「で?どうだったんだ?」

メローネに覗き込まれて、名前は飲みかけのスパークリングワインをテーブルに置いた。


リゾットと帰宅して、ヴェネチアに泊まる事を連絡しなかった事をジェラートに叱られ、そのまま夕食を兼ねてパーティー状態になっていた。
お土産を渡しきった名前は、ジェラートのお小言から逃れてメローネの隣に座っていた。

「どうだった…って?」

「とぼけるなよぉ、ため息橋の下でキスした?」


楽しそうに目を輝かせるメローネに、名前は「あぁ…」と苦笑した。
したにはしたが、その流れを説明するのは少し気恥ずかしい。
嫉妬に涙する自分の話なんて、みっともなくてしたくなかった。

「……何かあったのか?」

しかしそこはさすがのメローネだ。
名前が複雑な表情を浮かべるのを見逃さず、表情を真剣なものに変える。


「…この前、リゾットと一緒に居た女の人の話したでしょ?」

「あぁ」


「リゾット、ヴェネチアであの人にキスされてた…」

「マジかよ!?羨ま…マジかよ…」

「本音出てる」


笑ってごまかすメローネに、名前は小さく笑い返して続ける。

「その人、私を見て笑ったの。見せつけるみたいに…」


自信に満ちた表情に、引き締まった綺麗な身体。
リゾットにふさわしいのは私だと主張しているように見えて、………何より「似合う」と思ってしまった。


「私ももっと魅力的だったらなぁ」


リゾットの役に立つ何かが出来るわけでもない。
身体だって、特筆するべき魅力があるとも言い難い。

「名前はディ・モールト魅力的だよ」

「グラッツェ」

「信じてないだろ」

「だって…」


リゾットと居ると、とても幸せな気持ちになれる。
日だまりに寝転がるような、ホッと出来る暖かさを感じる。
彼女の挑発的な笑みを見たとき、名前は「リゾットを失う可能性」が存在する事に初めて気づいた。
呑気に構えていれば、もっと魅力的な人に奪われる事だってあり得るのだ。


「じゃーさ、リゾットをもっと名前に溺れさせちゃえよ」

笑うメローネに、名前は目を丸くした。

「どうやって?」


ホルマジオやプロシュートと酒を飲むリゾットをチラリと伺って、メローネは「良い考えがある」と笑った。












名前は次の休日を待って、朝早くベッドを抜け出した。
とは言え、リゾットが目を覚まさないはずはない。


「どこに行くんだ?」

「…ちょっと…散歩」

「待ってろ、オレ「ダメ!リゾットは来ないで!!」

名前は慌ててバックを掴み、起き抜けのまま部屋を飛び出した。
そんな事態を想定して、服は前日の内にメローネの部屋に置いてある。

「とびきりおめかししろよ?」と言うメローネの指示通り、名前の一張羅を準備しておいた。


「チャオ、約束通りだな。あっちで着替えなよ」

「グラッツェ」


リゾットに見つからない内に出なければいけない。
急いで身支度を整え、「念には念を入れて」と提案された通りに窓から外に出た。

「後ろに乗るの?」

バイクなんか乗ったことがない名前は、渡されたヘルメットを手に肩を竦めた。

「大丈夫だって。ほら、早くメット被って」

コツが分からずあたふたする名前に、メローネがヘルメットを被せてベルトを留める。


「重い」

「そりゃあね。名前、足はここね」

なんとか名前が後部席に座ると、メローネはヒラッと身軽に飛び乗り、名前の手を腰に回させる。

「しっかり掴まってろよ?」

エンジンがうねりを上げ、名前は慌ててメローネにしがみついた。
そりゃあもう振り落とされない為に必死だった。


そんな名前を、リゾットは窓から見ていた。
追い付こうと思えば追いつけるのに、リゾットは黙ってそれを見ていた。

名前が大切にしていたお気に入りの服を着てメローネと出かける様子を見て、じりじりと身を焦がすような嫉妬心をぶつけずに名前を呼び止める自信がなかった。




「リゾット、見てるな」

「え?何?聞こえない!!」


メローネはミラー越しにリゾットを確認して笑った。
名前には言ってなかったが、メローネには色々な計算があった。
リゾットが怒り心頭で名前の帰りを待つだろう事も、メローネの計算の内だった。

(痛い目見るだろうけどな…)


「メローネ、買い物って…何買うの?」

エンジン音に負けないように声を張り上げる名前に、メローネはニヤリと笑って答えた。


「ランジェリーだよ」

「へっ!?」


「とびきりセクシーな下着が必要だ」

メローネに任せたのがそもそもの間違いなのだ。今さらそう気づいてももう遅い。
バイクは発進し、落とされないようにしがみついている間に、目的のランジェリーショップに着いてしまった。

「と言うか、どうしてこんな店を知ってるの?」

「聞きたい?」
「結構です」


半ば引きずられるように店に入ると、名前の目にフリルやレースを贅沢にあしらったランジェリーが飛び込んだ。

「ちょっと彼女に似合うの見てくれない?」

「はい」

メローネに店の奥へ引きずられ、店員は狼狽える名前を手際よく採寸していく。

「どんなものが好みですか?」

「え?…あー…派手でないもので」

「かしこまりました「駄目だね。可愛いけど色っぽいものをお願い」


戸惑う名前を他所に、メローネが店員に細かな注文を着けていく。

「露出の多くない、シースルーのベビードールとか…あぁ、色は濃くない方が良いと思う」

「ではこんなものはいかがでしょう?」

「んー…ちょっと子どもっぽいかな。これでも彼女は成人してるし」

「えぇ!?……っと、失礼しました」


聞き捨てならない言葉にムッとした名前は、メローネと店員があーでもないこうでもないと話し合うのを椅子に座ったまま睨んだ。

落ち着いてよく見れば、どれもこれもとても女らしくて可愛い。
色っぽいものもたくさんある。

(そうか…みんなこんなのを着てるのか…)


周りに女の子が居ないために、そんな当たり前な情報が名前にはない。
リゾットに捕らわれる以前も、そんな金銭的余裕は名前にはなかった。
養父母にはあったのかも知れないが…。


「ベネ!!これが良いぜ!!名前、着てみな!!」

差し出された淡いピンクのランジェリーに、名前は狼狽えた。
まるで絵本の中で妖精が着ているような、フワッと軽いベビードール。
シルクにたっぷりと刺繍が入り、上品なレース使いのブラジャーとショーツ。


「これ…着るの?」

「きっとお似合いですよ」

メローネに感化されたのか、店員は名前が来た時よりも興奮気味に勧めてくる。

試着室に押し込まれた名前は、しぶしぶ着替えていく。
全身鏡に写し出される自分の姿は、今までのランジェリーだと確かに色気に欠ける。
しかし…


「これ…布の面積小さくない?」

慎ましすぎる。
いつものものより面積の小さい下着に、シースルーのベビードールが色っぽさを引き立てる。

「こんなの…」

(リゾットに見られたら恥ずかしい…)


考えただけで顔が赤くなる。
慌てて着替えて試着室を飛び出した。


「サイズどうだった?」

「あぅ…さ、サイズは良いけど「じゃあこれ下さい」

「ありがとうございます」
「ま、待って!」

トントン拍子で進む会話に着いていけない。
こうなったら、速攻でクロークの奥行きだ。


「クロークの奥に隠したりしたら駄目だぜ?」

「うっ…」


ギクッと固まった名前に、メローネはニッコリ微笑む。

「あの女に勝ちたいだろ?リゾット…誰にも渡さないなら努力しないとな」

メローネは綺麗な顔で妖しく笑って名前を挑発する。

(そうだった…)

恥ずかしいとばかり言っては居られない。
リゾットから与えられる幸せに満足しているだけでは、誰かに奪われてしまう。

「分かった。買う…」

「ベネ、良い子だな」


ウフフと笑うメローネは、名前が意を決した様子を心底楽し気に眺めていた。
自分の趣味ではないが、店員と選んだランジェリーはきっと名前によく似合う。
リゾットがそれを見た時の反応を直に見れないのが、とても残念だ。

(きっと驚くだろうなぁ)


「お姉さん、タグ外しといて」

「メローネ?」


首を傾げる名前に、メローネはそっと耳打ちをした。














リゾットは新聞をテーブルに投げ、頭を抱えていた。
目を閉じると名前がメローネと出かける後ろ姿がちらつき、苛々する。

(何を考えているんだ…)

ずっと一緒に居るのに、名前の思考が読めない。
一緒に居たいと言う癖に他の男と出掛けてしまう名前に、リゾットは完全に振り回されていた。


「リゾット居るかー?」

ノックの音と共にホルマジオの声がして、リゾットはソファーに体を投げたまま短く「何だ」と返す。

「メローネが呼んでる」

「は?メローネ?」

(帰ってたのか…)


眉間に深いシワを刻んだまま立ち上がってドアを開けると、ホルマジオに「恐い顔すんな。しょうがねー奴だな」とたしなめられた。
放っておいて欲しい。


「リゾット、ただいま「名前はどこだ?」

「えー!?開口一番にそれ?」

自室のソファーにゆったり腰かけたメローネに、リゾットは苛立ちを隠せず掴みかかる。


「何を考えてる?」

「嫌だなリゾット、見くびらないでくれよ。オレは二人の味方だよー?」

「……オレに見せつけるように名前と出かけておいて良く言うな」

「バレた?まぁ、それは作戦だったから…」


首元を掴まれたままヘラヘラ笑うメローネを、ソファーに突き飛ばした。
メローネ相手に苛々した自分がバカらしい。

「あれ?おとがめなし?」

「部屋から出て行け」

「え…ここ、オレの部屋…「これで"作戦通り"だろ?」


その言葉に、メローネは驚嘆した。
流石はリーダーと舌を巻くしかない。

「オレの事良く分かってるのね」

「まぁな。冷静になれば分かる。……おい、盗撮なんか趣味悪いぞ」

「あぁっ!!リゾットが驚く顔見たかっただけなのに!!」

「嘘だな。お前がそれで満足するわけがない」


「本当…よく分かってらっしゃる…」


ガックリ項垂れるメローネに、リゾットは口の端をつり上げた。


「何年お前らのリーダーしてると思ってんだ?」

「ごもっともです…」

仕方なくカメラを手に部屋を出ようとすると、「これも」と鏡を渡された。
リゾットを驚かす為にメローネの部屋でシャワーを浴びている名前は、出てきた時にリゾットが居るのを見て驚くに違いない。


「作戦失敗…逆ドッキリになっちゃったなぁ」


メローネは頭をかいて、「まぁそれもベネ」と開き直った。
覗く術も他にないし、しばらく部屋には戻れないしと、仕方なくメローネはギアッチョの部屋をノックした。


/



68


- ナノ -