一度目のデートはまだ昼の内に。

名前が休みの日に待ち合わせて、リストランテに行く事にした。
広場の彫像前で待ち合わせて、その5分前には花束を片手に到着した。
名前に何かプレゼントしようと思って立ち寄った花屋で、薦められるままバラの花束を買った。
なに意気込んでんだ。


「チャオ」

「あぁ、チャオ」

時間ぴったりに現れた名前にハグとキスをすると、名前は紅い顔で肩を竦める。
何かあったのかと問いかけると、名前は眉を寄せて唇を尖らせた。
なんだそりゃ。可愛いな。


「……スゴく声をかけづらかった」

「あぁ?なんでだ??」

「だって、みんなプロシュートを見てたもん。スゴく、素敵だから」


これは誉め言葉としてとるべきだろうか。
フンと笑いながら濁して、花束を渡すとさりげなく腰に手を添えた。
これくらいのエスコートは、ギャングのオレにだってできる。


「バラならオレより名前の方が似合ってる」

「う…上手なんだから」

「嘘じゃない。事実だ」

花束から一本抜き取り、茎を少し折って名前の髪に花を飾る。
余裕ぶって笑ったが、こんなクサイ事は普段しないから死ぬほど恥ずかしかった。
メローネがよく”恥ずか死ぬ”と冗談半分に騒ぎ立てていたが、今ならその気持ちも少し分かる。ただし、メローネが恥ずかしくて死ぬことがあるとは信じない。


「どこに行きたいか、希望はあるか?」

「プロシュートがいつも行く所に連れて行って」


名前の事はマジに気に入っている。
見た目も、知りうる限りの中身も申し分ない。今のところは、だが。
名前が「連れて行って」と言うなら、リストランテでもバールでも…当然ホテルへだって連れて行く。


だが

「断る」

「えぇ!?」

「オレがギャングなの分かってるだろ?ロクでもねぇとこにお前を連れて行くわけにはいかねぇ。名前は穢れてないのが良いぜ」


そっと頬を指でなぞると、くすぐったかったのか名前は肩をすくめてギュッと目を閉じた。
正直、今まで相手にしてきた女なんか比にならない。
まだあどけないような…無邪気さとか子どもっぽさが残ったような、名前の頼りない行動がいちいち可愛い。
吸い寄せられるように近づいて、触れるだけのキスをした。
ゆっくりと離れてまつげの触れるような距離で笑うと、名前は真っ赤になってバラを抱きしめた。



「飯でも食うか」

「……うん」


抱えたバラのように真っ赤になった名前の手をひいて、一番近いリストランテへ入った。
何度か来たことがあるその店に入ると、「今度はえらく可愛らしい彼女だな」と親父に笑われた。
あのクソジジィよりにもよって名前の前で…。


「おいおい、彼女を作るのは久しぶりだぜ?」


親父に軽口を返した後で、これは墓穴だったと気づいて後悔した。
彼女じゃない女を連れ回してたとか、墓穴以外の何でもない。親父の発言より自分の発言の方がずっと痛い。


「彼女、久しぶりなの?」

後生だから、その言葉は拾わないでくれ。
とは言え、言ってしまったもんは仕方ない。潔く諦めるか。



「ちょっと手のかかる奴がチームに居てな。他の奴らが丸投げしやがったからオレが世話見てんだ。時間割けなけりゃ付き合っててもワリィと思ってな」

「へぇ」

「ま、そこのところだけ名前に謝らなきゃいけねぇんだが…」

「大丈夫だよ」


椅子を引いてやると、名前は少し戸惑いながらその席に腰かける。
ぎこちない感じが、男馴れしていなくて良い。


「でも、教育って大変そう」

「そうだな。まぁ楽ではないが、そんなもんだろ」

どこで生きていても、長く勤めた人間が新しく入ってきた人間を育てるのは変わらない。ギャングであれ、どこかの会社のサラリーマンであれ変わらない。
そこのところはよく理解していたし、割り切っている。

「反抗的なやつだったらごめんだが、言うことは素直にきく奴だぜ。マンモーニなのが少々厄介だが」

「マンモーニ?ギャングなのに?」

「ああ、そうなんだよな。まあ、色んな奴がいるさ」


メニューを開いて渡そうとすると「オススメを頼んで」と言われたので、この店で気に入っているヴォンゴレのパスタとトマトのサラダ、それにナッツのセミフレッドを注文した。

「世話焼きもいればムッツリ無口なのもいるし、ぎゃーぎゃーやかましい変態やら妙に細かい奴やら・・・カップルもいるな」

「カップル?女の人がいるの?」

「いや、両方男だ」

「おと…っ!?」

「ああ、あれはデキてると思うぜ。まあ個人の嗜好にまで口出す気はねぇけどな」

予想通り吹き出しかけて慌てる名前を笑って眺めて、タバコの火をつけた。
紫煙がゆっくりと立ち昇り、その煙をぼんやりと眺める名前に最近リゾットが連れてきた女を思い出して小さく笑った。

「タバコ、嫌いだったら消すか?」

「ううん、プロシュートのタバコを吸う時の手が好きだから」

「またえらくピンポイントだな」


名前はフフとはにかんで幸せそうに笑う。
監禁中の女といい、名前といい、ギャングの…とりわけ暗殺者の人間に向ける笑顔以上のものを気軽に向ける。
それが眩しくてたまらない。
目を閉じたくてたまらなくて、同時に手に入れたくなる。
感傷に浸るほど、自分の生い立ちを哀れんでいるわけでもない。
今の人生だって悪くはない。仲間だっていい奴らばかりだ。ネンネ揃いだけどな。
店員が運んできたドルチェ以外の料理が並べられ、名前が目を輝かせる。


「ひとつ聞いておきたいんだが…」

名前は疑うことを知らない人間のように、まっすぐ人に顔をむける。
接客中もずっとそうだった。
愛想の悪い客にも嫌な顔ひとつせずに笑顔を向けていた。


「今まで男と付き合ったことあるか?」

その質問に、名前は難しい顔をして首を振った。
思った通りだ。

「よくギャングと付き合う気になったな。いきなりハードル高いぜ?」


皿の上のボンゴレをフォークでつつきながら、名前は難しい顔をしていた。
しばらく何かを考えるようにそうしていたが、意を決したように顔をあげて名前は口を開いた。


「初めてプロシュートを見た時…“この人と付き合いたい”って思ったの」


これには驚いた。
自分に対する名前の態度は他の客と大差ないように見えていたし、事実大差なかった。

「だから、今が夢見たい」

「夢ならもっといい奴を相手にするべきだぜ」

だからって別れるわけではないけれど。
フンと自嘲気味に笑ってパスタを口に運ぶ。
この日に食べた食事は、多分今までで一番美味しかった。
それから取り留めのない日常の話をして、エスプレッソを飲みながらセミフレッドに舌鼓をうつ名前を眺めた。一緒に食事をする人間が、それを本当にうまそうに食うのを見ているのは楽しい。

その後、2人で店を出て、のんびりと散歩をした。
薄暗くなるまで腕を組んで歩いて、他愛もない話ばかりを選んでした。
順を追って、段階的に名前との距離を詰めていく。
そうしなければいけない気がしていた。我ながら、マメすぎて笑える。

家まで送るという申し出は案外あっさり断られた。
気をつけて帰れとキスをすると、名前は名残惜しんでくれるかのようにギュッと抱きついてきた。マジに可愛い。

早くお持ち帰りしたいもんだ。

そう思っていたのに、名前が別れ際に言った「好き」の言葉が、なぜだか少し寂しかった。


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