「今回の貴女の仕事ですが、ボクが言う人物が他に誰と繋がっているか教えて下さい」
「それだけ?」
「あとは、ボクが指示する通りに結んで下さい」
名前は頷き、側に立っていたブチャラティは「なるほど」と呟いた。
ジョルノは先日、「名前さんの組織にとっての価値が上がった」と言った。
ジョルノは以前の名前を、"縁を手繰れる能力を利用されるのは非常に厄介で面倒"と言う理由からパッショーネで保護する事にしていた。
しかし今は違う。
名前が無関係だった縁を結べると言うことは、パッショーネの利害に直接関わってくる事になる。
例えば、今回のパーティーもそうだ。
闇から社会を牛耳る大物ばかりが集まる場所で、ジョルノが望むままに名前が力をふるえば、ジョルノの人脈を広げてパッショーネの勢力を拡大することだって出来る。
「ジョルノ」
「どうかしましたか?」
「私の力、ジョルノならきっと良いことに使ってくれるって信じてるね」
「もちろん、貴女を悲しませる結果にはしません」
ジョルノは名前の頬を撫で、フロアーの影から一歩出て名前に手を差し出した。
「名前、手を」
名前にとって初めての、スタンドを使った仕事が始まる。
「先ずはあの男です」
「今話してる女の人と、あっちでシャンパンを飲んでる人」
ジョルノの言う人物が繋がっている人物を、名前が見つけて教えていく。
ジョルノは名前に教えるようにそれぞれの名前を言い、隠し持った通信機でブチャラティに連絡する。
「あ…あのシャンパンを配ってる人も繋がってる」
袖触り合うも他生の縁と言うように、縁にも色々ある。
たまたま居合わせただけ。
前世で関係のあったもの。
今、繋がっているもの。
名前が読み上げるのは、今の濃い繋がりだけだ。
「ブチャラティに調べて貰いましょう。では、あちらの女性」
ジョルノは呼び止められては立ち止まり、少し話をしてまた歩き出す。
話かけてくるのは、パッショーネの恩恵に預かりたい小物組織だとジョルノがこっそり教えてくれた。
名前について「彼女ですか?」と聞かれると、「まだ、ただの部下ですよ」と意味深に笑って答えた。
「どうして?」
「彼らは娘をボクに嫁がせたいんですよ。リゾットには申し訳ないですが、名前を盾にさせて貰います」
「大変ね、ボスも…」
感心する名前にジョルノは苦笑いを返して、フロアー全てのターゲットをチェックしていく。
ジョルノのリスト全てをこなす頃には、名前は馴れないドレスとヒールでぐったりしていた。
「お疲れ様です」
ジョルノが差し出した冷たい飲み物を飲み干し、名前はようやく人心地がついた。
「貴女のお陰で、裏組織の全容が解明出来ましたよ。
約束通り、後は貴女に付き合いましょう」
「グラッツェ!すぐ支度する」
名前が大喜びで立ち上がり、着替えの為に走る後ろ姿をジョルノとブチャラティは笑って見送った。
「彼女の良さだな。あの明るさは」
「名前に気があるんですか?」
「まさかだろ。リゾットには殺されたくない」
二人はフフッと笑い、ブチャラティはデータを整理する為に用意した部屋へ踵を返す。
「ジョルノ、本当に一人で行くのか?」
「ナランチャを呼んでありますから」
「そうか。なら安心だな」
ジョルノは着替えに、ブチャラティはデータを纏めに向かう。
ジョルノと名前が再び待ち合わせてパーティー会場を出る頃、リゾットは息絶える最後のターゲットを冷たく眺めてため息をついていた。
「さすが元・暗チリーダーね」
一々「元」を強調する事で、精神を逆撫でさせる意図が見え透いて苛々する。
しかし、見え透いた安い挑発に乗るようなリゾットではない。
ヴェネチアのカーニバルに紛れる為の仮面とマントも、本来ならリゾットには必要ない。
フレッドに合わせながらの仕事内容も癪にさわる。
「終わったな」
「えぇ、アイツで最後よ」
「ならばオレは帰る」
息絶える命を見ながら、リゾットは名前の事を考えていた。
いつまでも放っておくのは、どうにも性に合わないらしい。
謝ってもいい。力ずくでも仕方ない。
名前を抱き締めたかった。
「つまらない男ね」
「何とでも言え」
「意地でも振り向かせたくなるわ」
「は?」
帰ろうと人混みを掻き分けて駅に向かっていたリゾットは、自分の耳を疑って振り返った。
振り向かせたくなる?
意味が分からない。
真意が見えない。
ペロッとしたなめずりしたフレッドに、リゾットの本能が警鐘を鳴らした瞬間ー。
「な…」
リゾットの唇に、無遠慮にフレッドのそれが重ねられる。
柔らかな感触と、近すぎる距離のフレッド。
目元を隠す仮面同士がぶつかり、カチンと無機質な音を立てた。
「ヒュー、熱いね」と歓声が起き、慌ててフレッドを押し返したリゾットの目に、立ち尽くす名前の姿が映る。
「……名前」
目を見張るリゾットの視線を追って振り返ったフレッドが、挑発的な笑みを浮かべて仮面を外すと、名前は弾かれたように人混みを掻き分けて走り出した。
「名前!!」
「駄目よリゾット。あんな女じゃ釣り合わないわ」
「離せ。さもなくば殺す」
フレッドの手を振りほどき、リゾットは名前が走った方向へ人混みを掻き分けて走り出す。
あちこちで人にぶつかり、怪訝な顔睨まれても名前は走った。
「ごめんなさい」
名前はそれでも謝りながら、ひたすら走る。
ジョルノの仕事がヴェネチアであると聞いて、ワガママを言って着いてきたくせに、後悔でいっぱいだった。
見なければ良かった。
見なければ、今日こそ謝れたのに。
昨日も今日も、あの知らない女に心を掻き乱される。
泣きながら走る名前に、何人かが「大丈夫?」と声をかけてくれる。
「名前?どうしたんですか?」
「どうしたんだよ」
少し離れて見ていたジョルノとナランチャはようやく名前に追いつき、泣きじゃくる名前の腕を掴む。
リゾットを見つける事の出来ていなかった二人は、名前が泣いている理由が分からない。
ふと、エアロスミスを出現させたままにしていたナランチャが、険しい顔で名前を伺った。
「名前、誰かに追われてるのか?」
ナランチャの言葉に名前は慌ててジョルノの手を引いき、近くの水路に停められたゴンドラに飛び乗った。
「おい、今休憩中なんだが」
「っ、出して下さい!!」
事情は分からないが、一先ず名前のやりたいようにやらせるしかない。
ジョルノはゴンドリエーレにチップを握らせ、「適当に走らせて下さい」と頼んだ。
ゴンドラは泣きじゃくる名前と困惑したジョルノを乗せて、ゆっくり水路を進む。
名前は流れる景色には目もくれず、膝を抱えて泣いていた。
「リゾットには会えましたか?」
名前がリゾットを見つけられないわけがない。
誰かを見つけるのは、名前の専売特許だ。
顔を上げない名前は、頷いてジョルノに答えた。
どうやらこれ以上は聞いても無意味だろう。
ハンカチを名前の手に握らせて、ジョルノは仕方なく流れる景色に顔を上げる。
「もうすぐ日が沈みますね」
なんとなく呟いたジョルノの言葉に、名前は涙を拭いながら顔を上げた。
燃えるような夕焼けを、本当ならばリゾットと見るつもりだった。
ため息橋のジンクスもカーニバルも、今の名前はそれどころではなかった。
ーカタン…
小さくゴンドラが揺れ、夕日に照らされたゴンドラに影が落ちた。
黒いマントと目元を隠す仮面。
影の主はリボンをほどき、仮面をゆっくりと外す。
どうして追いかけて来たんだろう。
名前の頬に涙が落ち、震える口が言葉を発するより早くリゾットの唇がそれを塞ぐ。
気まずく過ごしたのはたった一日なのに、ひどく久しぶりな気がするリゾットとのキス。
リゾットの体温。
力強いのに優しい腕。
名前はもう考えるのを止めてそのキスに身を委ねた。
「リゾット…意地張ったりしてごめんなさい」
名前が溢す大粒の涙を、リゾットの唇が掬っていく。
「オレこそ…すまなかった。さっきのは、油断していたオレが悪い」
「いい。もういいから」
名前の腕に力が込められ、リゾットは両手で名前の頬を包んでもう一度口づけた。
甘く食んで吸われ、リゾットは頭の芯が痺れるのを感じながら同じように名前の唇を食む。
フレッドのキスとは全く違う。
リゾットは改めて、自分がどれ程名前を求めて居たのかを痛感した。
「……そろそろ良いですかね?」
「!!!!」
「ボス」
名前は完全にジョルノの事を忘れていた自分に気づいた。
今まで見られていたのかと思うと、その恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
しかし、それでうっかりした事を言ってしまうと、一昨日の失敗を繰り返す事になる。
「良かったですね」
名前はリゾットに抱き締められたまま、祝福してくれるジョルノに素直に頷いて笑った。
「これからため息橋のジンクスを見届ける楽しみが出来ました」
「え?」
「ジンクス?」
リゾットはともかく、あんなに「行きたい」と訴えていた名前が目を丸くする事に驚いたジョルノは名前の後ろを指差す。
「あれがため息橋です」
壁から壁へ渡された、さほど長さのない白い橋。
名前は薄暗い中に浮かぶ橋をジッと見つめた。
「しかし…フレッドはやっぱりリーダーには向いていないようですね。
リゾット、名前さんは頼みます」
「え…あぁ」
「ジョルノ帰るの?」
「邪魔者は退散します。二人を混乱させてしまったようですし…お詫びに明日は休んで良いですよ。どうせ出て来れないでしょ。」
イタズラっぽく笑うジョルノに、リゾットは平然と「グラッツェ」と返したが、名前はジョルノの言葉の意味がわからず眉を寄せていた。
「ボクをそこで下ろして下さい。名前、ナランチャはどこですか?」
「すぐ会えるよ。近くに居る」
「グラッツェ。では良い休暇を過ごして下さい」
ジョルノがゴンドラを降りた場所で、ゴンドリエーレにお礼を言って二人もゴンドラを降りた。
ヴェネチアのカーニバルを見ながら、二人は仲良く寄り添って夜の街に紛れて行った。