名前は手元に配られた指示書を眺めて、うーんと唸り声をあげていた。
「夜って…」
スーツを着て、どうして夕方から仕事なのか…。
リゾットに訪ねても、「さぁ」と首を傾げるだけだった。
時間まで色々なパターンを想定した名前は、エントランスで他のメンバーと合流してジョルノの邸宅へ向かった。
「待っていたぞ」
ブチャラティに迎え入れられた名前が詳しい説明を求めると、ブチャラティはため息をついた。
「ある要人が来ているから、接待をしてくれ」
「接待?それだけ?」
一体、リゾットチームを何だと思っているのだろう。
暗殺チームであるはずのリゾットチームにくる指示が、前回あたりから何かおかしい。
「ここで見た事は、絶対に他言無用だ」
これには聞き覚えがある。
「まぁキミ等なら他に漏れる事もないだろう」
成る程、理由は全て分かった。
確かにシマを持たないリゾットチームは他チームとの交流も少なく、パッショーネ全体から見ても異質な存在だ。
チーム内での情報のやり取りはあっても、チームの外に漏れるような事は最も起こり得ない。
「要人というのは?」
不満を露に黙り込む名前の代わりに、リゾットがブチャラティに質問を投げ掛ける。
「DIO…いや、"DIO様"と呼ぶべきだ。彼は恐ろしい」
この言葉に、リゾットチームは多種多様な反応を見せた。
名前とリゾットとプロシュートは「へぇ…」と呟き、メローネとソルベとジェラートは「楽しそうだ」と笑みを浮かべる。
ホルマジオとギアッチョはさして興味なさそうに「ふーん」とブチャラティを見ていたが、その隣でイルーゾォとペッシはブルッと震えていた。
「DIO様って、パッショーネの何なんですか?」
平然とした名前に訪ねられ、ブチャラティはチラッと奥のドアを見た。
「ジョルノの父親だ」
これにはリゾットチーム全体がどよめいた。
若くしてボスの座まで上り詰めたカリスマ性溢れるジョルノの父親に、興味が湧かないわけがない。
「いいか、何を見ても平然としていろ」
ブチャラティは浮わついた彼らに、無駄だとわかっていながら釘を刺す。
ブチャラティの言葉に頷いたリゾットチームは、ブチャラティに引き連れられて大きなドアの中へと入った。
厚手のカーテンがきっちり閉められた部屋には、煌々と明かりが灯されている。
きらびやかな装飾品が並び、そのどれもこれもが一級品の輝きを放っていた。
「すご…」
ゴクリと生唾を飲む名前の耳に、楽しげに話すジョルノの声が飛び込んだ。
「…そうですか?」
部屋の真ん中に大きなソファーが設置され、ゆったりと腰かける謎の金髪頭に、ジョルノの柔らかく微笑む横顔。
絵に描いたような麗しさを放つ光景に、名前は再びゴクッと喉を鳴らした。
「あなた方が暗殺チームですか?」
不意に横から見たことのない男に声をかけられ、メンバーは一瞬警戒心を露にした。
これにはブチャラティが間に入り、手短に説明をする。
「DIO様の執事をされている、テレンスさんだ」
執事と呼ぶには妙ちきりんな格好をしたテレンスを、名前はゆっくり観察した。
奇妙なメイクに、頭に巻かれた奇妙な布。
何を取っても、今一つ"執事らしさ"に欠ける。
間違いなくイタリアーノではない。
まぁしかし、ブチャラティが言うのだから、確かにDIOの執事なのだろう。
「名前です」
順に名前を名乗り、テレンスに手を差し出す。
「丁度手をお借りしたかったんです。
ちょっと張り切り過ぎてしまいまして」
「男手がいいですか?」
「えぇ、それが助かります」
リゾットに指示され、ペッシとソルベとジェラートの三人がテレンスに連れられて部屋を出る。
残された七人は、何をすれば良いのかとブチャラティに視線を送ったその時だった。
「名前さん」
ジョルノに呼ばれた名前はソファーを振り返り、思わず「わぁ」と小さく息をついた。
ジョルノの美人さを知っては居たが、隣に座ったその男もかなりの美人だった。
白磁のような滑らかな肌に綺麗な金髪がサラサラとかかり、切れ長の赤い眼は目が合うだけで貫かれて殺されそうな…全てを甘く虜にしてしまうような気配を漂わせている。
どんな美辞麗句を並べても言い表せられない、この世のものとは思えない妖しい美しさを持つその男は、「お前が名前か」と短く問いかけた。
時が止まったようにジッと凝視していた名前は、慌てて頭を下げた。
「は、はい…。申し遅れました。えっと…名前と申します」
しどろもどろになる自分に赤面すると、ジョルノが笑って「こちらに来て下さい」と名前を呼んだ。
ソファーの近くに立つと、二人の麗しさに逃げ出したくなる。
(近くで見ても美人だ)
プロシュート兄貴とはまた違う美しさを兼ね備えたその男に、名前は愛想を振り撒くのも忘れて見とれる。
「パードレ、こちらが名前です。
名前、こちらはボクの父親。ディオ・ブランドーです」
「お会い出来て光栄です。DIO様」
そうか、やっぱりこの人が父親か。
そう納得しながらも、名前は内心で首を傾げた。
DIOはどう見ても、ジョルノの父親と言うにはあまりに若く美しい。
「パードレ、他のメンバーも一応紹介します」
"一応"というのが気になるが、ジョルノに呼ばれて残されていた六人もぞろぞろとソファーに近づいた。
適当に並んだメンバーを、ジョルノが一人ずつDIOに紹介していく。
「暗殺チームリーダーのリゾットです」
「どうも」
「彼がプロシュート」
「ブォナセーラ」
「隣がホルマジオ」
「初めまして」
「イルーゾォ」
「ど、どうも」
「ギアッチョ」
「どうも」
「そしてメローネです」
「チャオ」
「チャオ」ってメローネ、物怖じしないのはアンタだけだよ。
いや、リゾットも通常運転の無表情か。
「後のメンバーは?」
「今、テレンスと言う執事の手伝いに行っている」
「そうですか」
リゾットの説明に納得して頷くジョルノを他所に、DIOはグルッとメンバーを見渡して値踏みするような視線を送る。
「全員スタンド使いか」
フンと笑うDIOの言葉に、皆が一様に固まって表情を険しくした。
「さすがパードレ」
喜ぶなジョルノ。
仮にも部下の事ですよ。
「フ…、あまり簡単にカマをかけられるんじゃないぞ、お前達」
「カマを…!?」
してやられた…。
しかし、息子に褒められて、ほんのり得意気な顔をしないで下さい。
「能力までは分からないですよね?」
何でも知っているような余裕が怖い。
名前が怯えるように訪ねると、DIOは妖しく笑う。
「どんなスタンドでも関係ない」
「ムカつく!!リゾット、この人ムカつくよ!!」
"要人"を相手にしているのを忘れて、名前は悔しいとリゾットのネクタイを掴んでガクガクと振り回す。
「名前、落ち着け」
「リゾット、どさくさに紛れて名前を抱き締めるな!お前が落ち着け」
暗殺チームでは定着しつつあったドタバタ劇だが、初めてそれを目撃したブチャラティとジョルノはただ目を丸くする。
DIOは紅茶を優雅に飲みながら、まるでテレビでも見るように暗殺チームを眺めていた。
「無表情に名前を溺愛しやがって…」
「ホルマジオ、リゾットの表情の変化分からないの?」
ホルマジオはチラッとリゾットを見て、名前にきっぱりと告げる。
「そんなもの、分からねーよ!!」
「あぁ!リゾット落ち込んだよ!?どうするのよ」
どうするもこうするも、どこが落ち込んでいるのか分からない。
むしろ、どう変化したのか分からない。
「お前達はコントでもしているのか?」
「ちがーう!!」
不思議と名前に怒鳴られる事に不快感はない。
仔猫が戯れに手を引っ掻いた時のような、「仕方ない」と許容してしまう感情が湧く。
なるほど。
DIOは何やら喚き続ける名前を眺めて、全ての事象に納得するように一人頷いた。
ジョルノが急に自分を呼び寄せたり、暗殺チームがコント集団のように平和な雰囲気を漂わせたり。
全ての事には原因がある。
「名前と言ったな」
「……何ですか?」
ムスッとした名前は、とても接待という仕事をするような様子ではない。
「もう少しこちらに来い」
「来い」と言うだけで来させてしまうのがDIOの凄いところだ。
「何ですか?」
もう一歩の所で立ち止まり、名前はソファーに腰かけたDIOをジッと見下ろす。
「お前の力が分かった」
「もうカマをかけても無駄ですよ」
「お前は引力だ。人と人を引き寄せ、結ぶ」
不貞腐れていた名前も、流石に絶句した。
スタンドを出したわけでもないのに、何故?
困惑する名前の頬を、DIOの大きな手がフニフニと擽る。
「パードレ、どうしてそう思ったのですか?」
「ジョルノ、コイツは無意識に力を使えるのだ。スタンドの力は、名前が無意識に使う力を強力にしたものに過ぎない」
「…なるほど」
スタンドとは持ち主の生命エネルギーが派生させるもの。
ゲーム好きはそれに関連したスタンドを派生させるし、精神力が強靭であればスタンドも強い。
「確かに、名前さんは皆さんを和ませるようですね」
ジョルノは納得したように笑って、名前を手放すようにDIOに伝えた。
言われて見れば、DIOが名前に触れていると暗殺チームから微かな殺気が漂っている。
「あぁそうだ。パードレ、食事はボクと同じでいいのですか?」
「やむを得んだろう」
「あれ?違うのがいいなら、私が作りましょうか?」
幸い料理は得意だ。
名前が提案して、DIOはニマリと笑った。
「ほう、吸血鬼であるこのDIOに何を出すのだ?」
「吸血…鬼………」
サッと青くなった名前は慌ててリゾットの後ろへ隠れる。
「これで大丈夫」と安心した名前は少し考えて、ギアッチョとメローネの後ろへ隠れ直した。
「リーダーじゃ駄目だってよ」
笑うプロシュートに、名前は頬を膨らませた。
「違うよ!若い方が良いのかと思って」
どちらにしてもリゾットはダメージを免れれそうにもない。
「安心しろ。お前を捕って食べたりしない。
お前が"引力"なら、味方にしておいた方が良いからな」
何を言われているのか分からず、名前は眉を寄せた。
「DIO様、ジョルノ様、お食事の準備が整いました」
テレンスが恭しく頭を下げ、その後ろでペッシとソルベとジェラートがげんなりした顔をしていた。
よほどこき使われたようだ。
それに引き換え、こちらのメンバーは雑談をしていただけなので少し申し訳ない気持ちになる。
「行きましょうパードレ」
「そうだな」
DIOと相対している時のジョルノはいつもの聡明さも影を潜め、どこか年相応な子どもらしさを醸し出している。
「ブチャラティ、ジョルノの子どもっぽい所を他人に漏らしたくなかったの?」
だとしたら、子ども好きな彼らしくない。
「いや、それは良い。これくらいなら良いんだ。家族とはそうゆうものだからな」
楽しげに先を歩くジョルノを見つめるブチャラティは、どこか老け込んだ様子でため息をついた。