カーテンの隙間から光が射し込んで朝を告げる。
リゾットはその日も、暗殺チームの誰よりも早く目を覚ました。
まつ毛の触れそうな近さで寝息を立てている名前の頬にそっとキスをして、起こさないようにベッドを抜け出した。

誰よりも早く起きてベッドを抜け出し、まだ朝靄のかかった街を歩いて新聞を買いに行くのはリゾットの日課だった。


「ボンジョルノ」

「はい、いつものね」


常連のリゾットを見て、店の主人が新聞を差し出す。
金を払って新聞を受け取ったリゾットは、店内を物色して時間を潰すのも日課だった。
しかし、今日は直ぐに踵を反して出口へ向かう。それを見ていた店の主人はニンマリ笑った。

「恋人によろしくな」

「なっ!?」


"いつも無表情な客"だったリゾットが僅かに頬を染めて狼狽え、それが店主をさらに笑わせる。

「ハハハ。早く帰って会いたい相手が居るって顔してたよ」


分かりにくいと言われる事こそあっても、感情が筒抜けだと言われる事なんて初めてだった。
初めての事に何と返すべきか悩み、店主が「早く帰ってやりな」と言って笑うまで立ち尽くしていた。


足早に帰宅し、静かに戸を開ける。
名前はまだ眠っていた。
ホッと息をついてカプチーノを淹れていると、名前が小さく伸びをして目を覚ました。

「ボンジョルノ」

「ボンジョルノ、リゾット」

名前はハグとキスを交わして目を擦りながらリゾットに抱きつき、「私も欲しい」と甘えた声を出す。

「淹れてある。カフェラテだろ?」
「グラッツェ!さすがリゾット」

ミルクと砂糖がたっぷり入ったカフェラテを差し出すと、名前がふにゃりと笑顔で受け取る。

「まだ寝てて良かったんだぜ?」


どうせ他のメンバーはまだ起きていないだろう。
朝食にもまだ早い。
2人でソファーに腰かけて、名前はリゾットに頭を預ける。

「んー…リゾットとゆっくりしたいし」


短く「そうか」と答えて新聞を開く。
かく言うリゾットも、他愛もない話をしながら名前とこうして朝を過ごすのが楽しみだった。

新聞の記事に目を通してページを捲ろうとすると、名前がその手を慌てて止める。

「待って、まだ読んでない」

「読むのか?」

「ジョルノが『新聞くらい読んでくれませんか?』って怒るんだもん…」


あぁ、とリゾットは納得して名前が読み終わるのを待つ。
ギャングと言えど、世の中の動きに無関心ではいられない。むしろ、常に最新の情報を敏感にキャッチしていなければならないくらいだ。
名前は仕事の雑務をしながら、ジョルノの話し相手になる事もしばしばあったために、何かの拍子に指摘されたに違いない。

(ま、確かに新聞くらい目を通しておいた方がいいだろうな。)



「ん、いいよー」

名前の合図でリゾットがページを捲る。


ーコンコン

不意にノックの音がしてリゾットは顔を上げた。
時計を見れば、ぼちぼち何人かが起き出す時間だった。


「リゾット、起きてるー?」

ヒョコッと顔を出したメローネは、手招きをして戸を閉めた。
出てこいと言外に告げられ、リゾットはしぶしぶ立ち上がった。

「リゾット」

名前が手を伸ばし、リゾットは絡められた腕に従って口づける。
珍しいな。口には出さずにそう思った。

「直ぐ戻る」

リゾットの言葉に、名前は何故か悲しげに頷いた。








「何だ?」

「2人きりの時間を邪魔したからってそんなに怒るなよ」

クスクス笑うメローネの後ろで、イルーゾォが眉を寄せる。

「メローネ邪魔!
リゾット、昨日から変な奴がうろちょろしてるぜ」


話を進めないメローネを押し退けて、イルーゾォが真剣に切り出す。

「昨日は気のせいかと思ったんだけど、今日もまた見かけたんだぜ?おかしいだろ?」

「たまたまじゃないのか?」

「たまたまで昨日のホテルを出た時と遊園地と、今日散歩している時に見かけたって言うのか?」


イルーゾォがリゾットに詰め寄り、リゾットは眉間にシワを寄せた。
土地もバラバラに三ヶ所で同じ人間に会うというのは、確かに疑う余地がある。
ようやく事の不自然さを認めた様子のリゾットに、イルーゾォは表情を幾分か弛めた。

「今日ボスに報告しておく。写真とか撮れないか?」
組織へ悪影響を与える可能性がある場合、その芽は早く摘んでしまわねば。
しかし、リゾットの言葉にイルーゾォは首を振った。

「…撮れない」

「イルーゾォに叩き起こされて、他の奴等も撮りにいったんだけど、どーにも撮れねぇんだよ」


笑ってはいるが、メローネも真剣な目をしている。
彼らは今は親衛隊だが、曲がりなりにも元暗殺チームだ。
それが誰1人として撮影出来ないとなると、それだけで異常だと言える。



「ちょっと待て…おかしくないか?今、そいつは何してるんだ?」

明らかにその人物の行動には明らかに不自然な点がある。
ありすぎると言っても過言ではない。



何故自分たちの周りに現れるのか。
何故こんなに朝早く現れたのか。
何故誰も撮影出来ないのか。
撮影させないようにする事が出来るなら、何故見つからないようにしないのか。

「そいつの狙いは、オレらじゃねぇか!?今どこに居るんだ?」

「今ギアッチョとホルマジオがが見張って「イルーゾォ!!男が消えた!!」


慌てて駆け込んできたギアッチョが、息を切らしてリゾットに掴みかかる。

「名前はどこだ!?ホルマジオが気をつけろって言ってやがる!」

反射的に戸を開け、リゾットはソファーに座った名前を振り返る。

「…名前?」

居ない。
飲みかけのカフェラテと読みかけの新聞紙をそのままに、名前の姿だけが消えていた。

「リゾットどけ!」


立ち尽くすリゾットを押し退けて部屋に入ったメローネとイルーゾォが、バスルームやトイレを開けてくまなく名前を探すが、その姿は見つからない。

戸の外にはリゾット達が立っていて出口は他に無いはずなのに、さっきまで確かに居たはずの名前の姿がない。


「…………名前?」

リゾットの脳裏に、悲しげに頷いた名前が甦った。
















「どうゆうことですか?」

ジョルノは並んだリゾットチームを前に、困惑していた。
隣にいたブチャラティも動揺を隠せず息を飲む。


「痕跡もないのか?」

「ない…」


黙り込んだリゾットに代わってイルーゾォが首を振った。

名前から離れたほんの数分の間に、なんの痕跡も残さず存在が消えた。
メローネのベイビーフェイスを使おうにも、微かな痕跡すら見当たらない。
まるで、ハナからそこには誰も居なかったかのように、髪の毛の一本も見当たらなかった。


「ジョルノ、帰ったぜっ…どうしたんだ?」

どこに行っていたのか、ミスタが真剣な空気に眉をひそめた。


「名前さんが消えたんです」

ジョルノの言葉に、ミスタは再び眉間にシワを刻んだ。

「名前が?」

「はい」




「誰だそりゃ?」



ミスタにおきた変化に、その場に居る全員が息を飲んだ。
ミスタが名前を知らないなんてあり得ないのだ。
確かに顔を合わせた回数は他のメンバーより少ないが、名前と楽しく笑っている場面もあった事をジョルノは知っていた。
アバッキオとナランチャが「おいおい!!」と騒ぎ立てる。
全員がミスタに掴みかかる勢いで迫り、名前を思い出させようと口を開いた。

「ほら、小柄で背の低い「待て、背は高かっただろう?」

「黒髪でショートの「いや、茶髪のロングだろ」


名前を説明しようと口を開いたメンバーの記憶が一致せず、最後には誰も喋らなくなった。
全員が何が起きているのか理解出来ずに愕然とした。名前の存在は分かるのに、名前を思い出せない。異常な状態にリゾットも苦虫を噛んだ。



「こりゃおかしいぜ…」

「明らかにスタンドですね」

ブチャラティとジョルノも息を飲んで固まり、リゾットはギリッと歯を鳴らす。
その内名前の記憶までも奪われるのかと思うと、考えただけで腸が煮えくりかえる想いだった。


「…待てよ?」

ジェラートがそう言って鞄から新聞を取り出す。


「さっき何か変だと思って持ってきたんだ」


バサバサと広げ、ジョルノのデスクに置かれた新聞を「借ります」と断って同じように広げる。

鞄から取り出した新聞とジョルノの新聞を見比べたジェラートが、感じていた違和感を確信に変えて「こんなことも出来るのかよ」と笑う。
ソルベが新聞を覗き込んでジェラートが指差す場所を見ると、不自然に並び変わった文字があった。


「リ・レ・ガ・ー・レ・ノ・ハ・ン・タ・イ……リレガーレの反対?」

文字同士をリレガーレしたのか、その部分の紙がグシャリとシワになっていた。
眉を寄せて読み上げるソルベの隣で、ペッシが「えぇっと…」と腕を組む。

「リレガーレが…再び縛る・再び結ぶ・再び繋ぐ・はめ込む…だったっけか?要するに、結ぶ力だとすると…反対?」


「ペッシィ…やれば出来るじゃねーか!反対とくりゃ、ほどく・断ち切るくれぇしかねぇな!!この状況も説明がつく」

「本当かい兄貴!?」


確かにプロシュートが言う通りこれで説明がつく。
名前との繋がりをほどかれて、その記憶が消えていくなら…。ジョルノはそこまで考えてデスクから紙とペンを取り出した。


「リゾット、貴方がまだ一番覚えているはずです!何でもいい…覚えている全ての事を書いておいて下さい!!」


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