リゾットは隣に座った名前を盗み見て、バレないように小さく笑った。
テレビに釘付けになった名前は、そんなリゾットに気づく由もなく膝を抱えている。
(今日も真剣に見ているな…)
あれはいつだったか。
まだ名前と恋人等ではなく、そんな感情すら自覚していない頃。
リゾットとの会話も弾まず、暇そうにしている名前の為になんとなくテレビをつけた。
別にそうしてやる必要もないのだが、気まずい沈黙も耐えがたかった。
リゾット以外のメンバーとは楽しそうにしているのに、何故かリゾットが話しかけると名前は強ばった顔をする。
だからリゾットも、名前の沈黙を持て余していた。
(最初に脅しすぎたか?)
しかし、あくまでも名前を拘束する側なのだから、馴れ合ってばかりはいられない。
本来人懐っこいはずの名前との距離感に悩みながら雑誌を捲るリゾットは、視界の端に捉えた光景に目を疑った。
『おい、泣いてるのか?』
抱えた膝に頭をのせて、時折鼻をすする名前はどう見ても泣いている。
リゾットの声に、名前は慌てて涙を拭った。
徹底打だ。
『…どうした?』
まさか泣くほど自分と居るのが嫌なのか?
頭をよぎった疑問が少しショックで、それに傷ついた自分に驚いた。
『リゾット…』
慌てて覗き込むリゾットに、名前はギュッと抱きつく。
どうやら嫌われてはいないらしい。
(いや、だからどうしてそれを気にするんだ)
『何を泣いているんだ』
『だって…』
名前の視線を追えば、リゾットがつけたテレビがある。名前はリモコンを触っていないから、適当につけたチャンネルのままのようだ。
若くして未亡人となってしまった女の元に、死んだはずの旦那からメッセージカード付きのバースデーケーキが届いたらしい。
時間からして、まだ映画の序盤だ。
『まだ若い人だったのに……
二人は仲良しで、きっとこれから楽しい事がたくさんあったんだよ?』
お前は親族か?
心の中でツッコミを入れて、リゾットはこっそりため息をついた。
まさか映画を見て泣かれるとは。
その後も、ホラーを見ればリゾットに「手を繋いで」と言うし、バラエティーを見れば上機嫌で歌を歌う。
ようは感化されやすいらしい。
そんな名前に振り回される身としては堪ったもんではない。
「手を繋いで」と言ってきた名前…つまり、ホラー映画を見て怯える名前だが、これには特に参った。
しばらくリゾットにピッタリくっついて歩き、トイレも風呂もまともには行けない。
「リゾット、居る?」なんて確認されながらシャワーを浴びた時には、何が悲しくてこの歳になってこんなことしなきゃならないんだと頭を抱えた。
むしろ、自分が監視されている気にすらなってくると言うもの。
ホラー映画に禁止令を出したのは言うまでもない。
(変な影響を受けなければ良いんだがな)
もう一度名前を盗み見て、テレビを見た。ホラーではないらしい。
それでもテレビを消さないのは、時折おいしい思いもしたからだと自覚がある。
恋愛面では特に鈍い名前だ。
恋愛ドラマを見た後の名前はリゾットを意識しっぱなしで、二人の距離を縮めるのに一役買ってくれた。
そういった相談が出来る相手を持たない名前には、テレビ情報は最大の情報源だったのだろう。
テレビを見ながら眠った名前をベッドへ運ぶのも、リゾットの密かな楽しみだった。
隣の部屋に居るとは言え、寝顔を見る機会なんてそうそうない。
ベッドに運び、布団をかけてやってこっそり額にキスをする。(あくまで挨拶)
(あの時にはもう名前を好きになっていたんだろうな)
気づけなかった名前への気持ちも、今はリゾットの中に確かに生きている。
必死に押さえていた想いも、振り返ってみれば何も隠せてないのが自分で分かって恥ずかしい。
ぱらりと新聞を捲るリゾットの手に、不意に名前の手が重ねられた。
新聞を手に他事を考えていたリゾットは一瞬固まって名前を振り返った。
「リゾット、私ね、リゾットが好きだよ?」
藪から棒にそんな事を言われれば、例えばそれが愛の囁きでも驚く。
自分の考えていた事が名前に分かっていたのかと思えるようなタイミングで、リゾットは瞠目した。
「どうした、急に」
甘えるようにすがる名前を抱き寄せながら、リゾットがテレビを見れば"九死に一生スペシャル"とテロップが出ていた。
凄惨な事故から奇跡的に生還した男が死を覚悟した瞬間に思った事を、涙ぐみながら語っている。
「………
名前……
いつ死んでも、"気持ちを伝えてなかった"なんて後悔しないようにしなきゃとか思ったんじゃねーだろうな」
「すごい、リゾットってサトラレ!?」
"サトラレ"?
いや、名前が"ツツヌケ"なんだ。
素直に感動する名前に、フッといたずら心が芽生えて驚く名前を膝に座らせた。
名前の唇に自分の唇を重ねて優しく触れ、焦れるほどゆっくり離れると名前はほぅと熱く甘い吐息を溢した。
「じゃあオレも、後悔ないようにしたいことするかな」
「…え?」
ハッと目を見張った名前を抱き上げたリゾットはそのまま二階へ…
ではなくキッチンへ向かった。
「コーヒーを飲みたい」
「な……なんだ。分かった、すぐに淹れてあげ「"なんだ"って…?」
あからさまに安心した様子の名前に、リゾットは意地の悪い笑みを浮かべると僅かに赤い頬を撫で、柔らかな唇を指でそっとなぞる。
「何だと思ったんだ?」
耳元でそっと囁くと、名前はみるみる朱に染まって口ごもった。
そんなからかいがいのある反応をするから、メローネ達に遊ばれるのだ。
まぁこれだけ素直な反応されれば、からかいたくなる気持ちは分かる。
「冗談だ。コーヒーはオレが淹れるから許せ」
「意地悪っ!!
…カフェラテにして」
「分かった分かった」
頬を膨らませた名前を撫でて、リゾットはミルクを火にかけた。
少し考えて、膨れたままの名前を「おいで」と手をこまねいて引き寄せたリゾットは、そっと耳に愛を囁いた。
いつか後悔しない為に、言葉にしてもし足りない愛をキミに。