「いやー、張り切り過ぎて止まりませんでした」

笑うテレンスの隣で、疲れた顔のジェラートが「そうだろうな」と小声で悪態をついた。
ジョルノの邸宅の、パーティーでもできそうな程の大きなテーブルに、所狭しと料理が並ぶ。


「すご…」

名前は本日何度目か分からぬ感想を溢し、美味しそうな香りにお腹を鳴らした。


「名前、腹が減っているならお前も食え。どうせ食いきれん」

「ボクも賛成です」


DIOとジョルノの甘い誘いに、名前はゴクリと喉を鳴らす。
暗殺チームは相変わらずの金銭管理で、今も絶賛強制ダイエット中だった。


「でも…」


最後の理性で踏み止まる名前に、リゾットはアッサリと「貰えるなら食っとけ」と提言する。
リーダーにそう言われてしまえば、後は名前を止めるものなどない。

「いいの?」

「どうぞ」
「テレンスも、お前が食った方が喜ぶだろ」


何をどうすればたったの数十分前に会っただけの他人に、自分が腕にヨリをかけて作り上げた料理を食べて欲しいと思うのか甚だ疑問だ。
テレンスが眉をピクッと動かしたのを、暗殺チームのメンバーは気づかないふりでやり過ごす。


「パードレはこちらにどうぞ」

「あぁ」


さりげなくDIOと名前の間に座ったジョルノは、どことなく落ち着きがない。
まるでご馳走が運ばれてくるのを待つ子どものように、どこかそわそわしている。

「それでは頂きましょう」

「うむ」

「はーい!!いっただっきまーす」


勢い良く食事に取りかかる名前と、ジョルノが注いだワインを優雅に傾けるDIO。
ジョルノはニコニコと幸福そうな笑みを浮かべてパスタをフォークに巻き付ける。

「リゾット、ワイン運ぶの手伝ってくれよ」

ジョルノがニコニコと笑って食事をとる様子を、眉を寄せてじっと見ていたリゾットにソルベが声をかける。
仕事中だった事を思い出して、慌ててソルベが運ぼうとしていたカートを押した。
ふと視線をカートに移すと、なぜか湯煎された赤ワインのボトルに今日の日付が書かれている。


「?」

リゾットは不思議に思いながらカートを押し、DIOにホットワインを差し出す。

「どうぞ」


ここはグラスに注ぐべきかとコルクを抜いたリゾットは、穏やかな団らんの中、一人で恐怖を感じて固まった。

(血だ…)

丁度人肌に温められたワインボトルからは、明らかに血の香り。
よく見ればDIOは食事にはほとんど手をつけず、名前とジョルノが食べる様子を眺めてワインばかり飲んでいる。


「リゾット、注いではくれないのか?」

リゾットが固まっている様子に、DIOは愉しげな笑みを浮かべる。
笑っているのに、温度を奪われるような冷たさを感じた。

「失礼…」

「パードレ、あんまり皆さんの反応で遊ばないで下さい!!」

「ぬ、すまん」


素直に謝るDIOは、ワイングラスに注がれた血をゆったりと口にする。
吸血鬼だと信じざるを得ないホラーな光景と、ちぐはぐなほどに和やかな親子にリゾットは困惑を隠せない。


「名前、美味しいですか?」

「うん、ブォーノ!!」

「テレンス、良かったではないか」

「この食べっぷり…、うぅ…頑張ったかいがあります。いつもいつも残されて…くぅっ…」



「「作り過ぎなんだよ」」

ボソッと呟いたソルベとジェラートの隣で、ペッシも頷く。

「でも、流石にこれは食べきれないよ」

「そうですか…ブチャラティ、やっぱり皆さんで食べましょう」


ジョルノの言葉に素早い反応をしたのは暗殺チームだ。
ゴクリと唾を飲み、眩しい物でも見つめるように目を細める。
「自分達は食べられない」と思って見るのと、「食べても良いのかも」と思って見るのは全く違う。


「…お前達はどんな生活をしているんだ」

呆れるDIOに、ジョルノは苦笑を溢した。

「みんなが食費を使い込んだから、ここしばらくトマトパスタしか食べてないのよ」

「名前…あまりチームの恥を言いふらすな」

リゾットにたしなめられて、名前は肩を竦める。
そうは言っても事実なのだから仕方ない。
と言うかトマトパスタってなんだ。


「あ、私とリゾットは使い込んだりしないわよ?」

「本当に不思議なチームですね。…まぁ皆さん、食べて下さい」


戦闘の火蓋は切られた。
「グラッツェ」と口々に礼を告げ、我先にとテレンスの手料理を口に運ぶ。

「おい、これマジにうめーな!」

「え?どれどれ?オレにもちょーだい!」
「メローネ!!うろちょろすんな!!」

ホルマジオに駆け寄るメローネに、ギアッチョの怒号が飛ぶ。
その隣ではプロシュートが「ペッシ、ペッシペッシよぉ…。いくら許可されても肉ばっかり食っちゃ良くねぇ。野菜も食え」と甲斐甲斐しくペッシの面倒を見ている。
しかしプロシュートは、時々"兄貴"と言うより"オカン"になっては居ないだろうか。

「兄貴、分かったよ」

ペッシ、お前も鵜呑みにし過ぎだ。
サバイバルディナー戦にオロオロするイルーゾォに、ホルマジオは「しょうがねーなぁ」と料理を取り分ける。
ソルベとジェラートは二人で何か話をしながら、楽しんでいる様子でクスクス笑う。
リゾットはDIOの食事に驚かされた後であるにも関わらず、平然とした様子で黙々と食事を平らげていく。



「暗殺チームと言うのは、仲良しグループの事か?」

「何故だろう…違うと言い切れない何かを感じる…」

「名前、そこは否定してあげた方が良かったんじゃないですか?」


ジョルノに笑われた名前は、DIOをチラッと見て笑った。
まるで親しい人間に相対するような名前の仕草に、DIOは目を細めた。


「しかし賑やかな食卓ですね」

ジョルノは久々の賑やかな食事風景を、優しい笑みを浮かべて眺める。
ナランチャやフーゴ、それにアバッキオとミスタがいつも騒がしく話をしながら食事をしていたが、彼らとも久しく食卓を囲んでいない。
いつも一緒に居るブチャラティとだって、久しく食事の席を共にしていない気がする。

「ブチャラティ、食べないんですか?」

「…あぁ、頂こう」

呆気に取られていたブチャラティも食事に加わり、DIOに呼ばれたテレンスも食卓につく。
DIOとジョルノの接待にと増やした人員のはずが、いつの間にか大家族の食事風景のようになっていた。

「やっぱり、皆で食べるのが一番だねー」


名前が楽しそうに笑う様子を、DIOは冷静に観察する。
そう、いつの間にか"名前が最も好む状況"になっていたのだ。


「面白い…」

「へ?何ですか?DIO様」


目を丸くして振り向く名前に、DIOは妖しく笑って宣言した。

「名前を観察するために、しばらくここに住む」

「本当ですか!?パードレ!!」

喜ぶジョルノの隣で、ブチャラティだけは遠い目をしていた。


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