「おいリゾット、飯出来…」
「……ホルマジオ、どうした?」

イルーゾォは扉を開けて立ち止まったホルマジオにぶつかりかけて、彼の視線の先を覗き込んだ。
食事の支度が整った事をリゾットと名前に伝えに来た二人は、中の様子を見て「どうしたものか」と顔を見合わせて笑った。

「イルーゾォ。確か、前にもこんな事あったよなー?」

「あった。でもこれじゃ風邪引くぜ?」


二人が覗く部屋の窓際で、ソファーで眠るリゾットに寄り掛かるようにして名前が寝息を立てる。

以前はベッドで二人が爆睡していたのを、やっぱりホルマジオとイルーゾォが見つけた。(この時は付き合ってなかったし何もなかったと言っていたが、皆疑っていた)


寒くなったのか身動いでリゾットにすりよる名前は、まるで猫のように丸く小さくなる。


「名前可愛いよな」

「イルーゾォ、手を出すなよ」

「な!?妹みたいなもんだよ」


慌てるなんてますます怪しい。
ブラコン兄貴面のイルーゾォはさておいて、ホルマジオはやれやれと肩を竦めた。


「怪我人に風邪ひかすわけにゃいかねーからな…リゾット、おい」


(前も思ったけど、名前と寝てる時のリゾットは警戒心が足りないんじゃないか?)

肩を叩かれてようやく目を覚ましたリゾットは、目をしぱしぱさせてホルマジオを見上げる。


「…ホルマジオ?」

「しょうがねーな、寝ぼけやがって。飯、出来たぜ」


「あぁ……名前、起きろ」

「ん…む」

ポンポンと背を叩かれた名前が目を擦りながら起きると、ホルマジオは「飯出来たぜ」と名前に手を差し出した。
日が沈んで部屋はすっかり暗くなっていて、うっかり寝過ごしたような感覚に襲われながら名前はその手をとる。

「寝過ごしちゃった?」

「いいや、大丈夫」


笑って手をひくホルマジオが名前をからかうように「抱えて行ってやろうか」と提案すると、名前は真っ赤になって首を横に振った。
「リゾットに抱えられるのも恥ずかしかったのに」と名前が小さく呟いて、ホルマジオは堪えられずに吹き出した。



名前が食卓につく時には盛り付けられた皿がテーブルに並び、今か今かと待ちわびていたメローネがフォークを配る。


「珍しいな名前、リゾットじゃなくてホルマジオに連れられて来るなんて」

「確かに。いつもリゾットにべったりなのにな」

ソルベとジェラートに笑われながら、名前は「だって」と口を尖らす。
部屋を移動するだけなのにリゾットに抱き上げられるのも恥ずかしいし、ホルマジオの差し出した手を断る理由もない。
それに何より、今日のリゾットの視線は時折緊迫した雰囲気を放って恐い。


「気をつけて座れよ。さっきから足ひいてるし」

ホルマジオに支えられて食卓につくと、リゾットが隣に腰かけて名前の分のスープを引き寄せてくれた。

「皿、熱いから気をつけろ」

完璧に子ども扱いなのが少し気に入らないが、自分があちこちケガをしてしまったせいなのだから仕方ない。

「じゃあ食おうぜ」

「皆ありがとう、いただきます」

ギアッチョが声をかけて、いつもの騒々しい晩餐が始まる。
ホルマジオとプロシュートは酒を片手にチビチビと料理をつつき、各々が会話を楽しむ。
和やかな雰囲気に、名前は自分が帰って来れたことを実感しながらスープを口に運んだ。


「……メローネ、どうかした?」

ギアッチョやペッシとの会話に加わらず、名前がスープを飲む姿をジッと見つめるメローネに、名前は首を傾げた。

「それ美味しい?」

「うん、メローネも飲む?」

「いや、オレのもあるし」

メローネの手元を見れば、確かに同じスープがある。
それなら何が言いたいのだろう。


「今日のスープ、オレが作ったんだぜ」
「変なもの入ってないだろうな」

「リーダー、心外だよ!?オレそんなに信用ない?」


オーバーリアクションでショックだと騒ぐメローネに、ギアッチョが冷たく「そりゃ信用できねぇだろ」と頷く。


「メローネ。お前が塩を入れすぎるからスープが大量に出来ちまったんじゃねーか」

イルーゾォが味見しなきゃ酷い事になるところだったとプロシュートに笑われて、メローネは目を細めた。

「薬の調合なら間違えねぇんだけどなぁ」

何の薬かは聞いてはいけない。
名前はここで暮らし始めてすぐに、メローネの怪しい発言に首を突っ込んではいけない事を学習していた。

「本当に変なもの入れてないだろうな?」

リゾットにキッと睨まれたメローネは、「大丈夫だって」と軽く笑う。
メローネの信用のなさは、時々可哀想になる。


「大丈夫だよリゾット。美味しいよ」

メローネが塩の量を間違えたとはとても思えないスープの味に、名前は舌鼓をうった。

「味はプロシュートとホルマジオが見たし、大丈夫だぜ」

二人で苦労しながら味をつけ直したんだろうな。
名前は目に浮かんだ光景に、思わず笑みを溢した。

「名前、こっちはオレが作ったんだぜ?」

ペッシが作る料理は、いつも名前好みの味付けでとても美味しい。
酒のつまみにするには薄味過ぎるとプロシュートとホルマジオはぼやくが、それでもペッシの料理ばかり食べる好評っぷりだった。

「ドルチェも買ってあるから、食べろよ」

ホルマジオの言葉に名前は目を輝かせ、病院では「消化に良いものを」と言われていたにも関わらず、結局勧められるまま食事を取ってしまった。

「また二人で爆睡してたんだって?」

食事も大方終わると、ドルチェを片手にジェラートが名前に笑いかけた。
食事を終えると、それぞれ席を立って酒を飲みながら会話を楽しむのがこのチームの習慣になっている。

(足が痛くなければ、ジェラートの所に行ったのに)
痛み止の薬を服用しているから酒は飲めないが、望んでいたタイミングでジェラートが話しかけてくれた事が嬉しくて名前は笑みを浮かべた。


「眠くなっちゃって」

「仲が良いな」


リゾットが座っていた席に腰掛け、ジェラートはドルチェを名前に差し出した。

「何か…幸せそうだな、名前」

「わかる!?」


恥ずかしがってリゾットとの話をほとんど誰にもしない名前は、ジェラートにだけ色んな事を話す。
ソルベは二人が仲良く話すのを「女子会」だと呼んでいた。
ジェラートが女っぽいわけではないが、確かに名前の気持ちを一番察してくれる。
しかも、口が固いジェラートを名前はとても信頼していた。


「リゾットに…」

赤くなって口をモゴモゴさせた名前は、ジェラートにコソッと耳打ちをする。
「『死ぬまで護る』って言われたの」

「……まじかよ」

思いがけない二人の進展っぷりに、思わずジェラートも顔が熱くなった。
まさかリゾットの口からそんな言葉が出てくるとは…。

「それ、ほとんどプロポーズじゃねーか」

名前にだけ聞こえるように声を殺して呟いて、ジェラートは「やっぱり?」と照れる名前をギュッと抱き締めた。

「良かったな」

リゾットに「護る」と言われた時もさることながら、純粋に祝福するジェラートの言葉に名前は胸が熱くなるのを感じた。
「うん」と笑った名前はいつもよりずっと幸せそうにはにかむ。



「そうだ…ねぇジェラート、今日のリゾット普通?」
「は?」


質問の意図が読めずに顔をしかめるジェラートに、名前はチラッとリゾットを伺って眉を情けなく下げた。

「なんだか時々、緊迫した感じの視線向けられてる気がするんだよね…」

名前の言葉に、ジェラートもチラッとリゾットを伺ってみる。
プロシュートとホルマジオに何やら真剣な表情で話かけるリゾットは、確かに微かな苛立ちを含んでいるようにも見える。
けれどそれは本当に僅かで、ジェラートが注意して見ても「そう言えばそうかな」というレベルの話だ。

「…いつから?」

「助けてくれて直ぐが一番苛立ってるようにみえたけど、その後もだんだん…」

名前がそう感じたならそうなんだろう。
助けて直ぐってのが名前のケガのせいだと仮定すると……。
ジェラートは"だんだん苛立ってきている"というところが引っ掛かって、もう一度リゾットを伺った。
ほんの一瞬リゾットと目が合って、ジェラートは「あぁ」と呟く。

「名前、リゾットにプロポーズされたらどうする?」

唐突なジェラートの質問に、名前は目を見開いて固まった。
じわじわと赤くなる名前はうつ向いてしまい、ジェラートは笑って「答えなくていい」と言った。

ジェラートの脳裏に、名前が仲間の死体を運ぶ姿が鮮明に甦る。
血と泥と涙に汚れて、凄惨な光景に息が詰まった。
毎夜悲しげに歌う名前の悲鳴に似た声と、膝を抱えた姿に胸が痛んだ。

リゾットと付き合っていて、名前が笑っていられるならそれで良い。
その気持ちは異性に感じる"恋"とか"愛"と言うよりは、確かに家族に感じる感情で、「妹が居ればこんな感じなんだろうか」と思わせるものだった。


「まぁ…オレは名前が幸せなら良いよ」

「ジェラートってお姉ちゃんみたい」

(だから、性別的には「お兄ちゃん」なんだよ)

「女子会」と言われたり「姉」と言われたり、散々な言われようだ。
ジェラートは「お兄ちゃんって言うとホルマジオとイルーゾォだな」と、自らの姉的立ち位置に納得してしまう自分に気づいて苦笑いを浮かべた。


「リゾットと話してみな。悪い事にはならないだろうから」

「分かった」

不安気に頷く名前の頬にキスをして、ジェラートは「おやすみ」と告げて席を立った。


/



61


- ナノ -