「名前!!」

ギアッチョの車から降りると、リゾットチームの全員が名前を出迎えた。

「名前、ケガしてるのか?」

「入院とかしなくて大丈夫だったのか!?」


詰め寄るソルベとジェラートを押し退けて、リゾットは名前を家へと運び込む。
名前は何度も「歩けるよ」と主張したのだが、リゾットにほぼ強制的に抱えられてまるで重傷をおったような扱いだ。
それでなくとも、先に立ち寄った病院で大袈裟に包帯を巻かれたのに。


「打撲だけだから、大丈夫」

ソファーに横たわって笑う名前に、イルーゾォが氷嚢を片手に首を振った。


「打撲だって打ち所悪かったら後から症状が出て、死ぬ事だってあるんだぜ!?」

いくら真剣に心配していても、縁起でもないことは言わないで欲しい。

「お医者さんが言ってたんだから、本当に大丈夫だよ」

イルーゾォから氷嚢を受け取って、酷く打ち付けた肩を冷やす。
骨折こそしていなかったが、腹部を中心にあちこちが脈打つように鈍く痛む。
リゾットが駆けつけてくれた時より酷くなっていた痛みが、冷やすだけでずいぶん退いてホッと息が溢れた。

(お腹を冷やすわけにはいかないのが難点だなぁ…)



「名前」

痛む腹を睨んでいた名前がホルマジオの声に顔を上げると、何やら全員が暗い顔をしていた。
ピリピリとした重苦しい空気に、名前は戸惑いを隠せない。

「…どうしたの?」

不安になった名前が声をかけると、突然ガタガタと大きな音を立てて全員が頭を床につけ、プロシュートが声をあげた。


「オレ達名前の事分からなくなってしまってたんだ…!すまん!!」

名前を忘れてしまったのはボイアのスタンド能力のせいなのに、いつもはからからと軽く笑うメローネまでもが額を床につけて謝罪する。


「や、止めてよみんな…リゾットも、何か言って?」

すがるような視線を向けると、リゾットは悲しげに顔を伏せてしまった。

「名前をこんな目に合わせたのは、オレの責任だ。このアジトからお前を拐われるなんて、パッショーネの親衛隊としてもチームリーダーとしても失格だ。すまない」

「そんなの…」


こんな時、なんと言えばいいのだろう。少なくともこんな状況を望んでなんかいないのに。
名前は上手く言葉を紡げず、震える唇を噛んで首を振った。

「止めてよ、頭上げて!」

「名前、オレ達は二度もお前に命を救われたんだぜ?それなのに…忘れてたんだぜ?名前の事を全部よぉ!」

ギリギリと苛立つように答えるギアッチョの声にも、いつもの元気はない。
そろそろと頭を上げたメンバーの視線が、真っ直ぐ名前に集まる。


「私は、みんなに助けられた恩返しをしただけだよ」

「オレ達は名前を監禁してただけだ」


返してもらうような恩はない。そう言い張るリゾットに、名前は眉を寄せた。


「どんな名目でも良いの!私が楽しかったのが何より大切な真実だから。私はみんなともっと一緒に居たかっただけ!!」

「でも、オレらは名前に特別何かをしたわけじゃねーんだぜ?」

「私だって何もしてない!」


声を荒げると腹が痛む。
腹を押さえながらも一歩も譲らない名前に、ホルマジオがため息をついて立ち上がった。

「しょうがねーなぁ。言い争うのもおかしな話だし、騒ぐと傷に障っちまう」

毛の短い頭をガリガリとかき回して、ホルマジオは眉を寄せたままの名前を見た。
落ち着けと言ったところで、効果はなさそうだ。


「名前、このままじゃオレらも引き下がれねぇんだ。気分が悪くてよぉ」

「でも…「だからこうしようぜ」


名前に歩み寄って振り返ると、メンバーの視線はホルマジオへと向けられる。
事の成り行きを黙って見ていたペッシやソルベとジェラートも、ホルマジオを真っ直ぐ見て頷いた。
どうやら任せてくれるらしい。
ホルマジオがソファーの前で膝をついて目の高さを合わせると、名前はムッと口を引き結ぶ。
まさか、怒られるとでも思っているのだろうか。


「名前、何でもいいからオレらに一つ命令しろ」

「……命令?」

怪訝な顔で伺い見る名前に、ホルマジオは頷き返す。


「何でもいい。例えばボスの命令に背く事でも、名前が望むなら命懸けで叶えてやる。名前への恩返しだ」

ホルマジオを真っ直ぐ見つめていた名前の視線が、その言葉に僅かに揺れた。
恩を売った覚えはないのに、恩返しと言われても困る。
グルッとメンバーを見渡した名前は視線を落とした。

「命令…?」

その響きが嫌だ。


「それがオレらの、精一杯の譲歩だ」


これ以上は譲らないと言われても、名前には命令したい事なんか何もない。
キュッと唇を噛んでリゾットを見た名前は、ふと自分の中にずっとあった"願い"を思い出した。


「わかった…」

「何だ?」


「皆とずっと一緒に居たいの。叶えてくれる?」


そんなことと言いかけて、ホルマジオはフッと笑った。

「もちろんだぜ、我らがプリンチペッサ」

「プリンチペッサ(姫)って…言い過ぎ」


名前が苦笑して、部屋に満ちた重い空気がようやく解れていく。
険しい顔をしていたソルベとジェラートも笑って、プロシュートが勇んで立ち上がる。

「よし!!ペッシ、我らがプリンチペッサにディナーの支度を!!」

「si!腕を振るうぜ!」

楽しそうに部屋を出ていくプロシュートに、ペッシも笑って続く。
今日の夕食は期待できそうだ。


「ギアッチョ、オレらも手伝う?」

「そうこなくてはな、メローネ」


珍しく自ら手伝いを買って出るメローネがギアッチョと出て行くと、ソルベとジェラートも「じゃあオレらも」と出て行ってしまった。


「張り切ってんなぁ…また朝まで飲むんじゃねぇだろうな」

笑うホルマジオに、名前は「それもベネ」と笑う。

「しょうがねーなぁ。じゃあオレは名前の喜びそうなドルチェでも買いに行くか」

「素敵」


喜ぶ名前に手を振ってホルマジオが出て行くと、リゾットと名前だけが部屋に残されていた。

「リゾット、今日はいつもに増して無口だね」


ホルマジオが出て行ったドアをぼんやりと見ていたリゾットは、名前の声でようやく振り向いた。

「どうしたの?」


リゾットの表情はどことなく暗く陰っているように見える。
リゾットは名前がいつの間にか落としていた氷嚢を拾い上げ、無言のまま空いた手で頬に触れた。
指が触れた箇所がピリッと痛み、どこかで擦りむいていた事に名前はその時初めて気づいた。


「…オレは」

静かな部屋に、ゆっくりと口を開いたリゾットの声が染みる。


「オレは元々暗殺者で…数えられない程の人間を殺してきた。オレを恨んでる奴も居るだろう」

面と向かって「暗殺者」だと聞かされるのは初めてで、知っていたはずなのに緊張して喉が張り付く。


「名前、本当にオレで良いのか?
また巻き込まれるかも知れないんだぞ?」


名前は直ぐに答えられなかった。
リゾットのまつげが微かに震えていることに気づいて、声が出なかったから。


「自分が傷つくのは恐くない。覚悟もある。だが…お前が傷つけられるのは恐ろしい」

メタリカで姿を隠してブチャラティのジッパーで部屋に侵入した時、息が止まるかと思った。
名前は床に伏せたまま、ただスタンドのみがその力を発揮していた。
息をしているかどうかも分からない程にぐったりとしていた名前の姿は、今思い出しても心臓を握られたような心地になる。



「…リゾットが良い。だから一緒に居てもいいでしょ?」


駄目なわけがない。
むしろ、絶対に離したくない本音は変わらない。
他の男に盗られるなんて許せない。

「リゾット、私も覚悟は出来てるよ」

黙ったままのリゾットに、名前は笑ってキスをした。
名前の笑顔は不思議だ。彼らが暗殺チームの頃からずっと、名前が笑えば全員の空気が和らいだ。
ソルベとジェラートが殺されてボスに目をつけられてからも、名前が明るく振る舞っている間だけは全員で和めた。

「リゾットと居る事の、全部に覚悟は出来てるよ」

「………それならオレは、死ぬまで名前を護っていく覚悟をする」


名前は真っ赤になって「それって…」と呟いたが、リゾットが首を傾げると「何でもない」と首を振った。

「何だ?」

「だから、何でもない!……ちょっと照れ臭いなって思っただけ」

「本当にそれだけか?」




「仲良くイチャついてるところ失礼。ちょっといいか?」

コンコンとノックの音に振り返ると、プロシュートが笑顔で立っていた。
名前にとっては絶妙なタイミングだ。

「なんだ?」

つまり、問い詰めようとしたリゾットには最悪なタイミングだった。
あからさまにぶっきらぼうに応えるリゾットに、プロシュートは眩しいほどの笑顔を向ける。
明らかに楽しんでいる様子に、リゾットは表情を険しくした。


「名前は普通に食べて良いのか?スープとかにするか?」

「あ、スープが良いな」
「……だそうだ」


「早く出て行け」とリゾットに目で訴えられて、プロシュートは「はいはい」と背を向けた。


「っと、そう言えば」
「…まだ何かあるのか?」

「リゾット、あんた変わったな。ディ・モールトベネ。オレも"覚悟"決まりそうだ」


プッと吹き出して笑うプロシュートはそう言って、今度こそ部屋を出て扉を閉めた。
プロシュートの捨て台詞に固まっていたリゾットは、名前の視線にジワジワと赤くなって頭を抱えた。


「…っいつから居たんだ!!」



変わったという自覚があるだけに、他人から指摘されるのは恥ずかしい。
耳まで熱くなって、自分が赤面しているのが分かる。

「ディ・モールトベネだって」

「言うな…絶対楽しんでるだけだ」

人を娯楽にしやがってと呟くリゾットは、やっぱり耳まで真っ赤だった。

「珍しい」

「…何がとは聞かねぇぞ」



夕日が差してさらに赤くなった顔で睨まれた名前は、笑ってリゾットに腕を回した。

「うっ、あいたた…」

「何してんだ」


ソファーの下に座ったリゾットに、無理な体勢で抱きついてあちこちの傷が痛む。
鈍痛で動けなくなった名前を起こしたリゾットが隣に腰かけると、名前は満面の笑みを浮かべた。


「寄り掛かってもいい?」
「好きにしろ」


臍を曲げてぶっきらぼうに答えるリゾットに、名前は笑って頭を預ける。

「リゾット」

「何だ?」


「助けてくれて、ありがとう」

「…あぁ」


痛む傷に冷たい氷嚢を宛がって寄り掛かる名前の髪を、サラサラとリゾットの手が弄ぶ。
朝も夜も、二人で居れる限りの時間を名前とリゾットは隣で過ごす。
他愛のない話をしたり無言だったり、二人にとって会話の内容はあまり重要ではなかった。

「リゾット」

「ん?」


「私ね…リゾットと私は年取っておじいちゃんとおばあちゃんになっても、ずっとこうやってのんびりしてる気がする…」


うつらうつらと微睡んで、舌っ足らずになりながらそう言って笑う名前に意味を問いかけようとして止めた。
「そうか」と短く答えたリゾットも、そんな予感がしていた。

寝息を立て始めた名前の髪をクルクルと指に巻きつけながら、リゾットも眠気との戦いを放棄して目を細める。

(そう言えばプロシュートが入って来る前に名前が言いかけた言葉を聞くのを忘れたな。)

部屋に差し込んでいた日差しが緩やかに夜の訪れを告げ、リゾットは寄り掛かる名前の髪に顔を埋めて目を閉じた。


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