世界の中心が何かなんて、つまりそれは人それぞれなもんで…。
オレの世界の中心は、もう長いことずっとジェラートだった。
「ソルベ、風呂入ろ」
「んー…」
仕事が早く終わった時は、バスタブに湯をはってのんびり入る。
二人で入るとあんまり水道代がかからない…なんて、言ってて涙がでそうになる理由。
周りが気持ち悪がるのも知ってるけど、大して興味はない。
楽で楽しくて、時々気持ち良いこともあれば良くない?
まぁとにかく、ジェラートはオレの世界の中心だった。
それなのに、ディアボロに輪切りにされるわジェラートが恐怖に泣いて怯えるわで、もうわけが分からなかった。
だから、それを取り戻した時、名前はジェラートと並ぶ世界の中心になっていたんだ。
「名前ー…っと、寝てる?」
「みたいだな」
ソファーで眠る名前に、思わず笑みが溢れる。
ジェラートが「風邪ひくじゃねーか」なんて心配そうに言うから、布団巻き付けてやった。
これで大丈夫だろ。
「リゾットは?」
「確か、今日は遅くなるんじゃないか?」
「じゃあ…」
「そうだな、オレも眠い」
ジェラートとオレの間に寝てる名前を挟んで座って、ゆっくり目を閉じた。
実は誰にも…ジェラートにも言えてないけど、最近夢見が悪くてちょいと寝不足。
名前の側ならよく眠れる事もその理由も、本当はちゃんと気づいてる。
『ソルベ、どうしよう…』
名前は両目に涙を湛えてオレを見ていた。
その頬も身体も、ずいぶん痩せて細くなってしまっている。
名前の腕で運ばれた男は、もう6人目。残ったのはリゾットだけだ。
『リゾットまで死んじゃったらどうしよう…』
『大丈夫だって、アイツは強いから』
本当は分からない。
オレだって不安だし、かと言って何もしてやれないんだ。
ただこの世につなぎ止められただけの存在だから。
名前のスタンド能力だけで存在する、実体のない人間だから。
『歌、歌ってやろうか?』
『うん…』
名前が泣きながら歌う唄ならもう覚えた。
歌詞が分からないらしいその歌を、ジェラートと一緒に願いを込めて歌う。
どうか叶うなら、もう名前を自由にしてやって欲しい。
ぼろぼろになっていく名前を、もう見たくはない。
リゾット。お前が死んだら許さない。
名前をこれ以上悲しませるなんて許さない。
なぁ、頼むから。
一緒に暮らしてたあの時みたいに笑ってくれよ。
そんな願いを込めて歌う。
上手くもなくても、ただ歌う。
『ソルベ…皆でまた暮らそうね』
わかった。
分かったから泣くなよ。
泣くなよ名前。
「…………べ」
煩いな。
「ソルベ」
「……ん、」
あぁ、また夢を見ていたらしい。
ジェラートが心配そうな顔をして覗き込んでいた。
オレの為にそんな顔するなんて、相変わらず優しい奴。
「うなされてたぜ?」
「…夢見てた」
名前が隣に居たから大丈夫だと思ったのに、いつの間にか名前は居なくなっていた。
「あ、起きた?」
「名前…」
ジェラートが狼狽えるのを見て、ホットミルクを淹れてきてくれたらしい。
笑う名前が差し出すカップを受け取ろうとして、そのまま名前を引き寄せた。
「ソ…ソルベ?」
慌てる名前が両手にカップを持っているせいでオレを突き飛ばせないのを良いことに、頭を名前の腹にグリグリ押し付けた。
ジェラートより柔らかい。
「どうしたの?」
「名前、早く幸せになれよ」
ジェラートも名前も、何も言わない。
多分、オレが見た悪夢の事に気づいたんだと思う。
オレの悪夢は、ジェラートと名前の悪夢でもあったから。
「お前の泣き顔忘れるくらい、オレの記憶にお前の幸せボケした顔を焼き付けてくれ」
「ソルベ…」
オレがジェラート以外にこんな風に弱音吐くなんて珍しい。
だから、名前も無下にはしないんだと思う。
ま、オレだって男だしな。誰にでも弱音吐くようなカッコ悪い真似は出来ない。
「おい、何してるんだ?」
微かに怒気を含んだ声に、名前がパッと振り向いたのが分かった。
分かってて手を離さなかった。
「ソルベ、名前を離せ」
「嫌だね、バカリゾット。オレはお前を許さない。オレを裏切りやがって」
「………何の事だ?いいからその手を離せ」
本当、リゾットって名前の事になると大人らしくも男らしくもないよなぁ。
ベッと舌を出して、名前を担ぎ上げた。
思ったより重…いや、なんでもない。
人を担ぐなんて久しぶり。
「ソルベ、逃げるぞ!!」
ジェラートも悪ノリする気か。
まぁ良い、楽しそう。
「まずはリゾットをまかなきゃな!!」
「だな!」
「ど、どこ行くの!?」
ジェラートが楽しげに笑って、名前を抱えたままひたすら走った。
そう言えば、こんなに走ったのも久しぶり。
名前が慌ててしがみつくから、とりあえずお姫様抱っこってやつに抱え直してリゾットから逃げる。
「名前、リゾットはどこだ?」
「えーっと…」
アイツ、メタリカまで使うなんて本気すぎねーか?
街の影に隠れて、名前はキョロキョロと辺りを見渡す。
リゾットのステルス能力も、名前のスワローには効かないんだろうな。
巻き込まれただけの名前も、少しだけ楽しそうにリゾットを探す。
「あの家の影だよ」
「じゃあこっちだ」
ジェラートが素早く道を選んで、三人で駆け抜けた。
イタリアってのは細い道も結構ある。
高い壁の間をすり抜けるように走ってカッレを抜けると、目前に夕日に染まる海が広がった。
「うをーっ!!スゲェ」
「スゴいなこりゃ」
「うん、綺麗!!」
名前が目を輝かせて、オレもジェラートも久しぶり景色に見入った。
真っ赤な夕日に染められて、二人とも赤い顔をしていた。
「名前、家を出て…寂しくないか?」
本当オレらしくない。
別にそんな約束なんてどうでも良いのに。
「オレは寂しいぜ」
「ジェラート、お前は本っっ当に名前の事好きだよな」
「なんだよ、ソルベ愛してるぜ?」
「そりゃどーも」
二人のやり取りを見ていた名前は、フフッと笑った。
そうそう、そうやって笑ってりゃいいんだ。
「私も、少し寂しいよ」
「帰って来れば良いのに」
ジェラート、あんまり駄々をこねるなよ。可愛い奴。
「ありがとう、ジェラート」
「名前、今幸せか?」
「うん」
あーぁ、即答だもんな。
でも、そうか。
良かった。
良かったけど、ほんの少し寂しい。
三人でソファーで寝る機会も、めっきり減るんだな。
「オレ達と暮らしてた時より幸せ?」
ジェラートの質問に、名前は目を丸くした。
困ったように笑う名前は、夕日がゆっくり沈むのを眺めて首を振る。
「皆で暮らしてた時も今も、同じくらい幸せ。
だって感じるの。皆と繋がってるのを、スタンドじゃなくて心で感じるの」
そう言われれば、ジェラートもオレもこれ以上言う言葉なんかない。
「そっか」なんて呟いて、日が沈むのをぼんやり眺めた。
のんびりした、ちょっくら良い気分。
「きゃっ!!」
並んで座って、視界の端に映っていた名前が小さい悲鳴をあげてそこから消えた。
「「名前!!!!」」
慌てて振り返ったオレは、頭を抱えてため息をつくしかなかった。
本当、バカじゃねーの?
「何やってんだよリゾット」
「完全にまいてたのによ」
「何って、名前を取り返しに来たんだが?」
シレッと答えるな、バカ野郎。
いい歳した男が、まさか一時間以上も彼女を探して街中駆け回るなんて誰が予想するんだ。
マジにバカ。
「捕まっちゃった。油断したーっ!」
名前、…妙に楽しんでると思ったら、鬼ごっこ気分だったんだな。
あながち間違いでもないが。
あーもう、このバカップルが。
「じゃ、名前は返して貰うからな」
「わかった分かった、好きにしろよ」
ちょっとは楽しかったしな。
ジェラートが「うぅ…名前〜」なんて未練がましく呼ぶのを横目に、もう一度海に向かって座り直した。
まぁ良い。
名前が幸せならそれでいい。
オレの世界はジェラートを中心に回っていて、名前は確かに大切だけど、居ないと生きていけないわけじゃない。
「おい、ソルベ」
リゾットに呼ばれて、仕方なく振り返った。
文句を聞く気にはなれないんだがなぁ。
「もう名前を泣かせない。約束する」
あぁ、コイツ。
「分かった。嘘ついたらぶっ殺すから」
「あぁ」
多分…。
これは本当にオレの勘だが、リゾットは多分裏切りの意味に気づいたんだ。
珍しくセンチメンタルなオレに気づいて、ごまかしもせずに向かい合ってくれたんだと思う。
だからお前がリーダーなんだよ。
「オレは認めねぇからな!!」
ジェラートが寂しそうだから、しばらくはいつも以上に一緒に居てやろう。
名前の顔が赤いのはもう夕日のせいじゃない。
夕日はすっかり沈んじまったからな。
「ジェラート、ソルベ」
リゾットに肩を引き寄せられていた名前は、オレ達を呼んでリゾットにギュッと抱きついた。
名前って、時々大胆なことするよな。
初めて二人がしたキスも、名前がねだってたし。
「私、本当に幸せだよ?」
あぁ、見てたら分かるよ。
満面の笑みだもんな。
ずっと気持ちを隠してた名前ですらなくて、一番素顔のままの名前だもんな。
「だから、ソルベもジェラートも苦しまないで?」
「分かった」
「分かったよ」
名前、お前も本当お人好しだよな。
いちいち全員の事を気にしなくて良いのに。
もう自分の幸せだけ考えてりゃ良いのに。
「ジェラート、名前が幸せそうで何よりだな」
「……そうだな」
「しかし、名前に抱きつかれてほんのり嬉しそうな顔をしてるリゾットを殴りたくないか?」
「そうだな!!」
「はぁっ!?ちょ、お前達何言って…」
「「歯ぁ食いしばれリゾットォォオ!!」」
立場逆転。
今度はオレ達がリゾットを追いかける番だ。
名前が悲しむから、ある程度は手加減してやる。安心しろ。
それからオレは、あまり悪夢を見なくなった。
ジェラート中心だった世界は、名前が加わって仲間が加わって。
オレの世界の中心は、つまりもう数えるのも面倒な数になってきている。
何気に、ちょっとだけ嬉しい。
暗殺チームの人間がこんなんでいいのか甚だ疑問だが、とりあえず今は暗殺チームじゃないから良いことにする。