ヒックヒックと喉を詰まらせて泣きじゃくる名前を前に、ホルマジオは短く刈り上げた坊主頭をガリガリとかき混ぜてため息をついた。
「こんな…こんなのないよ!!」
ホルマジオがティッシュを箱ごと差し出すと、泣き止む様子のない名前は一枚取って鼻をかんだ。
ポイと投げたティッシュはゴミ箱の方向とはかけはなれた方へ弧を描く。既に散らかったたくさんのティッシュとも離れた場所へ落下したそれらは、どう考えても後で拾うのが大変そうだ。
「しょうがねーだろ」
「ホルマジオ!!どうしてそんな事言うの!?」
どうしてもこうしてもない。
眉を寄せたまま、気だるげにもう一つため息をついたホルマジオに名前は掴みかかった。
「どうしてホルマジオはそう冷たいの?」
「じゃあ言わせて貰うが、お前はどうしてそう感情的なんだ」
やかましいCMの流れるテレビをリモコンで消して、ホルマジオはティッシュを数枚取り出して手荒に名前の涙を拭う。
涙と鼻水でグシャグシャじゃねーか。
「テレビドラマごときに、あんまり感情的になりすぎるな。しょうがねーなぁ」
ぐしぐしと涙と鼻水を拭われ、頭をぽんぽんと叩かれた名前は息をついて気持ちを落ち着けると、ホルマジオの肩口に頭を乗せる。
それが名前が落ち着いた合図だ。
名前はホルマジオとケンカしていたわけではない。
ドラマに感動して感情的になるのは、名前の癖だ。
それは現実世界でも存分に発揮される癖で、名前はいつも相手に感情移入し過ぎてお節介をやいてしまう。
「しっかり自分を掴んでろ」
「わかってるよぉ」
分かってない。
それはホルマジオが一番分かっている。
だからこそ、いつまでも表社会を捨てた自分に構うのだ。そう思いながらも口にしないのは、多分名前を好きな気持ちが切り捨てられないから。
名前とホルマジオは幼なじみだった。
荒れ荒んだ自分に、名前はいつだって優しかった。
「もう帰れよ」
それがホルマジオの精一杯。
本当は帰したくないのだけれど、それだけは口にしない。
別に彼女にしたりもしない。
名前は光の世界が似合う。ギャングで暗殺チームの自分と名前とは対極なのだ。
「嫌」
「しょうがねーな」
ホルマジオはいつからか口癖になったその言葉で、いつも名前を甘やかす。
仕方ないと言い始めて、既に二時間が経過しているのを知っている。
夜の帳が降りて、街が寝静まり始めた頃にようやく名前はホルマジオの車に乗り込んだ。
アジトから離れ、名前の家へと車を走らせる。
「おじさんとおばさんは元気か?」
「…うん」
「なんだ、ケンカでもしてんのか?」
「してない」
してるな。
名前は直ぐに顔に出る。
「オレ絡みか?」
「してないったら」
「分かった分かった」
これ以上言うとまた泣き出しそうだな。
激情家で繊細。
優しいくせにワガママ。
ホルマジオは昔からそんな名前に振り回されてきた。
だからこそ、感情を失わずに生きてこれた。
「ねぇ、次はいつ遊べる?」
「お前なぁ…」
全く。
年頃の女が、いくら幼なじみとは言え男の家に入り浸るな。
色々文句を言ってやろうとして、諦めてため息をついた。
名前はいつだってそうだ。
勝手に決めて、ホルマジオが何を言っても聞きやしない。
「また休みがあったら連絡してやる」
「……嘘つき」
バレたか。
まぁこの手は三回目だしな。
「いいよ、また勝手に行くから」
「お前なぁ…、オレにもう構うな…。オレにはお前の親の気持ちが分かるぜ?」
「ホルマジオ、ありがとう。おやすみなさい」
真面目な空気の中でようやく切り出した会話は、チュッと頬に触れた名前の柔らかな唇でいつものように強制終了させられた。
「あー…もう。」
車に一人残されたホルマジオは、ため息をついて頭をがりがりとかき回した。