『パードレを呼んで下さい』

ジョルノが言った言葉の意味を、名前は帰り道すがら考えていた。
隣でタバコの火をつけるプロシュートを見上げて名前が詰め寄る。


「ねぇ、どうゆう意味かな」

「あぁ?」と眉をひそめたプロシュートは煙を吐き出し、名前がジョルノの事を言っているのだとすぐに気づいた。

「さぁな。まぁ良いじゃねぇか!お咎め無しで報酬も貰えるし、オレもお前も無事だったしな」


グリグリ頭をかき混ぜられながら、名前は文句を言いかけて止めた。
プロシュートが女装するハメになったのもスクアーロに気に入られてしまったのも、名前を一人で行かせない為にプロシュートがプライドをかなぐり捨てて一緒に来てくれたからなのだ。

グレイトフルデッドで死ぬかと思ったのも、わざわざ言うほどの事ではない。

(結果オーライだったしね)


「さっきからずっと何の話をしてるんだ?」

部屋の外で待っていたリゾットは、プロシュートと名前が仲良く話すのを見て困惑していた。
入って行く時とは打って変わって、帰路についた二人の表情はとても明るい。


「なんでもないよ、帰ろうリゾット」

名前に差し出された手を取り、三人でアジトへ向かう。
リゾットは二人が何を話していたのかをずっと気にしていたが、名前が「しつこい」と苛立ったので仕方なく口をつぐんだ。












それから僅か二日後の事だった。



「指令?全員で?」

目をパチパチさせる名前に、リゾットは頷いて答えた。
チームの全員に同じ指令が下され、しかもスーツの着用が義務付けられた内容の指令を見てリゾットが続ける。

「新しいスーツを買う為の金までくれるらしい」

「それって…」


余程の重要任務に違いない。
名前は緊張でゴクリと喉をならした。


「スーツの買い出しに行かなければならないんだが、さすがにお前のサイズを聞くわけにはいかないだろう」

そんな気遣いが出来たのかと感心しながら、全員分のサイズが書かれたメモを受けとる。

「えぇ!?一人で買い出しに行くの?」
「行けるだろう?」


十人分のスーツとなるとなかなかの重さだ。
名前は何の気なしに言ってのけるリゾットをジッと見て頬を膨らませる。


「行けるけど…」

人手が足りないとは聞いていない。
絶対に休みのメンバーも居るはずだ。


「一緒に行けたら、デートみたいで楽しかったのに」

「オレが荷物持ちでいいか?」

伊達に暗殺チームの一員をしていない。
リゾットを顎で使ってしまうのは、チーム内でも名前だけだった。

「やった!やっぱりリゾットは優しいね」

手込めにされているのを理解しながらも、リゾットは名前に腕を引かれてアジトを出る。

「ブランド品の方が良いの?」

「安物はダメらしいが…」


メモと財布を交互に睨んで、リゾットはカッレ(小路)を迷いなく進んで行く。
どうやら店は決めているようだ。

「オレ達はあんまり使わないが、パッショーネが世話した事のある店がある。そこを使えば安く済むだろ」

「ふーん…」

手を引かれるままに足を進め、高そうな店に二人で入っていく。
高価なスーツを売るその店にそぐわない出で立ちの二人が入店すると、にわかに店内がざわめき立った。

「どういったご用件でしょうか?」

強面の男が名前とリゾットを睨み付けるが、暗殺チームの二人は涼しげな顔のまま対峙してメモを差し出す。

「……失礼いたしました。こちらへどうぞ」

手のひらを返したように恭しく自分達を奥へと促す男を見て、名前はリゾットに耳打ちをする。

「何が書いてあったの?」

「…パッショーネからの指示だと書いておいた」

なるほど。
堅気でないことは一見するだけで分かるリゾットから"パッショーネ"の名前を出されれば、一応信用せざるを得ないだろう。

「それにしてもすんなり行き過ぎな気がするが…」


リゾットはその表情をほんの僅かに曇らせて名前を引き寄せる。
(とは言っても、他人には分からないほど僅かな変化でしかないが。)
程なくして店主らしき男が現れ、名前とリゾットに頭を下げた。

「実は、ボスから連絡を受けていました」

「あぁ、なるほど。それで…」


納得して頷く名前の隣で、リゾットだけは眉を寄せていた。
まさか手当たり次第全ての店に自分の情報を流されているのではと思うと、暗殺チームとしては不安にもなると言うものだ。

「このサイズ通り適当に見繕ってくれ」


リゾットはサイズが書かれたメモを渡して、出された椅子に腰をかける。

「えっと…色や生地などは」
「任せる」


無頓着にも程がある。
相手の好みすら分からない状態で九着のスーツを選べと言われても、どうすれば選べるだろうか。
困惑する店員が哀れに思えて名前が選ぼうとすると、リゾットに腕を引かれて半強制的に隣に座らせられた。
アジト以外で膝に座らせると名前が怒るので、一応これはリゾットなりの譲歩ではある。


「リゾット、困ってるよ?」

「そうか?…まぁ大丈夫だろ」


本当にどうでもいいんだな。
リゾットの無頓着さに甚だ呆れながら、名前はあたふたとスーツをかき集める店員を見た。
いくらプロでも、顔すら分からない人達のスーツを選ぶのが難しい事くらい名前にも分かる。

「リゾット、あれ着てみてよ」

なかなかシックなデザインのグレーのスーツを指差して名前が言うと、リゾットはしばらく間をおいて「興味ない」と答える。

そうか。だからいつも囚人服みたいなしましまパンツに妙ちきりんな黒頭巾なんか被ってるんだな…と頭の中で盛大に悪態をついて、名前は上目遣いでリゾットに"おねだり"をする。

「スゴくカッコいいと思ったのになぁ…」

「今度指令で着るだろう」

乗り気にならない理由が「指令の為の服」だからなのか「スーツ」だからなのかは不明だが、これはなかなか手強い。
だがしかし、名前だって女だてらに暗殺チームだ。
こんな事であっさり引き下がるようには出来てない。

「皆と居る時じゃなくて…私にだけ見せて欲しかったな」


なんて女だ。
言いながら既に虫酸が走る。
(本気で好きな男にこんな言葉を言う奴が、マジに居るのか?)

フッと心内で自嘲しながら、駄目押しで「ダメ?」と小首を傾げてリゾットを伺う。

「……仕方ないな」

本気で面倒くさそうに立ち上がったリゾットに、名前は張り切ってスーツを選ぶ。
リゾットが着替えている間に他のメンバー分を選ばなければ!!

「どうだ?」

「早っ!!…あ、えーっと、カッコいい!!次これ着てみてよ」


思わず漏れた本音を笑顔で取り繕って、店員が運んで来たものを片っ端からリゾットに渡していく。


「あの人素敵」なんて声に名前が気づいたのは、五着目のスーツに着替えたリゾットが現れた時だ。

「もうこれでいいんじゃないか?」

疲れた様子のリゾットをジッと見つめて、名前は自然と俯いた。
「彼女かしら?」と言う声に「えー?趣味悪いわ」なんて聞こえれば、名前だって多少は傷つく。

確かに、あまり高価なお店に入るつもりのなかった名前は、この店には似つかわしくないラフな出で立ちだ。スーツを着たリゾットの隣に立てば「趣味悪いわ」くらい言いたくなるかも。なんて弱気な考えも横切る。


(うるせーよ、くそブス)

女らしさなんてあれば、暗殺チームなんかに入らない。


「名前」

グイと腕を引かれて更衣室に投げ込まれ、続けてバサッとスーツが名前の上に降ってくる。

「何!?」

「次はお前が着てみろ」


いつの間に運んで来られたのか、投げられたスーツに名前はしぶしぶ腕を通す。

「…どう?」

「長くないか?」

リゾットが指差すのはスカートで、丈の事を言っているのだと直ぐに分かった。

「短いのは嫌だ」

「そうか?じゃあ「次はこっちな」

「プロシュート?」


細いストライプのスーツを差し出したプロシュートに、名前は目を丸くした。
さすがにスーツばかり取り扱う店でも全く見劣りしない。

「うっそ!!凄い美人」なんて悲鳴に近い話声に、名前は眉を潜めた。

「おいおい、そんな顔するな。せっかくの可愛さが台無しだぜ?」
「優しいプロシュートとかマジキモい」


名前は真っ赤な顔で間髪入れずに悪態をつくと、プロシュートが差し出したスーツを乱暴に奪って更衣室の扉を閉めた。


「誉めると口が悪くなるんだよなぁ名前は」

プロシュートは更衣室に居る名前に聞こえないよう、声を殺してクックと笑った。

「休みなのに呼び出してすまん。よく分からなくてな」

と言うか、完全に匙を投げただけだ。
人形のようにあれだこれだと着替えさせられたのだろうということは、プロシュートにもすぐ検討がついた。

「ねぇ、これ短くない?」

ドアの隙間から顔だけ覗かせて、名前は違うのをくれとプロシュートにせがむ。

「いいから見せてみろ」

プロシュートとリゾットに黄色い声をあげていた女性客が興味本位にこちらを見ているのが嫌で、名前は扉をそれ以上開かない。


「ほら、見せてみろって」

「うわっ」


力で物を言われると名前が敵うはずもない。
勢い良く開かれたドアに振られた名前はプロシュートに顔からぶつかり、鼻の頭を押さえて睨み付けた。


「あーぁ、髪ボサボサになっちまったな」

睨まれている事など気にも留まらない様子で、プロシュートは名前の髪を後ろへ撫で付ける。
目の辺りまで伸びていた前髪がかき揚げられ、名前の表情がよく見えるようになると女性客は急にカツカツとヒールの音をさせて足早にどこかへ行ってしまった。


「お前、あんなのに負けてると思うわけ?」

フンと笑うプロシュートは、つまり何もかもお見通しという事なのだろう。

「まさかだろ」


名前は世間から見ても綺麗な容姿をしている。
指令等に備えてトレーニングもしている為に身体もほどよく引き締まっていて、丈の短いスカートから伸びる足は白く美しい。

「オレの名前に敵う女は居ない」
「誰が"オレの"だ!!私はリゾットのじゃない」


リゾットまでもが気づいていたのが意外だと、妙に神妙な気持ちになりながら名前はハラリと落ちた髪を流す。

「顔がどうっていうのはよく分からないし…まっとうに生きてる女には敵わないもん」

「じゃあ、"まっとう"でないオレらには関係ないな」
「リゾット、良い事言うじゃねーか」


名前は二人の言葉に曖昧な笑みを浮かべて、スーツを脱ぐ為に更衣室のドアを閉めた。
スーツを着替えて椅子に腰かけ、手際よく品定めするプロシュートを眺めてため息をつく。
リゾットも着替えて戻ってくると、名前の隣に腰かけてさりげなく肩に手を回した。

「結局さぁ…」

リゾットの手をぱしんと叩いた名前は、唇を突き出して目を細める。

「別に暗殺チームじゃなくても良いんだよねきっと…」

「え?」


困惑して眉を寄せるリゾットをチラッと横目で見て、名前はプロシュートに視線を戻す。
ふてくされるようなその表情を、膝の上で頬杖をついてリゾットから隠した。

「リゾットチームだったら、別に肩書きが"親衛隊"でも"暗殺チーム"でも良いよ」


頬杖をついて顔を隠しても、髪をかけた耳が赤くなっている。
名前が素直にそんな感情を口にするなんて珍しい事だ。

「そろそろ会計なんじゃない?」

子どものように抱き着いたり腕を組んだりするくせに、妙に甘えるのが下手だったり。

(難儀な奴…)


リゾットは真っ赤になって嫌がる名前の手を取って、プロシュートと名前が厳選したスーツ十着の支払いを済ませた。


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