「ねぇブチャラティ」

名前は眉を寄せて、隣でげんなりと憔悴した様子のブチャラティを肘でつついた。

「言うな…分かってる。だから他言無用なんだ」

フゥとため息をついたブチャラティは、嘲笑するように口を歪める。
こんなブチャラティは初めて見た。

「アバッキオ達は?」

「彼らは早々に根を上げて、フーゴに引きずられながら退室した」


それは致し方ない。
「ふーん」と気のない返事をしながら、目前の光景に目を細めた。


「パードレ、次はこれをしましょう!」

「何だ?」


仲睦まじい親子だ。
トランプやウノにチェスと、あれやこれとっかえひっかえゲームを楽しみ、テレンスお手製のドルチェを食べる。

ただ、一つが決定的に"普通の親子"とは異なり、そのたった一つがブチャラティの神経をすり減らしていく。


「あの親子さぁ…」

メローネが名前の横に寄ってきて、コソッと耳打ちをする。
いつもならそのまま名前に飛び付いてふざけるメローネも、今はそれどころではないらしい。

「距離感おかしくない?」


「ジョルノ、次はお前の番だ」

チェスを楽しむ人間は、普通なら向かい合ってテーブルにつくものだ。
それなのに、ジョルノはDIOの膝にちょこんと乗って駒を動かす。

「パードレですよ」

「ジョルノもなかなかやるな…だがまだまだた」

「あぁっ」

勝負は白熱しているらしい。
真剣な眼差しで盤上を見つめるジョルノに、DIOは柔らかな笑みを浮かべている。
頭を撫でれば、ジョルノは嬉しげに顔を綻ばせる。
見目麗しいため、ニコニコしていれば天使のようだ。

(あれで中身が白ければなぁ…)

名前のそんな願いを知ってか知らずか、ジョルノはDIOに寄りかかって額をグリグリと首筋に擦り付ける。
まるで猫のようだ。


「…親子と言うより「おい」

イルーゾォの呟きを、リゾットが短くたしなめる。

親子の関係がどうだとか、距離感云々はオレ達には関係ない。そう言い切ったリゾットだけが、淡々とテレンスを手伝って仕事をこなす。
さすがのプロシュート兄貴も、綺麗な顔を険しくしたまま口が半開きの状態で固まっている。


「仲が良いのはいいことです」

喜んでいるのはテレンスだけだ。
彼は彼で、親子に何を作ろうかとレシピをひっくり返したり(今度は本物の)ワインを出したりとはしゃいでいた。


「何か…」

名前はそんな光景を見ながら、何かがずっと引っ掛かっている事に気づいた。
記憶の端に、微かな違和感を感じる。


「あ…」

名前は口を半開きにしたプロシュートに駆け寄り、腕を引っ張る。
無声音で耳を貸せと訴える名前に気づいて腰を屈めると、名前は背伸びをしてゴニョゴニョと耳打ちをした。
余談ではあるが、これを見たリゾットが皿を一枚落として割ってテレンスに怒られた。

「あー…なるほど」

プロシュートが頷いた事に満足した様子の名前は、もう一度親子を振り返る。
名前が"仲睦まじい親子"を見るのは、これで二回目だ。
一度目はプロシュートと二人で見た、トリッシュとディアボロ。
名前はジョルノが、二人を偵察に送り込んだ本当の理由が分かった気がしていた。


「ねぇブチャラティ」

「なんだ?」


「ジョルノはずっとDIO様を呼びたかったんじゃない?」

ブチャラティはその言葉に視線を名前からジョルノへ移した。
いつもボスとしての激務に追われて厳しい顔をしているジョルノが、DIOの膝に座って見る影もないほど破顔している。

「そうか…そうかもな」


部下にこんなジョルノを見せられないと奮闘していたブチャラティは、肩の荷が降りたような心地だった。

これが一時的なモノではなくジョルノが待ち望んでいたモノなら、わざわざ隠し通す事もない。
それに冷静に考えてみれば、万が一部下にジョルノのこの緩みきった様子が知れ渡ったとしても、彼の統率力が揺らがされる事はないだろう。
全てがブチャラティの杞憂だったのだ。


「親子とは…良いものだな」

「そうね」

ようやくブチャラティが笑うのを見て、名前も微笑んだ。

「名前も親になる日がくるんだろうか…」

「はぁ?ふざけないでよ、何でそうなるの?」


聞き捨てならないと顔をしかめる名前を、後ろからニュッと伸びた腕が抱き締める。

「親になりたいならならせてやろうか?」


いつの間に飲んだのか、ほのかに酒の香りをさせたメローネが嬉しそうに笑う。
仕事中だぞメローネ。


「酒臭い。嫌よ、ベイビーフェイスが子どもなんて絶対嫌!!」

「じゃあオレの子ども産めよ」

「もっと嫌」

「ベイビーフェイス以下!?」


フンとメローネの腕から抜け出した名前はブチャラティの後ろに隠れる。

「おい、オレを挟むな」

「確かに、ブチャラティじゃメローネを撃退出来ないか」

どういう意味だ。

「ギアッチョ助けてー!」

「おい、オレはメローネ退治の専門じゃねーぞ!」


イライラとがなりながらも、挫けずに名前を追い回すメローネをギアッチョが怒鳴り、キレて止まらないギアッチョをホルマジオがたしなめる。
ブチャラティはその様子を遠巻きに眺めながら、どうやらまだまだお子様な様子の名前にため息をついた。


「お前のところの紅一点はまだまだ手がかかるようだな」

ろくに働いていないメンバーに代わって黙々と仕事をこなすリゾットに声をかけると、黒目がちな目がキッとブチャラティを睨んだ。

「手を出すなよ」

(どうやら…この男も名前の保護者のようだな)

苦笑して両手を挙げたブチャラティに、リゾットは皿を拭きながら「アイツは」と再び口を開く。


「アイツは暗殺には向いてない」

それはそうだろう。
どこにでも溶け込んでしまう名前は、直ぐに気を許す。
そんな彼女が溶け込んだ先の人間を、何の感傷も感じずに殺すとは考えにくい。


「だが、まぁアイツはあれでいいんだろう」

「それには賛成だな」

ジョルノに呼ばれ、メローネを蹴り飛ばして駆け寄る名前を見ながら、ブチャラティは目を細めた。
まるで一家の団らんを見ているような眩しさを感じる。


「溶け込んでしまうというのも、別の使い方もあるだろう」

フフッと笑って言うブチャラティにリゾットは少しの間を置いて、「手を出すなよ」ともう一度釘を刺した。











「なぁに、ジョルノ」

「ボクはそろそろ寝ます」

ジョルノの言葉に眉を寄せたのはDIOだ。

「父を残して寝ると言うのだ」

しかし、普通ならもう寝る時間だろう。
時計は三時を示し、街はとうに眠りについている。
呼ばれた名前も、眠気でぼんやりしていた。


「DIO様は寝ないんですか?」

「朝がくれば眠る」

「あぁ」


夜活動して朝眠るなんて、本当に映画の吸血鬼みたいだな。
名前が分かりましたと頷くと、ジョルノはあくびを一つして笑った。

「ですから、パードレをお願いします」

バカをお言いでないよジョルノさん。
名前は何を言われたのか理解出来ず、目をパチパチと瞬かせた。


「へ?」

「パードレの話し相手になってもらうためにあなた方を呼んだんですから」

ただで豪華な飯を食べさせる為ではないと笑うジョルノに、名前はブルッと震えた。

(黒い…。)

ニコニコと笑うジョルノは、明らかに黒いオーラを纏っている。
言外に「食べましたよね?」と訴えるジョルノに、名前は今すぐ食べた物を吐き出したい気持ちになりながら頷く事しか出来なかった。

まだ朝までは長い。


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