自分だけの世界があれば良いのに。
鏡を見つめて、いつもそんな事を考えていた。だから、自分のスタンドの能力には本当に感動したんだ。
「マンインザミラー…オレだけ入る事を許可する」
鏡の世界は良い。
騒がしくないし、煩わしい人間関係もない。
だから、食事の時くらいしか外に出ない。眠る時も、外が煩かったら中で寝る。
「寂しくねーの?」
一度だけ聞かれた事がある。確か、ホルマジオに聞かれた。
「ないよ」
半分嘘だ。
離れるのが寂しく想えるような相手は居ないけど、その事を寂しく思う事はある。
チームの皆は良い奴等だけど、馴れ合うような人間は居ない。多分、みんなそう思って過ごしているんだと思う。
それなのに、飯は一緒に食べる。
変なチーム。
「イルーゾォ!!買い物をお願いしたいんだけど…」
鏡に向かって叫ぶ声に気がついて外を見ると、リゾットが連れてきた変な女が居た。
可愛いけど、変な女。
どう変って、オレをすぐに引っ張り出したがるところが変。
「確か、今日はメローネも居ただろ?」
「イルーゾォにお願いしたいの」
やっぱり変。
とは言え、買い物に行かなければ飯も出来ないみたいだし、仕方なく財布だけポケットに詰めて外に出た。
「ニンジンとキャベツとトマト、あとお魚を」
「はいはい」
メモを渡すだけで良いのに。
そう思いながらそれを受けとると、彼女は本当に嬉しそうに「グラッツェ」と笑う。
何がそんなに彼女を笑顔にさせるのか分からないけれど、そんな彼女の笑顔は嫌いじゃない。
むしろ…。
家を出て、いつもの道を通って小さな店を覗いた。
この店がこの界隈で一番安い。人も少ないし、いわゆる"穴場"だ。多分チームでも知ってる奴はオレとリゾットくらい。
……あぁ、だから頼まれるのか。
「これをくれ」
メモを渡すと、店の主人がせっせとそれを袋に詰めていく。
いつもならその後金を払って終わり。
「あ、いらっしゃい」
「…どうも」
この日は、見たことのない娘が店に居た。
オレを見つけてパッと笑顔になる娘に、戸惑いながらも頭を下げた。
笑顔が、あの変な女と似てる。
「今日のご飯何にするんですか?」
「知らない」
「…あ、彼女が作ってくれるとか?」
「彼女じゃない」
好きか嫌いかと聞かれたら、嫌いではない。でも、じゃあ好きかと聞かれたら、それはそれで答えにくい。
果たして、軟禁してる女を好きになったりしちゃって良いんだろうか。
そもそも、彼女を"女"として見ていないような気もする。
「ウチのお野菜美味しいから、美味しく料理してもらって下さい」
答えあぐねる自分に気づいたんだろう。娘はにっこり笑って袋にリンゴを入れ足してくれた。
「頼んでないけど」
「いつも来てくれるから、サービス」
『余計な事をするな』と言いたかったけど、止めておいた。
いつも見かけなかったのに、ちょくちょく来ている自分に気づいていてくれたのが少し嬉しかった。
リンゴも好きだし。
「グラッツェ」
「どういたしまして。また来て下さいね」
どうせほどなく来る羽目になる。
リンゴのオマケされたなんて知れば、明日も自分買い物に出され兼ねない。
少し遠回りして、リンゴは一人で食べて証拠隠滅した。
「お帰りなさい。遅かったね」
「…そうか?」
「どこかで事件に巻き込まれてるかと思って、心配したよ」
自分を軟禁してる人間の安否を気づかうなんて、どうかしてる。
そう思ったけど言わなかった。彼女のそんなところが、嫌いじゃない最大の要因だったから。
予想通り、オレは彼女に頼まれて買い出しに行くハメになった。それも、ほぼ毎日。
店の主人は体調が芳しくないらしく、娘が店の切り盛りをしていることが多くなっていった。
話せば話すほど、軟禁している彼女と娘は似ている。
顔は似てない。
多分、…そう、雰囲気だ。
明るく、屈託のない笑み。
辛いことがないわけではないだろうに、それを受け止めてなお笑顔でいる強かさ。
少しだけ、二人が好きになった。
自分だけの世界に居ることが減って、外の世界に出かける事も多くなった。
店にいつまでも入り浸るなと、少し痩せた主人に何度か怒られた。
軟禁している彼女は、リゾットの事が好きらしい。
リゾットの前でころころ表情を変える彼女はとても可愛い。リゾットもまんざらでもないようで、分かりにくいけど表情を色々変える。その事に、最近気づいた。
リゾットの彼女(まだ付き合ってないらしいけど)の事は、いつの間にかとても好きになっていた。
鏡の世界から出た世界はとても騒がしいけれど、チームの奴らも以前より好きになった。
だから、外の世界に連れ出してくれた彼女は特別。
恋愛感情ではなく、多分……あれだ。兄妹愛。
連れ出された世界は眩しい。
いつも行く小さな店の娘を、いつからか名前で呼ぶようになっていた。
「名前?」
いつものように買い出しに出かけると、小さな店のシャッターは閉まっていた。
ー本日お休み
それだけ書かれた貼り紙が、数日続けてオレをガッカリさせる。
その日も、仕方なく違う店に行こうと踵を返した。
瞬間、とぼとぼと歩いている名前が視界に入った。
いつも元気に笑う彼女の、小さな背中が気になって追いかける。
「名前!!」
振り向いた名前は、目に涙を浮かべていた。
いつも笑顔の名前の涙に、思わず立ち止まってしまった。
「イルーゾォ…」
ポロポロとこぼれ落ちる涙に、オレは情けない事に逃げ出したくなった。
どう声をかければいい?
何と話しかければ彼女が傷つかない?
「パードレが死んじゃった…」
両手で顔を覆って泣く名前にかける言葉を思い付かなくて、時々リゾットがあの子にしているようにただ黙って抱き締めた。
人と繋がりを持つ事は、気分が荒れて疲れる。
傷つくのも傷つけられるのも、もうしんどい。
それでも、名前をギュッと抱き締めた。
思っていたより細くて小さい身体が、泣きじゃくって震えているのが悲しかった。
「またリンゴをくれよ。今度はちゃんと買うから…。あの店のリンゴは旨いし」
「ウチのはどれも美味しいよ」
涙を浮かべたまま笑う名前の頬を拭う。柔らかい頬の白い肌が、いつもより赤かった。泣いたからだ。
濡れた睫毛を拭う。
自然と目を閉じた名前に、気づくとキスしていた。
柔らかい唇が触れてハッと驚いて見開いた目に、名前の丸く見開かれた目が映る。
「ごめっ…」
顔が熱い。
多分真っ赤だろうな。
挨拶でするキスとも違う、心臓が煩くて仕方ない。
名前が好き。
しかし、それを告げる余裕はない。
言い澱んで口をつぐんでいると、名前が小さく笑った。
今日初めてみた笑顔は、いつもの笑顔より寂しく見えた。
だから、本当なら言いたくないのに今日は言う事にした。
「好きなんだ」
「イルーゾォ…」
「え?わっ…!!」
名前が急に飛びつくもんだから、反応出来ずに二人で転んだ。
尻餅ついて痛いし、手のひら擦りむくし最悪。
だけどまぁ良い。
名前が笑うなら悪い気はしない。
「私もイルーゾォがスゴく好きよ」
そう言って笑う名前をもう一度抱き締めて、それからもう一度キスをした。
自分一人のものではない世界は、もうそんなに嫌いじゃない。
多分、今一人きりの世界にこもるのはとても寂しく感じると思う。
その日は買い出しの事をすっかり忘れて名前と話をしてしまったから、帰ったらリゾットにこってり絞られた。
「まぁ、楽しそうにしてるのは何よりだが、気をつけてくれ」
この瞬間から、リゾットの事も少し好きになった。
この世界には今まで見えていなかった物で溢れていて、もっと好きになれる気がする。
とりあえず、明日のデートが楽しみだ。
fin
現時点では連載考えてないので番外編扱い。
イルーゾォは初々しい感じだと思ったんです。
空