「へ?リゾット?」

リゾットは遂行出来ないであろう指令に、表情を曇らせていた。
ホルマジオが驚くのも無理はない。
名前がここに来て以来、キッチンに立つのは彼女だけだった。それが数年ぶりにリゾットがキッチンに立ち、芳ばしい匂いをさせてベーコンを焼いている。


「…名前は体調不良だ」

「珍しいな…病院に連れて行かなくて良いのか?」

大丈夫だと言えば怪しまれるだろう。
しかし、昨日リゾットが無茶をしたせいで寝ている事は名前に口止めされているし、連れて行くと嘘をついてもバレるに違いない。
上手い言い訳を思いつかずに黙ったままのリゾットを、ホルマジオは何か勘違いした様子で肩を軽く叩く。

「心配なのは分かるが、あんまり落ち込むな。ベーコンが……焦げる焦げるっ!!」

「おっと…」

煙をあげるフライパンは、ホルマジオに「しょうがねーなぁ」と取り上げられた。
リゾットの、"遂行出来ないであろう指令"とはつまり、『名前が起きてこれない理由を隠し通す』事。


(しかし…不可能だな。どう考えても…)

リゾットは焦げたベーコンを皿に乗せながら、小さくため息をついた。


「何か煙たいけど、珍しいな名前が焦がすなんて」

ふわぁと大きなアクビをしながら、メローネがキッチンを覗き込む。

「あれ、リゾット?名前は?」

「名前なら寝てる…が……お前、何だその格好」

「よくぞ聞いてくれました!おニューのパンティを名前に自慢しようと「メタリカで去勢されたくなければ早く服を着ろ」

「そんな…」
「着ろと言ってるんだーっ!!」

朝から何てもん見せるんだ。
脱兎の如く逃げ出したメローネが居た場所を睨み付けるリゾットに、ふと疑惑が過って顔を曇らせた。

「まさか良くある事だとか言わないだろうな」

「それはねーだろ。あったら名前が黙ってねぇよ」

それなら良いと朝食の準備を再開したリゾットに、ホルマジオの視線が痛い。
ホルマジオはサラダに使うレタスをちぎりながら、何故か手元には目もくれずにリゾットをジッと見ていた。

「…何だ?」

「あー…なんだ、名前の飯は?」

何とも歯切れの悪い言葉に首を傾げながら、リゾットは男達の朝食より少な目に盛り付けた皿を指差した。

「病人に出す飯じゃねぇんだよな…。リゾット、嘘をつくなら完璧につけよ」

「どうせバレる」

「そりゃそうだがよぉ。首のそれは隠した方が良いんじゃねーか?」

リゾットの白い肌に赤い跡が何とも生々しい。
名前がみんなに知れたと分かったら、今度は家出じゃすまないだろうな。
ホルマジオは相変わらず女心に疎いリゾットに苦笑いを溢した。

「まぁ良い。後はやるからボスに連絡してこいよ」

ホルマジオの提案にありがたく頷き、リゾットはジョルノのケータイを鳴らす。

『はい、リゾットからなんて珍しいですね』

「名前が体調を崩して…今日は行けそうにないんだが」


前もって準備していたセリフをなぞると、ジョルノはしばらく考えるように間を開けた。

『まさかとは思いますが…貴方が無理をさせたんじゃないでしょうね?』

鋭すぎやしないだろうか。
電話越しに目を泳がせるリゾットは、「別に」と短い言葉を返すのが精一杯だった。


『…仕方ないですね。ではブチャラティに名前を看ておいてもらう事にしますから、皆さんは時間までにこちらに来て下さい』

わざわざブチャラティに来させずとも、こちらのメンバーから選出すれば良い。そのリゾットの提案は、ジョルノにあっさり却下された。

『名前さんが絡む事に関して、そちらの人間は信用できません』

確かに。
家事もろくに出来ない男達が名前の看病など出来るわけもない。

「わかった」


リゾットは電話を切ると、名前に伝える為に朝食を持って部屋へ戻った。

「名前、起きてるか?」

「…うん」

どうやら目覚めた時から様子は変わっていない。
体調も機嫌もすこぶる悪い。

「飯と…ブチャラティが見に来るらしい」

「え!?…誰も居なくても良いのに」

テーブルに皿を置いて作っておいたカプチーノを注いだリゾットは、名前を抱き上げて椅子におろした。

「そう言うな。一人にさせるのは心配だ」

「…もう出ていったりしないよ?」

心配するリゾットの頬にキスをした名前は、自分の為に用意された皿を見て目を丸くした。

「作ったの?」

「焼いただけだ」

ベーコンとプレーンのオムレツに、トマトとレタスが添えられたような可愛らしい朝食が食べられるとは思っていなかった。
トーストにはハチミツがかけられて、甘い匂いが部屋に広がっている。

「すごい…」

「そうでもない。焦がしたしな」

リゾットは自分の皿に乗せたベーコンを見せて肩を竦めた。
確かに少し焦げてはいるが、許容範囲内だろう。カリカリで美味しそうだ。

「他の人が作った朝食なんてスゴく久しぶり!!いただきます」

そう言えば、名前が調理するのを手伝う事はあっても、名前が料理をしない日はない。
元々家事を名前を仕事にしていたのだから当たり前のようにも感じられていたが、今はジョルノの指令もこなしているのだから、任せきりでは割りに合わない気がする。

「当番制に戻すか」

「え!?それは嫌」

「嫌?」

「皆のマードレみたいで楽しいもん」


どうやら名前の中では、リアルなおままごと状態らしい。
ウフフと笑う名前は、得意気に説明をしていく。

「ホルマジオが一番お兄さんで、次がプロシュート。ソルベとジェラート、イルーゾォと続いてメローネとギアッチョで、一番下がペッシなの」

発育の良い末っ子だな。

「まさかそんな設定があったとはな」

「家事は楽しむのが秘訣なの」

「オレが居ないようだが?」


バターを塗ったトーストをかじりながら見つめられて、名前は顔を赤くして目を反らす。

「オレは?」

「…パードレ」

完全に墓穴を掘ってしまった事を真っ赤になって悔やむ名前に、リゾットはフッと笑みを溢した。

「問題児ばかりで大変だな」

「リゾットも含めてね」

「言うようになったな。顔にハチミツ付いてるぞ」

さっさと食べ終えたリゾットは食器を片手に立ち上がり、慌てて口元を拭う名前の頬をペロッと舐める。
「!!!!」

「ハチミツ味だな」

もう顔を洗うしかないらしい。
真っ赤になって固まった名前を残して部屋を出たリゾットは、名前の顔を思い出して一人吹き出した。












「具合はどうだ?」

再びベッドに横になった名前に声をかけると、遠慮がちに手が伸ばされた。

「リゾット、もう行くの?」

「あぁ、そろそろ出ないと」

「そう…行ってらっしゃい」


あからさまにしょんぼりするわけにもいかず、名前は無理に笑顔を作って送り出す。

「なるべく早く帰る。心配するな」

名前の笑顔が僅かに陰っていることを見抜いたリゾットは、優しく名前に口づける。
チュッと音を立ててキスをして、それでも暗い顔をする名前の唇に吸い付き、深く舌を絡めた。

「んっ…わ、分かった!!分かったから、行ってらっしゃいっ!!」


名前を励まそうとしたのか、だんだんその気になったのか怪しいところだ。
リゾットが「ゆっくりしてろ」と笑って出て行くと、名前はベッドに座って膝を抱えた。

全員が出払ってしまった家は静かで、嫌でも孤独を感じる。

そう言えばブチャラティが来ると言っていた。
いつ来るのか聞くのを忘れてしまったが、きっと遅くならないうちに来るだろう。


さっきまでダルかった体が、じんわり痛む気がした。
一人が不安でスワローを出すと、彼女は心配そうに名前を覗き込む。


「歌ヲ歌イマショウカ?」

「ベネ」

名前が横になると、スワローは綺麗な声でメロディを奏でた。
名前が元気がない時に本当の両親が歌ってくれたその歌が、誰も居ない家に静かに滲みる。

それは、名前が眠りについて、ブチャラティが訪れるまで聴こえていた。


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