「止めても無駄だろう?」

ブチャラティに声をかけられたリゾットは、返事をせずに視線を落とした。
やはりメタリカを纏ったまま移動するべきだった。

『無駄なので来ないで下さい』とジョルノに言われたのは、僅か1時間前だ。
ジョルノがミスタやフーゴ・メローネと作戦を立てて出て行った直後、リゾットは直ぐにアジトを出た。
命令違反だと処罰を与えられるならば、甘んじて受け入れよう。
リゾットにとって大切なのは、「力になれるかどうか」ではなく、自分が「何をするか」だった。
ただの自己満足だと言われても、待っている事は出来なかった。

「オレを止めるのか?」

「実はな、リゾット。無駄だから止めるなとジョルノから指示されている」

ブチャラティの言葉に、リゾットは驚きを隠せず目を丸くした。リゾットに下された「来るな」という命令と相反する命令を下されたブチャラティは、目を丸くしたリゾットに更に言葉を繋ぐ。


「オレがサポートする。入り口が必要だろ?」


ブチャラティのスティッキーフィンガーズが出現して、まさにこれからリゾットが侵入しようとしていたビルの壁を殴り付ける。
ビイィッと金属音がして、取り付けられたジッパーが開いた。

「オレが張っていたこのビルが正解だ」

「力を借りるぜ、ブローノ・ブチャラティ」



ブチャラティは、この口数少ない不器用な男が必ずここに現れると感じていた。それは運命に引き寄せられるように、直感的にそう感じていた。

正直、ジョルノから「ベルリッサから名前を取り戻します」と聞かされた時、ブチャラティも名前を覚えていなかった。
今も「忘れたんですか?」と言うジョルノがからかっているわけではなさそうだから、"どうやら自分が忘れているようだ"という程度の認識でしかない。

部下の女と言うだけでそこまでして助けるべきなのか疑問を抱くブチャラティーに、彼女のスタンド能力を渡すわけにはいかないとジョルノが説得したくらいだ。

それでも同時に、「命懸けで取り戻さなければ」とも思っていた。
サングエフレッドのアジトに侵入しようとして辺りを見渡したブチャラティは、名前が捕らわれているのが隣のビルだと気づいた。
それはやはり直感以外のなんでもなかったが、ブチャラティは確信していた。


「さっき一度中に入ってみたんだが…見張りはエントランスだけだ。だが、恐らく名前の所には名前を拐った男が居る。名はボイア。ボイア・デモーンコ」

ジッパーを潜り抜けて建物に入ったブチャラティは、淡々と説明をしていく。

「ボイア…デモーンコ?」

「知っているのか?」

「知っているのは、ロデア・デモーンコだ」


苦い顔をするリゾットに、ブチャラティはただ頷いて答える。

「それは兄だ。以前、ディアボロから暗殺命令が出されていた」

「…復讐か」

「どうかな。そればかりは分からない」


無機質な造りの真っ白な廊下に、2人分の足音が静かに響く。
しばらく歩いたリゾットは、ふと違和感を覚えた。
いくつも部屋があるにも関わらず、ブチャラティは迷いなく歩き続ける。

(こんな敵地の奥深くまで1人で入ったというのか?)

「この先だ」

小声で話すブチャラティの隣には、確かにスティッキーフィンガーズが姿を現している。能力も間違いない。

「リゾット、メタリカでオレの姿も消す事は可能か?」

振り返るブチャラティに、リゾットは唾を飲んだ。

(信用しても…良いんだよな?)

当然、リゾットの疑問に答える声はない。











「ど、どうなってんだこりゃ…」

ボイアは焦りを隠せず、愕然として名前を見ていた。
ついさっき、確かに自身のスタンド「マイティーウイングス」を発現させて名前の体をその腕で貫いた。
マイティーウイングスは貫いた人間の内部から、その人物と他人を繋ぐ縁を取り出して破壊する事が出来る。
名前から取り出した僅かに残ったリゾット以外との関係を全て断ち切る事で、彼が1人でこの場に乗り込んで来る環境が整うはずだった。
それが今や、意味のわからない縁が雑多に名前に絡まって、まるでサナギのようになっている。
最早リゾットと名前を繋ぐ糸がどれなのかすら判断出来ない。


「くそっ、この女っ!!」

ボイアは苛立ちを露に無作為に糸を引きちぎろうと試みるが、マイティーウイングスが切った糸を名前のスワローが瞬時に繋ぎ合わせていく。
ぐったりと倒れた名前は意識があるのかないのか、ボイアが口汚く罵ってもピクリとも動かない。
草を掻き分けるように名前に近づこうとすると、スワローが素早く攻撃体勢をとってそれを妨害する為に上手く近づく事も出来ない。


「こんな事なら、ベルリッサに名前がパッショーネの幹部と関係があるってバラすんだったぜ…いたぶる許可も出るしよぉ…」

「そうか、ベルリッサが知らないならまだ打つ手はあるな」


ボイアは不意に背後から聞こえた声に、名前へ繋がる無数の糸を引きちぎる手を止めた。
マイティーウイングスを自分の近くに構えさせてゆっくりと振り返る。


「リゾットォ…待ってたぜ」

「オレの女が、随分世話になったようだな」


「殺す」と気構えていたボイアは、リゾットと実際に対峙して気圧されている自分に気づいた。
言葉の一つ一つに込められた殺意が、ボイアに深く突き刺さる。

(オレが気圧されるだと?クハハ…面白い)

「のこのこ1人で来たのか?」

ニタリと笑みを作ったボイアの瞼が、興奮でピクピクと痙攣していた。


「……兄の敵討ちか?」


リゾットが静かに切り出した言葉に、ボイアは「クハハ」と笑う。

「ろくでもない兄貴だった。暗殺なんかされやがってよぉ…間抜けな奴さ」


ボイアは大きく見開いた目をリゾットに向けて、狂ったように笑う。

(イカれてる)

リゾットはボイアを冷ややかに見返した。

「相手がお前だったのが救いだ。お前はやり手の暗殺者だから、周りの人間に『仕方ない』と思って貰えるだろ?本当は弱かっただけなのによぉ…だから、オレだって感謝してるんだぜ?」

「感謝だと?………嬉しくねぇな」

「そうだよな…クフフ。だがリゾット、お前は名前に溺れて弱くなった…これはいけねぇ」


何がいけないのか理解出来ない。リゾットはボイアの押しつけがましい主張に顔を歪めた。

「強い奴は強いままでなけりゃならねぇ。それが出来ねぇなら、死んだ方がマシだろ?暗殺者として完璧なお前が弱くなるなんて見てらんねぇだろ?」

ヘドが出る。
リゾットが嫌悪感を露にしているのも構わず、ボイアはつらつらと自分の理想を並べ立てる。
暗殺者として生きてきて、これ程までに暗殺を嫌悪したことはない。
威張れるものでも誇れるものでもない、血で血を洗う闇稼業。
他人の命を奪い続けるリゾット達には、一生降ろせない十字架を背負う覚悟があった。
それでも尚生き続ける覚悟もあった。

(コイツのは…甘くて軽い理想だ)

自分の理想に酔いしれるボイアを片手で制し、リゾットはゆっくりと視線を向ける。


「もういい…テメェは喋るな」

「ギャハハ…。喋れなくなるのはリゾット、お前だぜ!!強いまま死ね!!!!断ち切れ、マイティーウイングス!!」

ボイアのかけ声でマイティーウイングスは腕をリゾットへと真っ直ぐに突き出す。
(早いっ!!!!)

「アヒャハハハ!死ねリゾット!!」

「そいつは出来ねぇ相談だ」

確実に仕留めたと思っていたボイアの目に、腕が吹き飛ぶマイティーウイングスが映し出される。
同時に鋭い痛みが腕に走り、カシャンと金属音が響いて自らの腕とハサミが床に落下した。

「さすがメタリカ…悠長には出来ねぇな」


腕を落とされて尚舌なめずりをして笑うボイアに、リゾットは目を細めた。
名前のスタンドは、直接触れなくてもリレガーレ出来る…。ともすれば、似た能力のマイティーウイングスも、触れる事なく同じ力を使えるだろう。
リゾットは確実なタイミングを見計らう為に息を殺した。


「直が簡単なんだけどなぁ…仕方ねぇか。ほどいてやるよ」

ボイアが攻撃の構えを取ってヒュッと息を吸い込んだ瞬間、リゾットはメタリカで姿を隠して身を翻す。

「無駄だぜぇ!!見えなくなるってのは、消えるのとは違う!!マイティーウイングスの攻撃範囲は広いぜ?」

マイティーウイングスが羽のような腕を横に振ると、ゴウッと音を立てて風が起き、全ての結合をほどいていく。
ネジでしっかりと固定されていた窓枠は外れ、溶接されたものはズルリと溶け落ちる。


「無駄じゃねぇさ。安全に背後を取れる」

「は?」


早すぎる。
人間の動きならば、確実にマイティーウイングスの攻撃範囲内にまだ居たはずだ。
ボイアが慌てて振り返ると、床に取り付けられたジッパーからリゾットとブチャラティーが体を出してボイアを睨んでいた。

「1人じゃなかったのか!?「食らえ、メタリカ!!」


ギシギシと骨が軋む音と共に、額からドロリと生暖かいものが流れ出る。
反射的に当てた手が真っ赤に染まり、流れ出るものが血だと気づいた時には立っていることも出来ずに崩れ落ちていた。

(嘘だろ…)
ボイアは消えていく光の中に、悲しげに自分を見下ろす兄を見た気がした。













「終わったか」

ブチャラティーが声をかけられ、リゾットは顔を上げた。

「名前は…?」

「頼まれていた通り、2人で話してる間に隣の部屋に運んでおいたぜ。部屋の扉に鍵がかかってるから、こっちから入れ」

「グラッツェ」

壁に取り付けられたジッパーを潜るブチャラティーに続いて、リゾットは隣の薄暗い部屋へ移る。
今まで居た部屋と同じで何もない部屋だ。

「…リゾット?」

それが名前の声だと認識するより早く、リゾットは駆け出していた。
暗がりの中で身体を起こし、ふらふらしながらもリゾットに腕を伸ばす名前を掻き抱く。

「名前っ」

名前の目からボイアの前で流さなかった涙が溢れて、リゾットの姿が滲む。
それでも、強く抱きしめる腕が、匂いが、体温が、リゾットの存在を確かに伝えてくれた。
リゾットの大きな手が名前の頬を包み、唇が柔らかく塞がれる。
何度も角度を変えて塞がれ、啄まれてその深さを増す。
夢中になって名前の柔らかな唇を堪能するリゾットに、背後から声がかけられた。

「名前が死んじまうぜ?」

ブチャラティーに言われた言葉が飲み込めずに振り返ると、突然名前が肩で息をした。

「ごめんなさい…涙が出たら…鼻…つまって」


そう言えば背中を叩かれていたような気もする。
余裕がない自分に苦笑して、名前の濡れた睫毛に口づけた。

「…ケガしてるのか?」

名前の頬の痣をそっと指でそっとなぞってよく見ると、身体中あちこちに痣と傷が出来ている。

「ボイアにやられたのか?」

名前が首を振って、ベルリッサに殴られたのだと分かった。
沸々と怒りが沸き上がったが、今は名前が優先だ。

「帰って手当てをするぞ」

名前を抱き上げて再びジッパーを潜ると、いつの間にか部屋を出ていたブチャラティーが電話を切るところだった。

「あぁ、リゾット。ジョルノの方も大丈夫だったようだ。とりあえず今日は帰って、明日2人で来てくれと言っていた」

「分かった」

「気をつけて帰れよ。オレは後始末をして帰る」

「グラッツェ。何から何まですまない」


リゾットが礼を言うと、ブチャラティーは「殊勝だな」と笑った。

「ブチャラティー…」

名前が呼ぶ声に気づいたブチャラティーは、柔らかい笑みを浮かべて名前の髪を撫でる。

「お互い話は明日にしよう。ゆっくり休め」

名前が頷き、別れを告げてビルを出た。
ブチャラティーに呼ばれて迎えに来たと言うギアッチョの車に乗り込むと、「散々心配させやがって」と家に着くまでずっと怒鳴られた。
それでも、ギアッチョが当たり前のように「名前」と呼ぶのが嬉しくて、2人は顔を見合わせて笑った。


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