「ん…」
ジョルノはその日、いつも以上に良い気分で目覚めた。
爽やかに晴れ渡った空をカーテンの隙間から覗き、ベッドから飛び降りてリビングへと走る。
「おはようございます」
勢い良く扉を開けたジョルノは、目に飛び込んだ光景に瞠目して息をのんだ。
まさに、屍累々。
「どうしたんですか?」
床に倒れた名前を慌てて抱き起こすが、彼女の意識レベルはずいぶん下がっているらしくぐったりしている。
「あ…DIO様…が…」
「パードレ?パードレが何か?どかしたんですか!?」
名前からDIOの名前が出て慌てて辺りを見渡すが、DIOの姿がない。
倒れたリゾット。
死にかけのギアッチョ。
いつもより(静かな分)平和なメローネ。
息をしているのか謎なペッシと、眠り姫のようなプロシュート。
倒れて尚手を繋いだままのガチホ……ソルベとジェラート。
何故かブチャラティまでソファーに倒れている。
だがしかし、DIOの姿はない。
「パードレはどこですか?」
「し…寝室に…」
その瞬間ジョルノは再び駆け出していた。
名前をそのままに部屋を飛び出し、一人眠ってしまった事を後悔しながらひた走る。
「パードレ!!」
DIOのために用意した寝室は、厚手の遮光カーテンを取り付けているためいつも薄暗い。
明かりのついた廊下を走っていたジョルノの目には馴れない闇しか映らず、恐る恐る部屋の中へと足を運ぶ。
「ん…ジョルノか?」
眠ろうとしていたところだったのか、DIOの声は眠たげだ。
ようやく目が少し馴れてきてベッドに走り寄ると、DIOは気だるげに起き上がった。
「パードレ、どこかケガしていませんか?
この傷は!?」
「首の傷痕なら元々だ。何を動揺しているのだジョルノ」
諭すような父の言葉に、ジョルノは幾分か冷静さを取り戻してリビングで見た光景を説明した。
屍がゴロゴロ転がった惨劇の件を、DIOは楽しげに聞いていた。
さすがDIO様。
「実は昨日、遊園地に行ってみたのだ」
「遊園地?」
「そうだ。行ったことがないのに気づいてな」
さすがのジョルノも、どこから突っ込むべきなのか分からない。
唖然とするジョルノをよそに、DIOは朝方の遊園地の思い出す。
一行が遊園地に着いたのは、夜明けまで後2・3時間といった時間だった。
つまりそれがそのままタイムリミットなわけである。
『先ずは何に乗りますか?』
名前は久々の遊園地にはしゃいで、DIOの腕を掴むと質問に答える間も与えず走り出した。
尋ねておきながら、もう乗る物は決めているらしい。
『これは?』
『フリーホールです』
目を輝かせる名前に、DIOはその装置をしげしげと見つめて腰かけた。
DIOには少し窮屈そうだ。
『この安全装置を…』
『いらぬ。窮屈だ』
いやいや、何十メートル落下する気ですか?
確かに貴方なら無事でしょうけど。
『でも…『なんならお前達も安全装置を無しでやらせても良いんだぞ?』
『直ぐに座りますね』
ササッと慌てて隣に腰かけ、名前はしっかり安全装置を装着する。
『お前達はやらんのか?』
『いえ、オレ達は護衛で…………
………………
…やります』
DIOの視線に耐えられなくなった暗殺チームは、名前に倣って座席に腰かけ、安全装置を装着していく。
途中で聞こえた『つまらん奴等だ』と意味の分からない挑発は、聞かないふりを決め込んだ。
「まさか、安全装置なしで乗ったんですか!?」
さすがのジョルノも、聞くに耐えられなくなったように声を上げた。
「そんなもの必要ない」
「パードレ…」
そうだジョルノ、そのまま常識ってやつを教えてやれ!!
最早DIOはジョルノの言葉にしか耳を傾けないに違いないのだ!!
「さすがパードレです!!」
もう駄目だ。
無駄無駄。
『DIO様は高い所は平気なんですか?』
座席がゆっくりと登って行くと、夜の街が足元に広がる。ポツポツとついた光が星のようだ。
DIOに問いかける名前も、高い所は嫌いではないらしい。子供のように目を輝かせている。
『このDIOに恐いものなどない』
太陽の光以外は平気だと言うことだな。
名前は勝手にそう解釈して一人頷いた。
それでこそDIO様。
やはり帝王はそうでなくては。
『でも、落ちないで下さいね。さすがに脳ミソぶちまけたら死にま……っきゃーーーっ!!』
DIOと話す事ばかりに夢中にっていた名前は、暗闇の中を落下しながら、真夜中であることもいとわず悲鳴を上げた。
さすがに悲鳴を堪えたリゾット達も、ガクンと落下を始めた瞬間は小さく呻いた。
それに引き換え、安全装置すら装着していないDIOは余裕の笑み。
『なるほど、名前はこれが好きなのか?』
『好きと言うか…恐いもの見たさと言うか…』
どう答えても恐い気がするのは気のせいでしょうか。
地面に足がついた瞬間名前はホッとため息を着いた。
『しかし妙な遊具だ』
妙なのはDIO様です。
安全装置なしでよく落ちませんでしたね。
「よく平気でしたね」
「ぬぅ…あの安全装置とやらは本当に窮屈だからな。ザワールドで身体を押さえたのだ」
「なるほど、さすがパードレ」
突っ込みどころ満載であるにもかかわらず、親子は全てをスルーして話を続ける。
「このDIOが産まれた時には、あんなものはなかった」
「パードレが子どもの頃ですか…」
「まぁ百年は前だからな。馬車が走っていた時代だ」
「馬車ですか。パードレは馬も似合いそうです」
蹄の音を響かせ、長めの金髪をなびかせるDIOを思い浮かべたジョルノはフフッと笑みを溢す。
DIOのベッドの端に横になり、ジョルノは「それで?」と続きを促した。
まさか自分が睡眠をとった数時間でそんな面白い事になっていたとは思いもよらなかった。
「ミラーハウスと言うのに入ったな」
「ミラー…ですか?」
ホラーじゃなくて?
首を傾げるジョルノに、DIOは笑って頷いた。
『まさにイルーゾォの為の屋敷みたいね』
『なんか、安心する』
だろうな。
ホゥとため息をつくイルーゾォの隣で、DIOは眉を寄せた。
何が楽しいのか理解し難い。
『まぁ入ってみましょうよ』
名前の小さな手にひかれて、DIOはその屋敷へ踏み込んだ。
薄暗い屋敷にカツンと硬質な音が響き、辺りを見渡せば一面鏡が張り巡らされている。
上下左右全てに自分が映り、どこまでもその世界が続いている。
『なんだこれは…』
『すげ…酔いそう』
『入り口がいっぱい!!』
喜ぶイルーゾォをよそに、DIOは相変わらず眉をよせ、その隣でプロシュートが表情を強ばらせた。
綺麗な顔が台無しですよご両人。
『ぬぅ…息がつまりそうな狭さだな』
DIO様は身体が大きいですからね。
一歩も進まないDIOの横をすり抜け、名前は鏡の迷路へと駆け込む。
『競争ね!!』
『あっ、ズルいぞ名前!!』
笑って走っていく名前を、ギアッチョが慌てて追いかける。勝負と聞くと負けず嫌いが疼くようだ。
『なぁリゾット。これってさぁ、ガラスじゃなくて鏡だから、向こう側が見えたりしないよね?』
『そうだな』
リゾットを覗き込むメローネは、その返事に満足したように迷路へ駆け込んだ。
『名前ー!!素敵な事思い付いたぜ!』
絶対嘘だな。
ろくでもない事を思い付いたに決まっている。
逃げ切れ名前。
『おいおい、オレも混ぜてくれねぇか』
『存外最低だなプロシュート』
冗談だと笑うプロシュートはさておき、突っ立って居ても仕方ないとリゾットも迷路へと踏み込む。
上下左右の感覚がおかしくなりそうな状況に、目眩がする。
『すげぇ、どこまでもオレだ』
ペッシが鏡に写った自分を見てポツリと呟く。
合わせ鏡になっているのだから当然だが、目の前の鏡に後ろの鏡が映り、果てしなく向こうまで自分達が映って見える。
『ぬぅ…どっちに行けば良いのだ?』
DIOが目を細め、鏡がない方向を探す。
『リゾット、出口で待ってるからな』
イルーゾォは鏡の迷路と相性が良いらしい。当たり前だが。
自分のテリトリーで、珍しくテンションの高いイルーゾォは高揚で頬を染めている。
ニュッと鏡の世界に飛び込み、あっという間に見えなくなった。
『行きましょう』
リゾットは取り残されたプロシュートとペッシ、そしてDIOを見てそう言った。
同時に、引率の保護者のような気分だった。
名前抜きでDIOと相対するのは、思い返せば初めてで、どう接するべきか考えながら足を踏み出す。
『私が先に行く』
リゾットを押し退け、DIOが先頭を歩く。
狭い通路に、微かにメローネや名前の声が響いていた。
ーゴンッ
鈍い音に続き、『ぬ…ぅ』とDIOの声。
リゾットが慌てて顔を上げると、DIOは頭を打ったのか、大きな手は額にあてられていた。
『…大丈夫ですか?』
狼狽えるリゾットをよそに、鏡には口元を手で隠したプロシュートが写る。
DIOには角度的に見えないだろうが…。
『面倒だな』
それが迷路ですからねぇ。
DIOはプイとリゾットを振り返った。
『勝負に勝ったらどうする?』
無謀ですね。
まだほとんどスタート地点に居ると言うのに、DIOは負けるつもりはないらしい。
それこそ、他の…先に行った名前達全員が"止まらなければ不可能"である。
言われた事を理解しかねて顔をしかめたリゾットに、DIOは綺麗に目を細めて笑った。
『私が勝ったら、名前を一日預かる事にしよう』
『は?』
『ザ・ワールド!!』
「それで、パードレが勝ったんですか?」
「当然だ」
いや、考えられる限り最も卑怯ですが…。
「いいえジョルノ様。ザ・ワールドで勝ったわけではありません」
「テレンスさん!?」
いつから居たのか。
テレンスが今まで見たことのないような負のオーラを纏って戸口に立っていた。
「テレンスか。何か用か?」
煩わしそうに手を振るDIOに、テレンスの負のオーラは突如として色を変えた。
「何か用か…ですって!?」
ワナワナ震え出したテレンスは、手に持っていた紙を握り潰して拳を作る。今にも飛びかかりそうな勢いに、ジョルノは唖然と見ている事しかできなかった。
「さっき遊園地のオーナーから電話がありました!!
DIO様!貴方…っ!
ミラーハウスを壊しましたね!?」
「はぃ?」
瞠目するジョルノとは裏腹に、DIOは面倒くさそうにため息をつく。
「迷路が面倒だったからな。出口を切り開いたまでだ」
格好良い言い回ししても、格好良くありませんよ。
「ザ・ワールドで鏡を割って出口まで突っ切ったのだ」
「名前さん達が慌てて片付けて帰って下さったそうですね」
「放っておけと言ったのだがな」
ジョルノはリビングで倒れていたリゾットチームを思い出した。
哀れリゾットチーム。修理費用を気にして、必死に誤魔化そうとしたに違いない。
何を言ってものれんに腕押しのDIOに、テレンスはため息をついて踵を返した。
「修理費用を払って来ます」
「頼む」
来た時よりも老け込んだテレンスは、もう一度ため息を溢して部屋を後にした。
さすがDIO様。
遊びのスケールが違います。
「パードレ、名前を一日預かってどうするんですか?」
ジョルノはベッドに転がり、DIOを見上げた。
上目遣いで問いかける息子の髪をくるくると弄び、DIOは笑う。
父の遊園地での暴挙をサラリと流せるジョルノも、大概大物である。
「暗殺チームを本気にさせれば、暇潰しくらいにはなると思わないか?」
暗殺チームの波乱の日々は、まだまだまだ続く。