楽しかったか?」
「うん、楽しかった!」

お土産を抱えた名前は、一人一人に「グラッツェ」と告げてハグをして笑う。こんなに笑ったのも、こんなに充実した1日を過ごしたのも久しぶりだった。


「みんな大好き!!」

「そりゃ光栄だが、そうゆう甘い言葉はリゾットに言ってやりな」

プロシュートに笑われて、名前は顔を夕日のように赤く染めた。
意識してしまったのか固まって動かない名前をリゾットが呼ぶと、ピョンと小さく跳ねてメローネにからかわれていた。



「じゃあ帰るか」

「そうだな」

ソルベの合図でぞろぞろと帰路に着く頃には、夕日は沈んで辺りには夜の気配が漂い始めていた。
名残惜しんで振り返ったゲートも、出ていく客ばかりで活気と興奮は落ち着きを見せている。



「名前、荷物持ってやるから貸してみろ」

リゾットが袋に詰め込んだ土産物と着替え等が入ったバックを取り上げ、空いた名前の手をそっと握った。

メローネとギアッチョを中心にワイワイと騒ぎ、来た時と同じように電車に乗ってバスに乗り継ぐ。

「おいリゾット…」
「ん?」

コソッと話しかけてきたプロシュートに顎で指されて隣を見ると、名前がこっくりこっくりと船を漕いでいた。
微睡みに溶けかかっては小さく頭を振って目を擦る名前に、リゾットは柔らかく笑みを浮かべる。

「名前、もたれていいぞ?」

「んー…」

バスの振動に合わせて揺れる頭をリゾットが引き寄せ、そのまま名前がゆっくりと眠りに落ちる。その様子を終始見ていたソルベが、声を出さずに小さく笑った。

「疲れてるな」

「朝早く起きたからな」

「ま、あれだけ騒げば眠くもなるだろ。オレも疲れた」


ソルベはそう言ってジェラートの肩に頭を乗せて欠伸を噛み殺す。
確かに土産物をたっぷり見た後でジェットコースターに戻って乗り、さらには他の乗り物も全て制覇した名前が疲れていても無理はない。

「リゾット、名前抱えて帰るなら荷物持ってやろうか?」

リゾットはプロシュートの提案にありがたく乗らせて貰うことにした。


「起きねぇな」

バスを降りるとホルマジオに手を借りて名前を背負い、それでも起きない名前をイルーゾォが覗き込んで笑う。
規則的な呼吸が、確かに名前が眠っている事を伝える。


「普通力尽きるまで遊ぶか?」

「子どもみたいだな」

ギアッチョとメローネが呆れて笑い、「そこが良いだろ」とイルーゾォが反論する。
だからどうしてお前が兄貴面なんだと言いたいのを、リゾットはグッと堪えた。


「気持ち良さそうだな名前。オレも眠い…」
「ペッシィ…、お前は歩けよ」

「わ、分かってるよ兄貴!」



ソルベとジェラートが開けてくれた扉を入ると、たった一晩居なかっただけなのに妙に「帰って来た」と思えた。
何だかんだ言って、小さくて小汚くてもやっぱり自宅が一番落ち着く。


「そうだ…皆、今日は悪かったな。グラッツェ」

不意に振り向いて礼を言うリゾットに、メンバーは一様に顔をしかめて固まった。


「…おいおい、別にリゾットの為にしたんじゃねぇぞ?」

「名前への恩返しだぜ?」

リゾットの背中で眠ったままの名前を起こさないよう、小声で抗議されてリゾットはフッと表情を柔らかくした。

「名前が喜んでたからな…言いたかっただけだ」

名前にベタ惚れな事を隠しもしない発言に、ついリゾットが暗殺任務をほぼ100%成功させる暗殺者だと忘れそうになってしまう。まだまだ文句を言いたげにしていたソルベやジェラートも、思わず押し黙った。


「ま、オレらの命の恩人を泣かせねぇように頑張ってくれよ」

ホルマジオの言葉に「そうだそうだ」とジェラートとイルーゾォが続いて騒ぐものの、リゾットが平然と「当然だ」と答えた。

「チッ、調子狂うぜ…」

いたたまれなくなったギアッチョが呟き、他のメンバーが苦笑いを浮かべる。
当の本人だけがどうしてこんな空気になったのかと、困惑顔をしていた。


「リゾット、荷物はどこに置きゃ良いんだ?」

プロシュートが急かして、リゾットはようやく部屋へと戻る。
運んでくれた荷物を部屋の隅に固めて置くように頼んで、リゾットは名前をベッドへ起こさないよう慎重に降ろす。
リゾットの背中の温もりが消え、寒くなったのか名前が小さく身動いだ。


「リゾット、ここ置いといたからな」

リゾットが「グラッツェ」と背中で答えるのを確認して、プロシュートは2人を残して部屋を出た。


「兄貴、もう部屋に戻ってもいいですかい?」

あくびをするペッシに「あぁ」と答えながら、プロシュートは先ほどのリゾットと名前を思い出していた。

名前に会う以前のリゾットはどんなだったか。
プロシュートがいくら記憶を辿っても、無表情で口下手なリゾットしか思い出せない。
それが今や、柔らかく笑みを浮かべて仲間に「グラッツェ」と他人の分まで礼を言う。
冷酷無慈悲な暗殺者の顔でも、ましてやギャングの顔でもない。ただのどこにでもいる恋に溺れる男…。

「こりゃ、人前で平然と愛を囁く日も近そうだ」


面白くなるなと笑みを浮かべて、プロシュートも自室のベッドへと倒れ込んだ。















リゾットが名前のベッドから離れようと立ち上がると、名前がとろんとしたまま細く目を開いた。

「ん…ここどこ?」

「お前の部屋だ」


いつの間に家に帰って来たのだろうと部屋を見渡し、それが間違いなく自室な事を確認した名前は再びリゾットを見上げる。

「みんなは?」

「部屋に戻った。名前ももう朝まで眠ればいい」


ソッと額に触れるキスに目を瞑った名前は、自分が服のままな事を思い出して起き上がった。
せっかく皆からプレゼントされたお気に入りのワンピースが、起きた時にしわしわになってしまっていたら悲しい。
それに、シャワーは朝にするとしても顔は洗いたい。

「着替える」

ベッドから降りてリゾットにしがみつき、大きく息を吸い込む。
腕を回してグリグリと頭を押し付ける名前を、リゾットの体温が優しく包む。

抱き締められて上を向けば、リゾットのキスが降る。
頬と目蓋に唇が触れて、最後に唇にチュッと音を立ててキスが落ちた。


「オレはシャワー浴びて来る」

「うん……あ、やっぱり私もシャワー浴びて寝ようかな」


リゾットがシャワーを浴びると聞くと、自分もさっぱりしてから眠りたくなる。

「そうか、じゃあ先に入れ」

「え、でもリゾットが先に入るって言ってたし」

こんな時に融通が利かないのは相変わらずの名前が、後で良いと言い張る。


「…じゃあ一緒に入るか?」
「っ先に入る!!」


直ぐにカッと赤くなるのも相変わらずだ。
慌てて着替えを引っ掴んで足早にバスルームに駆け込む名前を見送って、リゾットはカプチーノを淹れてソファーに座った。

テレビをつけて適当にチャンネルを回していると、程なくして名前がバスルームから出てきた。


「リゾット、空いたよー」
「あぁ」

着替えを片手にバスルームに向かいかけ、テレビを消そうとすると名前にリモコンを取り上げられた。


「ちょっとだけ見たい」

改めて見てみると、テレビでは名前が気に入っている歌手が喋っている。
本当に「ちょっと」なのかは怪しいが、リゾットは諦めてシャワーを浴びる事にした。


名前が先程まで入っていたから、まだバスルームが暖かい。
湯気の立ち込めるバスルームに、名前が愛用しているボディーソープの香りが充満していて頭の芯が痺れた。

(重症だな…)

自嘲しながらシャワーのコックを捻り、頭から温かい湯を浴びてぼんやりと排水口に飲み込まれていく渦を眺めた。

(…さすがに少し疲れたな)


ボトルのポンプを押して泡立て、スポンジを滑らすと背中にチリチリと痛みが走る。
曇った鏡にシャワーをかけて背中を映すと、赤い筋状の傷が出来ていた。
いつの間にケガをしたのか考えて、すぐに昨日名前がつけた爪痕だと気づいた。
その瞬間、痛みは甘い熱に変わってドクンと身体中を駆け巡る。

ーザァッ…

リゾットが勢い良くコックを捻ると、温かいシャワーは冷たい水に変わった。

リゾットは火照る体を冷やし、自分の中に芽吹いた乱暴な気持ちを抑えるように頭を振った。


(本当に重症だな……)


(オレは……きっと、名前を失えば生きていけない)

死ぬわけではない。後を追う事もしないだろう。
ただ、今の自分を失う。
闇の中で息を殺して生きてきたリゾットを光の元に引っ張り出した名前が居なくなれば、リゾットは再び闇の深淵に沈んで二度と浮かんではこれないだろう。
『こんなに愛しいと思うようになるとは思わなかった…』
そう思っていた以前より、今の方がよりそう思える。
底のない沼の深みにはまるように、どんどん名前にハマっていくのを感じていた。


身体の泡を流してシャワーを止めると、部屋からテレビの音がしなくなっていた。

(…寝たか?)


ぼんやりしていたから、どれくらい時間が経ったか分からない。
タオルで雑に水気を拭って寝間着に着替えると、湯気が籠ったバスルームの戸を開いた。

「リゾット」
「!?」

寝たと思っていた名前は、いつからそうしていたのかバスルームの前に立ち尽くしていた。
完全に気を抜いていたリゾットは、ドアノブを握ったまま固まる。

「いつもよりずいぶん遅いから気になって…」


前にも似たような事があった。
あの時とは立場が逆だが…。


「あぁ…、悪い。先に寝て良かったんだぜ?」

「うーん…」

はっきりしない名前の返事に、リゾットは首を傾げた。
シャワーを浴びている間に、何かあったのかと問いたくなる。

しばらくおろおろと視線をさ迷わせていた名前は、意を決してリゾットを見あげる。


「と、…」

「ん?」



「隣で寝てもいい?」

一瞬何を言われたのか考え、最近ようやく変化に富んできた表情に驚きの色をつけて僅かばかり目を見開く。
名前が赤い顔を更に赤くして目を反らせようとした瞬間、リゾットは名前を抱き寄せてきつく腕の中に閉じ込めた。

「リ、リゾット…!?」
「良いに決まってるだろ。お前はオレの彼女なんだぜ?」


「…彼女」

はっきりと言葉にされると、なんともむず痒くて切なく甘い響き。リゾットの言葉を確かめるようになぞり、腕を緩めて名前を見つめる視線に目をしばたたかせた。


「違うか?」

「…こんなに幸せで良いのかなって思って」


名前は卑屈になるわけでも謙遜するでもなく、ただ不思議そうにリゾットを見つめる。
リゾットはその疑問には答えず、名前の唇を奪った。
甘く噛まれて僅かに開かれた唇に、その深さを増して吐息すら飲み込まれていく。



(幸せか…)

名前は暗殺者の自分に好かれて「幸せ」だと言う。
血に濡れた手で掴めるはずのないそれを、それでも憧れて手を伸ばす。


「寝る気ないでしょ…」

「名前が嫌なら寝る」


名前は唇を尖らせてリゾットの胸に顔を埋めた。
「嫌ってわけじゃないけど…」


笑って首にキスをして、固まる名前を抱き締めたままリゾットは目を閉じた。
名前への想いが溢れて渦を巻き、リゾットを冷静でいられなくする。


(とりあえず、もう部屋を仕切る壁は要らないな…。眠る前に名前に提案してみよう)

リゾットは名前を抱き上げて、そっと口づけた。


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