「ねぇ、カーテンは白のレースと……ピンクか、淡い黄緑が良い!」

「良いんじゃないか?」


仕事を一段落つけたリゾットと名前は、引っ越しをするためにショッピングに来ていた。
大型家電からカップや皿に至る細々とした生活用品まで、一通り揃えなくてはならない。先の休みで大きな買い物を済ませた二人は、細かい物を揃えるべくホームセンターを歩き回っていた。
大きなカートをリゾットが押し、名前が品物を選ぶ。


「うーん……ピンクか……黄緑か……」

「寝室にする部屋を黄緑にして、リビングをピンクにしたらどうだ?」


放っておいたら延々と悩みそうな名前にリゾットがそう言うと、カーテンを手に眉を寄せていた名前はリゾットを振り返って目を丸くした。


「ベネ!!そうしよう」


はた目から見れば、リゾットが元・暗殺チームのリーダーだとは誰も思わないに違いない。
誰がどう見ても、同居の準備を進めるカップルか夫婦である。


「コップも要る?」

「あぁ、アジトにも置いておきたいから、一つ買うかな」

カーテンをカートにいれて、二人は食器のコーナーへ向かう。
ベネチアングラスに心ひかれながら、名前は目当てのマグカップを手にとっては吟味していく。


「色はこれなんだけど…」

薄いピンクのマグカップを手に、名前は難しい顔をする。
何か不満があるらしい。


「どうした?」

「んー…やっぱりこれ小さいよね?カプチーノがちょっとしか注げない」


どうやら毎朝の習慣である、カプチーノの量を心配しているらしい。
確かに名前の朝はたっぷりのカプチーノで始まる。


「こっちの大きいのにしようかなぁ」

大きなマグカップは実用性重視の、なんの飾り気もない白いマグカップ。色違いすらないらしい。
ふと棚の上に大きめサイズの可愛らしいマグカップを見つけて、リゾットはそれを名前に差し出した。


「こんなのもあるぞ」

「ネコ!!」


同じような白いマグカップでも、描かれている黒猫がお気に召したらしい。名前は嬉しそうに、カップに描かれたすまし顔の黒猫を見つめる。


「これはこの色だけ?」

名前からはその棚がよく見えないらしい。
もう型も古いのか…はたまた人気がないのか。名前が気に入ったそのマグカップは上の方の、しかも隅に少し並んでいるだけだ。


「あぁ…青いのがあるな」

奥の方から見つけて取り出すと、なかなか綺麗な青いマグカップが出てきた。
名前が持っていたマグカップと同じく、すました黒猫が描かれている。


「じゃあこれにする。リゾットもこれにしようよ」


リゾットが答える間もなくポンとカーテンの上に二つのカップをのせて、名前は次のコーナーへと急いだ。
シンプルな白い皿をいくつかと、フライパンや鍋をカートにのせていく。


「他にも何か要る?」

「えーっと…あぁ、シーツとスリッパと…タオルに歯ブラシだな」

「じゃあ少し戻らなきゃ」

メモを読み上げながら、カーテンを見ていた辺りまで引き返して真っ白なシーツをカートにのせる。
もうこれ以上のりそうもない。

「次はスリッパね」

「お前が好きそうなのがあるぞ」


名前はリゾットが手にしたスリッパを見て、頬を膨らませた。
気にくわなかったらしい。

「リゾットまで私を子ども扱いするの?」

リゾットが持っていたスリッパを奪い取って棚に戻すと、名前は無難な…いたって普通の物を選んでカートに乗せた。
棚に戻したネコのぬいぐるみにも似たふかふかなスリッパを、名前が少し名残惜しんでいて笑いそうになった。
気になるなら買えばいいのに。
時々ホルマジオが名前を子ども扱いするものだから、"子どもっぽい事"に敏感だ。

(さっきのカップはセーフなのか)

線引きの位置が分かりにくい。そもそも、別にそんな意地をはる必要なんかないのに。

会計を済まして、大荷物を抱えた二人は駐車場へ向かった。


「ギアッチョー開けて」

「げっ、そんなにあるのかよ…」

車で居眠りをしていたギアッチョは、名前とリゾットが抱えた荷物を見てため息をついた。
何が楽しくて、休日返上で二人の新居への引っ越しを手伝わなきゃならないのか。
こっちは二人が引っ越す事で美味しい食事どころか、まともな食事の心配をしなくてはならなくなるのに。


「お願いしまーす」

「はいはい…」

街を少し離れ、リゾットに言われるままハンドルをきる。
緩やかな坂を登った場所に建った小さな木造の家が、これからの二人の新居らしい。


「なんか…」

じっと家を見つめていた名前は、荷物を降ろすリゾットを振り返る。

「どうかしたか?」

「ううん…前来た時も思ったけど、やっぱり私この家スゴく好きになりそう」

「そうか」


嬉しそうに笑う名前につられるように、リゾットは穏やかな表情をする。
にこやかな顔をこそしないが、リゾットもずいぶん柔らかい表情を浮かべるようになった。


「リゾット、これで終わりか?」

「あぁ」

「じゃ、オレは帰るぜ?」

「あぁ、休みの日に悪かったな。グラッツェ」


こんな甘ったるい空気の中に一人で居られるわけがない。
ギアッチョが頭を掻いて車に乗り込むと、名前は駆け寄って笑いかけた。


「グラッツェ、ギアッチョ。また片付いたら遊びに来てね」

「分かった」

嫌とは言えないのがギアッチョの甘いところである。
嬉しそうに笑う名前は、もうギアッチョの言動にビクついたりすることはない。そんな過去があった事も忘れそうなくらいだ。
それが少しだけ嬉しい。

「じゃあな、片付け頑張れよ」




ギアッチョを見送った名前は、荷物を運び込むリゾットを手伝って家へと入った。
木の温かみと、たくさんある窓から射し込む日差しが心地好い。
何より、名前はその空間に今まで感じた事がないほどの安心感を感じた。



「気に入ったか?」

「うん」


リゾットに「隠し事をしている」と言われた時には不安も過ったが、まさか家を用意されているとは思いもよらなかった。
大きな家とは言えないが、二人には贅沢過ぎる広さだ。


「寝室は二階で良いんだよな?」

「うん」

「分かった」

カーテンやシーツを抱えて階段を上がるリゾットに続いて、名前も二階へ頭を覗かせる。
隣にたった木が大きな窓から優しい木漏れ日を部屋へと注ぐ。名前のイメージ通りだった。


「ベネ!スゴく素敵!!」

「気に入ったなら何よりだ」

リゾットはニコニコ笑う名前を抱き締め、チュッと触れるだけのキスを落とした。

「さて、もう一頑張りだな」

「私がカーテンをつけるよ」


名前はカーテンレールのフックに、買ってきたばかりのカーテンを手際よくつけていく。
その横でリゾットはベッドにシーツをかけ、枕やクッションにもカバーをつけた。


「終わったよ」

「あぁ、こっちも出来た」

さすがに手際の良い二人組だ。作業は二人だけとはいえ、サクサク進んでいく。
次に一階に降りた二人は、食器をクッション材から取り出して洗って並べる。
真新しい食器が、水滴でキラキラ光って眩しい。

名前はタオルで手を拭きながら、並べられた二つずつの食器に僅かに胸が高鳴るのを感じた。
これからは二人きりで生活するのだと教えられているようて、知らず知らずの内に緊張してしまう。


「名前」

「へ、っな、何?」

「いや…………


緊張してるのか?」



慌てる名前の頬に、リゾットの大きな手が触れる。
ただでさえ緊張している名前の鼓動が、うるさいほどに早まっていく。


「だって…」

「ん?」


「ずっと…二人なんだと思って…」

唇を尖らせて目を細める名前は、拗ねたようにそう言った。
それが怒っているわけではなく、ただの照れ隠しだと言うことは赤い顔を見れば分かる。


「おいおい、どうするんだ」

呆れたようなリゾットの声に名前が顔を上げると、今にも触れそうな距離にリゾットの顔。
ギュッと抱き寄せられ、名前は身体を強ばらせる。

「まだ片付けは残ってるんだぜ?」


今日はこれ以上片付けが進まないだろう予感をさせながら、リゾットは名前にキスを落とした。


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