼む」


暗殺チームであるにも関わらず、ペッシはまだ人を殺した事がない。
最近めっきり減った暗殺指示のせいで、彼に回せる案件もなく、目処すら立たない。
だからと言って、働かさないわけにもいかないのだ。


「分かったよ、リーダー」

ペッシがポケットにメモを畳んでねじ込み、部屋から最低限の荷物を持って出て行くと、黙って雑誌を捲っていたプロシュートはため息をついて立ち上がった。


「暇だから、ぶらぶらしてくるわ」

リゾットに片手を振ると、ブラリとプロシュートも出ていく。
天気が良いにも関わらずダラダラしていた他のメンバーも、気だるげにアクビをしながら「オレもそうしよう」と出ていった。


「……じゃあオレも」

クルリと踵を返したリゾットの、夏だと言うのに手放さない黒いコートをしっかり握りしめた。


「私も行く」

暇つぶしくらいにはなるだろう。
何より、リゾットと出かけるのは楽しい。(何かしら買ってくれるし…)

「みんな暇人なんだから」

名前はリゾットに手をひかれながら、一番最後に家を出た。




「まずは、…この紙をブチャラティに届けるのか…?」

ペッシはポケットから取り出したメモを手に、細いカッレを進む。
いつもプロシュートと歩く時には大変な賑わいを見せているその道も、今日は静まり返っていた。
いつもの喧騒も今日は聞こえない。


「今日は道が広く感じられるなぁ」


真夏だというのにうっすら寒いその道で、ペッシは白いため息をついた。
ブチャラティがいつも居るらしいバールには、確かに今日もブチャラティが座ってコーヒーを飲んでいた。


「ブチャラティ、アンタに渡すように頼まれたんだ」

ペッシに差し出された紙を受け取り、二枚の紙を確認したブチャラティはフッと口元を緩め、ちらりとペッシの後方を確認して紙を閉じた。

「確かに受け取った」

ブチャラティが何に笑ったのかは疑問だが、一つ目の用件をクリアしたのだ。
ペッシはブチャラティに小さく手を振って店を出た。


「ん?じいさん、アブねーからあっちの道に渡るならあそこからにしなよ」

まるで何かから逃げるように道路を横断しようとする老人を横断歩道に導き、ペッシはその老人に手を振ってまたカッレへと滑り込む。
次はジョルノに報告書を提出して、夕飯の買い出しをして終わりらしい。


「ボスは……あぁ、DIO様のお屋敷かな」


何故かは分からないが、今日は電話で聞かなくても妙に確信が持てる。まるで何かに引っ張られているようだ。
とは言え、皆でDIOの屋敷に行ったことはあっても、独りで行くのは初めてなので少し緊張する。


「うー…ど、どうしよう…」

若干震える手でチャイムを鳴らすと、妙な模様が顔面に入った執事、テレンスが出てきた。


「ボスに報告書を持ってきたんだ」

「そうですか。……今日はお一人ですか?」

「これくらいの任務、一人で十分だ」

誇らしい表情のペッシをジッと見ながら、テレンスはもう一度「そうですか」と呟くと、ドアの奧へとペッシを連れて歩き始めた。
大きな屋敷の広すぎる廊下は、コツコツと足音を反響させて不気味さを増す。
皆で歩いていた時には気づかなかったが、壁に掛かっている絵画や鏡が、ジッとこっちを見ているような気がしてゾクリと寒気が走った。


「この部屋です。ジョルノ様、よろしいですか?」


コンコンとノックが響き、少し遅れてジョルノの返事が聞こえた。
微かに話し声が聞こえていたので、恐らくDIOも一緒に居るのだろう。
そう予想出来た瞬間、不安で脂汗が滲む。
ジョルノも恐ろしいし、その父親のDIOはもっと恐ろしい。
ブルッと震えたペッシは、フッとプロシュートの言葉を思い出した。


『ペッシぃ、やりゃあ出来る男だお前は!』


先日の釣りで大物を釣り上げた時の言葉だ。
その時の兄貴の声が鮮明すぎる程鮮明に蘇り、プロシュートが本当に側に居るような気持ちがして、ペッシは落ち着きを取り戻した。

(別に、報告書渡すだけだ)


DIOとの談笑を中断し、ペッシに向き直ったジョルノは僅かに目を見開く。

「ほ、報告書を渡しに来たんだ」

「あぁ…すみません。そうでしたね」

ペッシが差し出した封筒の中身を素早く確認するジョルノの後ろで、ソファーでくつろぐDIOはペッシを眺めながらニヤリと笑みを浮かべた。
何がおかしいのか分からず困惑していると、コーヒーを傾けながら「お前が一番新人なのか?」とDIOが声をかけた。
DIOと会話をすることになるとは露ほども思っていなかったペッシは、コクコクと何度も頷いて答えるのが精一杯だった。
厳密に言えば名前の方がほんの少し後だが、能力的な問題で彼女の方が任務をこなしている。


「なるほどな。しかし…つくづくお前たちはギャングと言うより家族だな」

何を言われているのか分からず眉を寄せていると、ジョルノが報告書のチェックを終えて封筒に書類を戻した。

「パードレ、それ以上は言わないで下さいよ?彼らの努力が無駄になります」

「分かった分かった。無駄は嫌い…なのだろう?」

DIOの言葉にジョルノが頷く。
二人の間には何のことだか通じているようだが、ペッシは何がなにやら分からないまま屋敷を後にした。



(何だかおかしな日だったなぁ)

マーケットでカゴを片手に、トマト缶とタマネギ、マカロニとミンチを選んでいく。
牛乳と薄力粉、それにパセリ。

「今日はグラタンかな?」

更にチーズを入れればかなりの重量感だ。
金を払ってバッグに詰めていると、マーケットの前でジェラートを食べている名前がリーダーと話しているのが見えた。
立ち話をしているようだから、急いで出ればリゾットなら荷物を少し持ってくれるだろう。


「リーダー!」

「あぁペッシか。スゴい荷物だな…」

「今日はグラタンだから、たくさん要り用だったのよ」


名前がメモを書いた事は、その筆跡で分かっている。
荷物を少し持ってくれるよう頼もうとすると、後ろから声をかけられた。

「何だ何だ?揃って通行の邪魔するなよ?」

「兄貴!ホルマジオ!」

「ペッシ、スゴい荷物じゃねーか。しょーがねーな、持ってやるから貸してみろ」

ホルマジオとプロシュートが手分けして荷物を持ち、牛乳の入ったバッグを軽々と持つプロシュートがさっさと先を歩く。
流石の兄貴っぷりに、やっぱり兄貴はカッコいいやと尊敬しつつ、ペッシは慌てて後へ続いた。

程なく歩くと、メローネとギアッチョと、イルーゾォが立ち話をしているのを見つけて合流し、最終的には皆でゾロゾロと帰宅する事になった。








「ほんと、皆暇人よねー」

幸せそうにジェラートを頬張る名前は、ペッシに聞こえないように距離を取りながらそう呟いて笑う。

「新人甘やかせてどうすんのよ」

フフッと笑う名前を一瞥して、リゾットも笑みを浮かべる。


「そう言うお前も、ジョルノの場所を教えて助けていたな」

がっちりと手を握って笑うリゾットに、名前はバツが悪くなってムッと唇を尖らせた。
やはりバレてしまったらしい。
リゾットだってメタリカを使ってべったり後ろをついて歩いていたクセにと言い返すのは、キリがないので止めた。



「おかえり」

「ごくろうさま」

ソルベとジェラートが笑って皆を意味深に迎え、ペッシは再び困惑して首を傾げながら「ただいま」と笑った。
ペッシの一人での任務は、(不思議だらけではあったが)無事終了したのだった。







「さ、ペッシのお疲れ様パーティーよ!奮発してグラタンだからね!」

「「「おぉ!!リッチじゃねーか!!!!」」」


「オレ、たまに悲しくなるよ…」

「泣くなプロシュート。やりくり、頑張るからよ」

「リゾット…お前って本当にマードレだよな。しょーがねーな…」


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