名前が飛び出した後を責任の一端を感じたギアッチョが追いかけ、リゾットはソルベとジェラートに詰め寄られていた。
「本当に何もしてないんだろうな!?」
「…してない」
してたとしても、何故言わなければいけないんだ。
「本当だろうな」
「ケガして身体中痣だらけなのに、普通はしたりしないだろ」
「「お前が普通ならな」」
仮にもリーダーであるはずのリゾットも、名前の事になると威厳の欠片もなくなる。
「ギアッチョから連絡あったよ。そのままボスの所に送るってさ」
メローネがケータイ片手に説明すると、リゾットはため息をついて額に手を当てた。
意地になっているらしい名前に、これからしばらく振り回される事は目に見えている。
力づくで言うことを聞かせても意味がないし、何よりメンバーの反応が面倒くさい。
(メンバーと言うより、保護者だな)
「駄目だ…イルーゾォ引き籠ってるぜ?"会いたくない"って言われただけなのによぉ」
「放っとけ。名前が帰って来りゃ出て来るだろ」
ホルマジオとプロシュートが話すのを横目に見ながら、リゾットは窓の外に視線を向けた。
独占したいと伝えても、捕まえたと思ったらスルリと逃げ出してしまう。
(オレも放っておくべきなのか…?)
いつの間にか太陽の隠れた空を見て、リゾットは独り眉を曇らせた。
「ケンカでもしたんですか?」
開口一番にジョルノから指摘され、リゾットは渋い顔をして隣に立つ名前を見た。
昨日ジョルノに呼び出されていたリゾットと名前は、指示通り二人で現れたのにどこかぎこちない。
「そんなんじゃないよ…それより昨日の報告よね?」
「え…あぁ、そうです」
名前がはぐらかすとは思いもしなかったジョルノは、慌ててブチャラティに渡された書類に目を落とす。
「えーっと…まず、ボイア・デモーンコのスタンドですが…マイティーウイングでしたっけ?能力について何か分かりますか?」
「私のスワローと反対の力を持ってて、結んだものを断ち切り、ほどく力。
私の能力で結んだものでなくても……多分、全ての結合を断ち切る事が出来たはず」
名前がそこまで説明した所で、リゾットとジョルノは眉を寄せて難しい顔をしていた。
「何故、そこまで分かるんですか?」
ジョルノがゆっくりした口調で訪ねると、名前はその表情にもの悲しげな影を落とす。
「私が縁を手繰れるように、ボイアも縁を手繰れるらしくて…彼は私が一人の時に現れたの。
多分、一週間は前だったと思う」
「は?一週間…?」
リゾットが驚愕して振り返り、怒気を含んだその声に名前はビクリと身体を震わせた。
「リゾット煩いです。名前、続きを」
ジョルノに先を促された名前は、ボイアが現れた時の事をとつとつと話し始めた。
『オレには、お前が守りたがっている奴らを"解放"する力がある』
名前の前に現れたボイアはそう言って笑いながら、近くを通りかかった少年をマイティーウイングの腕で貫いた。
突然前のめりになって倒れる体から、少年の魂が離れていく。
『止めて!!』
悲鳴に似た声をあげて少年の魂をリレガーレした名前に、ボイアは笑って告げた。
『迎えに行く。お前が大切な奴らが死ぬのを見たくなければ、誰にも言うな』
「そう言われたんですか」
ジョルノの質問に、名前は無言で頷いて答えた。
なるほど、それならば全ての事が納得出来る。
リゾットは、昨日の朝名前が見せた悲しげな顔の理由をようやく理解した。
名前は、ボイアがあの朝自分を迎えに来ることに気づいていたのだ。
「…まだ分からない事があります。
ブチャラティはどうして名前を忘れなかったんです?」
「あぁ、それはオレも聞きたい。一度は完全に忘れていたと思ったんだが…」
ジョルノの質問にブチャラティが頷くと、名前はおもむろに頭を下げた。
「ごめんなさいブチャラティ!
ボイアの目を盗んで、ブチャラティとボイアを結んだの」
良く分からない。
その場にいる全員が、名前の言葉を理解しかねて困惑した表情を見せた。
「つまり、どうなるんですか?」
「ブチャラティとボイアを結んで私とボイアを結ぶと、知人の友人といった形の縁になるの。
ジョルノの指示を達成する位の記憶は維持出来るし、その……引っ張り寄せれるから」
名前の考えはこうだった。
ボイアは名前とリゾットの繋がりを切らなかったから、リゾットは例え単独でも名前を救出しようとするかも知れない。
ボイアの能力から確実に逃れる手段として名前が思い出したのがブチャラティだった。
ボイアとの繋がりで辛うじて名前を思い出したブチャラティは、リゾットの味方になってくれるだろう。
そもそもこれは、リゾットが自分を救出するためにボイアの所にたどり着いた時の為の保険的な作戦だった。
「なるほど…名前がボイアを通して手繰り寄せていたから、あんたは迷いなくボイアの居た部屋に行けたのか」
リゾットの言葉に、ブチャラティはようやく自分が取った行動の不審点に気づいて唸る。
「そう言えば、『絶対こっちだ』という妙な確信があったな」
まさかその迷いのなさが、リゾットに自分を疑わせたなんて思いもしないのだろう。
ブチャラティは「なるほど」と一頻りに感心していた。
「それで、なぜ謝るんだ?」
「そっ…それは、ブチャラティを利用した形になっちゃったから……」
ブチャラティとジョルノはその言葉に顔を見合せ、「貴女は本当にギャングに向いてない」と言って吹き出した。
分かっているから言い淀んだのに、と赤くなる名前にブチャラティが続ける。
「最初に言ったハズだ。名前の能力を他の組織に奪われたり利用される事のないよう、パッショーネは全力でお前を守るとな」
「そうだけど」
「結果も問題ないし、良かった」
「そうですよ、働いて返してくれれば良いです。それより…」
穏やかに笑っていたジョルノはその表情を真剣なものに変え、名前にスタンドを出すように促す。
「貴女のスタンドの能力は本当にリレガーレですか?」
冗談を言う風でもなく真剣に問いかけられ、名前は表情を曇らせた。
「……え?」
出現させたスワローに視線を移すと、いつからかすっかり大人の風貌になったスワローは静かに名前に話しかける。
「貴女ガ成長スレバ私モ成長スル」
「……どういう事?」
「貴女ガ望ムママ結ベル。能力ハ"ウニーレ"」
困惑する名前を他所に、ジョルノは一人で「なるほど」と納得した様子で頷く。
「unire(ウニーレ)つまり、離れているものどうしを結ぶ。団結させる。接合する。封入する…そんな意味があります」
伊達に本に囲まれて生活していないな。
名前とリゾットは、思わずジョルノの周りに置かれた大きな本棚を見渡した。
「つまり、"以前関係のあった何か"を結ぶ事しか出来なかった貴女は、"全く無関係なもの同士"を結べるようになったんです。
貴女は既にそれをしていますよ」
自分の記憶を手繰り寄せながら、名前は「あ…」と小さく呟いた。
ブチャラティとボイアには何の繋がりも無かったはずなのに、名前は確かに二人の縁を結んだ。
「分かりました。組織にとっての名前の価値が高くなったのも分かりました。
名前、…もう良いですよ。通常の業務に戻って下さい。
アバッキオが一人で参ってるハズです」
名前が「はーい」と笑って退室し、それに続こうとするリゾットをジョルノが引き留めた。
「ベルリッサの事ですが…」
義理の親に売り出された名前を買い取った男の名に、リゾットはにわかに殺気立つ。
ボイアが連れて来た名前を、事もあろうかぐったりするほど殴って暴行を加えたのだ。
許されるなら殺してしまいたい衝動に駆られ、リゾットは返事をするのも忘れて歯を噛み締める。
「正式に名前を返して貰える事になったので、これ以上事を荒立てないようにお願いします」
「全てお見通し」と言わんばかりのジョルノの言葉に、リゾットは苦々しく「分かりました」と答える他なかった。
「あぁ、それと…ついでで申し訳ありませんが」
ジョルノに指示されたブチャラティが部屋の外に出て、一人の人間を連れて戻ってきた。
「仕事をお願いします」
「はぁ…」
今回の仕事のパートナーですと紹介された人物に、リゾットは疑いを隠しもせずに冷ややかな視線を向けていた。