ちょっとずっと気になってたから、ある日リゾットに聞いてみた。

「機嫌悪くなるわりには、名前に会いに来るなって言わないよな?」


そしたらあの男、シレッと言いやがった。


「名前が寂しがるからな」

全部が名前中心で、腹立たしい。
そんなリゾット許可しない。
名前はみんなの名前だったのに。










「イルーゾォ、そこの卵取ってくれる?」

「はい」

「グラッツェ」


コンコンと卵を叩いて、ボウルで色んなものと合わせて混ぜる。
今日はキッシュを作ってくれるらしい。
オレの好物だ。
ベーコンとホウレン草、それと玉ねぎやキノコを入れて混ぜてパイ生地の上に流し込む。
絶対うまいよ。断言する。


「チーズも入れようよ」

ぶっちゃけ、これはボリュームアップの為でもある。

「いいよ、取ってくれる?」

「分かった」


名前は優しい。
無駄にうるさい事もないし、色んな事を聞き出す事もしない。
つまり何と言うかそう、居心地が良い。


「名前ー…」

「ん?」


絶対無視したりしないし、でもオレのペースを壊さない。
オレがありのままで側に居れるから、名前が好き。
でも、これは恋じゃない。分かってる。



「買い物行こうよ」

「珍しいね、イルーゾォが出掛けたがるなんて」

「たまには良いかなと思って」


嘘。
たまには名前を独占して出掛けたかっただけ。
だって皆うるせーんだもん。
名前とのんびり、鏡の外の世界を満喫したい気分になっただけ。


「良いよ。何買いに行くの?」

「名前の服見に行く」

「私?服なら持ってるけど?」


持ってる持ってないの話なんかしてないのに。
名前はどうも他の女の子と違う価値観で動いてる。
まぁ良いけど。


「良いじゃん、行こうよ」

「良いけど…」


キッシュをオーブンに入れて、名前は出かける支度を始めた。
焼き上がったら出掛けれるように、オレも準備をした。
とは言っても、忘れ物ないか確認するだけ。
名前の支度が終わって、オーブンでキッシュが焼け終えるのを待って家を出た。


「イルーゾォと出かけるの久しぶり」

「確かにそうだな」

名前はオレと居る時だっていつも笑っていて、いつものように手を繋ぐと少しだけ照れくさそうに笑う。
それでも嬉しそうに手を繋いでくれるんだ。



「手を繋ぐのも久しぶり」

「だな」


オレも少し緊張した。
しかし、オレの名前への気持ちが恋とかじゃないと言い切るのも理由がある。

手を繋ぐのは、確かにちょっと緊張した。
誰かとこんな事をする事自体が久しぶりだったから。
でも違う。
オレは、名前とどうこうなりたいわけじゃない。
居心地の良い場所をとられたくないだけ。

き、キスとか…

それ以上の事とか、そうゆう事をしたいわけじゃない。


「バスすぐ来そうだね」

「ラッキーだな。ちょっと待ってて」


名前をバス停に残して、近くのお店に入った。
ここのジェラートが美味しいから、食べさせてやりたくて。


「チョコレートと、イチゴ」

ジェラートを両手にバス停に戻ると、名前を取り囲むように何人かの男が立っていた。
あぁ、マジ失敗。


「良いだろ、お茶しようよ」

「オレが先に誘ってたんだぜ!?」


いや、お前らそれは止めとけ。
間違いなく暗殺されちまうから。リゾットに。


「名前、お待たせ」

「イルーゾォ!!」


困ったように肩をすくませていた名前がオレを見てパッと顔を輝かすと、名前を囲んでいた男達は慌てて散った。
まぁ、カタギじゃない事くらい分かるよな。


「チョコレートとイチゴどっちがいい?」

「もらって良いの?」


「怖い思いさせたお詫び」

「あはは、じゃあ遠慮なくチョコレートいただきます」


いただきますと笑って、チョコレートのジェラートを食べる名前の隣で、オレもイチゴのジェラートを食べた。
甘酸っぱい味が口いっぱいに広がって、とても美味しい。

「チョコも食べる?」

「分かった、イチゴも食べたいんだろ?」

「アハハ、バレた?」


「ほら」


こんな所をリゾットに見られたら絶対怒られるな。
でも、名前の一口交換なんていつものこと。
オレだったら両方食べるけどな。


「うん、イチゴも美味しい」


いつも思うけど、名前って幸せそうに食べるよなぁ。
プロシュートが、「うまそうに食べるから作ってやりたくなる」って言っていたのがよくわかる。
でも、プロシュートはオレが「美味しい」と褒めてもまた作ってくれたりしない。何が違うんだ。

バスが来て、ショッピングモールに着くまで名前の話を聞いていた。
ブチャラティがどうだったとか、ジョルノがどうとかそんな話。
アバッキオにはよく怒られると言って笑っていた。いや、笑い事にしていいのか?
こんな所をアバッキオに見つかったら、また怒られそうだと少し心配になった。


「名前はワンピースとかスカートが多いから、たまにはパンツをはいたら?」

「うーん、確かに。どんなのがいいかな?」

名前は素直だ。
オレの提案に、こんなに素直に頷くのなんて名前くらいだ。
いや、周りにアクの強い奴等が多いだけか?


「最近流行りだから、たくさんありそうだぜ?」

名前の手をひいて、適当に店に入ってみる。
値段の手頃な、しかし品の良い店を選ぶ。
名前にはシンプルな服が似合うと思う。
白い服や色の薄い服を好んで着るし。
いや……だからこそ挿し色が必要か?


真剣に選ぶオレを、名前は笑って見守る。
店員が「彼女さんにプレゼントですか?」なんて言われてビビったけど、「妹です」と説明しといた。
顔をしかめられたのは何故だろう。

似てないからか?
まぁ、似てないけど。


「こんなのはどう?」

ベージュ系の、リボンが可愛いショートパンツ。
名前の持ってる淡い色の服とも組み合わせが出来そうで、名前のふわふわしたイメージにもぴったりだと思った。

「あ、可愛いかも!!」

ほらね。

「試着してみてよ」

「イルーゾォのその言い方、断りにくいんだよね」

「断る必要なんかないよ。オレがしたくてしてるんだから」


名前が試着室に入るのを見送って、近くに置かれた鏡を見つけた。
休みだからとTシャツにベストを羽織って、黒いパンツをはいた自分が写る。
ラフな格好で街に馴染んで名前と歩いていると、つい自分の仕事を忘れそうになる。

覚悟が甘いのかもしれない。
けど、こだわりがないのだ。
この世界で生きていたいこだわりも、ついでに言えば自分のファッションにもあんまりこだわりがない。
いつもは束を分ける髪も、今日は一つに纏めたし。


「どうかな?」

「うん、可愛いかも…あ、でもこっちも穿いてみて?」


やっぱりベージュだと色が薄いからぼやける。
一緒に持って来ていたアイビーのパンツを渡して、名前を試着室に押し込んだ。
名前に対してならこだわりはある。
可愛い格好して、ニコニコしてて欲しい。
綺麗なままで笑っていて欲しい。



「どう?」

「あ、さっきより良いね」

「だよね!?イルーゾォ選ぶの上手!!」


ほら、嬉しそうに笑ってくれるだろ?
名前が笑ってくれるから、オレは真剣に選ぶんだよ。
自分の服に興味がわけば、オレだってメローネやギアッチョみたいに自分を磨いて楽しむんだ。


「名前、それ買ってあげる」

「えぇっ!?いいよ!」

「良いから。だから、それ着てまた遊ぼ?」


名前はしばらく考えて、「いいよ」って笑った。
名前は多分、オレの気持ちに気づいてる。
恋とか愛より複雑な、オレの気持ち。
鏡の外に繋いでくれる、名前への気持ち。

「帰るか」

「うん、イルーゾォありがとう」


鏡の世界は静かで、誰もオレの世界を壊さない。
だけど、外の世界が居心地良いならそれにこしたことはない。


「それ着てリゾットとデートすれば?」

「えぇー?」


照れるな照れるな。
でも、まぁ良いや。
リゾットと居る時の名前は、何より幸せそうだから。
バスに乗って揺られて居ると、名前はバックから取り出した飴を一つくれた。

「なんか、イルーゾォには色々してもらったのに、大したものじゃなくてごめんね」

「いや、ありがとう」

「今度またピザ焼いてお礼させて?」

「楽しみにしとく」


名前のマルゲリータは美味いから好き。キッシュと同じくらい好き。
いつ焼いて貰おうか思案しながら、もらった飴を口に放り込んだ。爽やかな甘さが広がる。

それからしばらくしてバスを降りると、名前はパッと顔を輝かせて走り出した。


「リゾット!!」

「名前?どこか行ってたのか?」


あーぁ、絶妙なタイミングだな。
狙ってたんじゃないか?


「イルーゾォとショッピングに行ってきたよ」

「そうか」


あ、一緒に行けなくて残念って顔してる。
分かりにくかったリゾットの表情が、最近よく読めるようになった。
多分、はた目には分からないだろう変化の幅だけど、長く一緒にいるオレ達にはよく分かる。
リゾットも、名前と居ると安心したような幸せそうな顔をしている。
人を殺した日は、少し暗い顔をする。
暗殺者としてその変化は駄目なんだろうけど、オレはそんなリゾットの変化が羨ましい。



「プレゼントして貰っちゃった」

「そうか。イルーゾォ、ありがとうな」


リゾットのためにプレゼントしたんじゃないけどな。


「いいよ、今度マルゲリータ焼いてもらうから」

「そうか、じゃあ今日の晩飯をマルゲリータにするか」

「今日はキッシュ作っちゃったよ?」

「みんなを呼んで食えばいいさ」


今日のリゾットはいつになく寛大だ。
「みんな」と言えば名前が喜ばないはずはない。
飛び上がって喜ぶ名前は、「食べて行くよね?」とオレの腕を掴む。
もちろん何度も頷いて即答した。


「いいのか?」

リゾットはオレをしばらく見た後、名前を見て小さく笑った。


「たまには"みんなの名前"に戻してやるよ」


なんだ、ずいぶん上からな物言いだな。
でも…。

「グラッツェ」

「いいさ、鏡にこもるより良い」


なんだ、リゾットも気づいてたのか。

鏡の世界はずっと楽で、誰の妨害もなく自分の世界を作って居られる。
だからオレは、外の世界に興味がなくなると鏡の世界にこもる。
内側から外を眺める。

寂しいけれど、結構楽。
結構楽だけど、ちょっと寂しい。




「イルーゾォ、みんな来るって!!」

そもそも最初は、オレの名前を名前が何度も呼ぶから、仕方なく外に居たはずなのに。
気づいたら名前の隣は居心地が良くなってた。
楽で、しかも寂しくない。

でも、恋じゃない。

リゾットの隣で幸せそうな名前が好きだから。
いつかオレも、リゾットと名前みたいに誰かと幸せな空間が作れたら良いのに。
それまでは、リゾットと名前の隣に居させてくれねーかなぁ。
駄目か。

ちぇ、やっぱり「みんなの名前」で居てくれれば良かったのになぁ。
独占なんて、許可しない。


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